第3話 データは視えても、体は動かない
「――きゃああああっ!!」
悲鳴のした方へ、考えるより先に走り出していた。
走りながら、頭の隅で冷静な俺が突っ込んでくる。おい、筋力Eだぞ。転生初日だぞ。武器も持ってないんだぞ。――うるさい、分かってる。でも悲鳴を聞いて座ってられるようなら、最初からゲームなんか作ってない。誰かを楽しませたくて作ってるんだ、俺たちは。
草原を抜けた先の街道に、横倒しになった荷馬車があった。荷袋が散乱し、馬は綱を引きちぎって逃げたらしい。そして馬車の陰に、腰を抜かした少女がひとり。
少女を囲むのは――緑色の肌、俺の胸ほどの背丈、手には錆びた短剣。
「ゴブリン……本物だ……」
三体。ゲームなら雑魚敵の代名詞だ。チュートリアルで狩られるためだけに湧く、経験値の袋。だが生身で対峙すると話がまるで違う。あれは刃物を持った野生動物だ。
落ち着け。俺には「目」がある。
「解析!」
【ゴブリンA】HP:28 筋力:D 敏捷:C 状態:空腹 士気:74
【ゴブリンB】HP:25 筋力:D 敏捷:C 状態:空腹 士気:71
【ゴブリンC】HP:34 筋力:C 敏捷:C 状態:警戒 士気:82 ※群れ長
【種族特性】夜目が利く/視野が狭い/火への恐怖:極大/群れ長の士気に全体が連動
――視えた。勝ち筋まで視えた。
火を見せてリーダーのCを脅せば、士気の連動で群れごと崩れる。理屈は完璧だ。完璧なんだが。
……火が、ない。
火打石はどこだ。散らばった積荷を漁る。麻袋、塩、布――あった、木箱の中! よし、あとは油を布に――
「ギッ!」
遅かった。Cがこっちに気づいた。三対の目が、獲物の値踏みを始める。解析ウィンドウの数字が無情に更新された。
【ゴブリンC】状態:警戒→敵意
攻略法を知ってることと、実行できることは、別だ。ゲームの攻略サイトを読破しても、操作するのは自分の指なんだ。そして俺の指は――筋力Eは、火打石を打つ三秒すら稼げない。
「に、逃げてくださいっ……!」
少女が震える声で言った。自分が腰を抜かしてるくせに、俺に逃げろと言う。
逃げられるか。俺は転がっていた棒きれを拾い、少女の前に立った。膝が笑ってる。Cがゆっくり距離を詰めてくる。A、Bが左右に回り込む。挟撃。ああ、動きは全部読める。読めるだけだ。
Cの短剣が振り上げられ――
「――伏せろッ!!」
突風みたいな影が、横から割り込んだ。
大剣の一閃がCの短剣を弾き飛ばし、返す刀の峰がAを薙ぎ払う。大柄な男だった。日焼けした顔に古傷。その後ろから革鎧の男が二人、駆けつけてくる。
「リナ! 帰りが遅いと思えば……! おい、そこの、生きてるか!」
「い、生きてます!」
助かった――が、まだだ。ゴブリンは崩れてない。弾かれたCが唸り声を上げ、残る二体も戦意を保ってる。数字が視える。士気はまだ折れてない。このままだと乱戦になる。
なら、俺にもできることがある。視えてる情報を、動ける人間に渡すことだ。
「そこの剣士さん! デカい一体がリーダーだ、そいつだけ狙ってくれ! 残りはリーダーが崩れれば勝手に逃げる!」
「……あんだと?」
「それと火だ! 松明でも火花でもいい、連中は火が何より怖い!」
男は一瞬だけ俺を睨み――すぐに動いた。腰の火口筒を部下に投げ、自分はまっすぐCへ。部下が枯れ草に火を点けて掲げた瞬間、Cの動きが目に見えて鈍った。
【ゴブリンC】士気:82→41
そこへ大剣の横薙ぎ。Cは短剣を捨てて転がり、火を見て、悲鳴じみた声を上げて森へ逃げ出した。
【ゴブリンA】士気:74→12 【ゴブリンB】士気:71→9 ※群れ長に連動
残り二体も、弾かれたように後を追う。連動崩壊。三つの緑の背中は、あっという間に森の奥へ消えた。
……終わった。俺は棒きれを握ったまま、その場にへたり込んだ。情けないが、立ってられなかった。
「大丈夫ですか!? あの、助けようとしてくれて、ありがとうございます……!」
少女が駆け寄ってくる。年は十六くらいか。栗色の髪を三つ編みにした、気の強そうな目の子だ。
「助けられてないよ。棒きれ振り上げて震えてただけだ」
「でも、私の前に立ってくれました」
……そう言われると、ちょっとだけ救われる。
だが、大剣の男はそうはいかなかった。俺の前に立ち、値踏みするような目で見下ろしてくる。
「おい、よそ者。さっきの指図はなんだ。リーダーだの、火が弱点だの――なぜ分かった」
「え、えっと……魔物に詳しい、旅の者でして」
「ゴブリンの群れ長を一目で見抜く旅人がいるか。……怪しいやつだ」
「ガ、ガルドさん! この人は私を守ってくれたんです! それに言ってたこと、全部当たってたじゃないですか!」
少女――リナと名乗った――が慌てて間に入ってくれた。ガルドと呼ばれた男は鼻を鳴らし、それでも剣は収めた。
「礼は言っておく。だが、素性の知れんやつを村には入れられん」
「まあまあ、それは村長が決めることですから! あなた、お名前は?」
「ユウタ。旅の……ゲーム職人、かな」
「げーむ、しょくにん?」
リナは首をかしげ、三秒ほど固まって、まあいいやという顔で笑った。この切り替えの早さ、ありがたい。
荷馬車を皆で起こしながら、リナがふと表情を曇らせた。
「でも、変なんです。この街道でゴブリンなんて、月に一度出るかどうかだったのに……今月はもう五回目で。みんな、森の奥に大きな巣ができてるんじゃないかって」
巣、か。普通なら「怖いね」で終わる話だ。でも――確かめられるじゃないか、俺なら。
俺はこっそり森に向き直り、MPを一気に注ぎ込んだ。広域解析。範囲、森全体。対象、ゴブリン。数だけでいい。
ずん、と頭の芯が重くなった。MPが一気に70飛んだ。そして、結果が視界に落ちてきた。
【広域解析:ソルの森】
ゴブリン総数:214
「…………おいおい」
二百十四。冗談だろ。月五回どころの騒ぎじゃない。あれは「増えてる」んじゃない――溜まってるんだ。あふれる前の、ダムみたいに。
「ユウタさん? 顔、真っ青ですけど……」
「……いや。なんでもない。村まで、案内してもらえるかな」
前を歩くガルドの広い背中を見ながら、俺は思った。この世界で俺は、戦えない。でも、戦える人に「勝ち筋」を渡すことはできる。
――なら俺の職業は軍師? いや、違うな。
盤面を作って、駒の活かし方を設計する。そういうのは、俺の世界じゃゲームデザイナーって呼ぶんだ。




