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第2話 戦闘力ゼロのチート『神の視点』

「はぁ~……ユウタさん、本当に変わった人ですねえ」


 カードの選択を確定させたマーキュリーは、まだ半分呆れ顔だった。


「歴代の転生者さんの九割は、武力系のチートを選ぶんですよ? 残りの一割は、アイテムボックスと『電池が切れないスマホ』です」


「スマホ選んだ人、異世界で何してるんですか」


「自撮りを溜めてます」


 何しに行ったんだ、その人。


「では、選ばれた【神の視点】について説明しますね。この能力はですね――私たち神が世界を見るときの『目』の、簡易版なんです」


「目?」


「はい。あのですね、神って世界を映像で見てるんじゃないんです。数字で見てるんですよ」


 マーキュリーはこともなげに言った。


「この村の人口はいくつ、男女比はどれくらい、作物の育ちは何割、人々の活気は何パーセント──世界って、突き詰めれば膨大な情報の束なので。ユウタさんはその一部を、覗けるようになります」


 ……つまり、あれか。


 世界そのものの「攻略情報」を、いつでも見られるってことか。


「効果を読み上げますね。──『使用者は対象を指定して"解析"できる。単体解析:生物のステータス、状態、表層感情値。範囲解析:指定範囲の統計情報。物品解析:物の性質と状態』」


「表層感情値って何ですか」


「士気とか、恐怖とか、満足度とか、心の"表面"に出てる感情の数値です。あ、心の奥までは見えませんからね! 考えてる内容とか記憶とか恋心とかはプライバシーです! 女神のスリーサイズも解析対象外です!」


「聞いてませんし解析しませんよ!? ……神界、意外とコンプライアンスしっかりしてるんですね」


「三百年前に大きな訴訟がありまして」


 何があったんだ、神界。


「それと、大事な制約が三つ。ひとつ、見えるだけで、干渉は一切できません。ふたつ、解析には魔力を消費します。範囲が広いほど、深く視るほど重いです。みっつ、未来は見えません。情報をどう読んで、どう動くかは、ユウタさん次第です」


「上等です。データってのは元々、読む奴の腕が全部なんで」


「ふふっ。……その顔を見ると、やっぱりあなたに声をかけて正解でした」


 マーキュリーが手を叩くと、視界に青い星の映像が浮かんだ。ゆっくり回る、地球によく似た、でも大陸の形がまるで違う星。


「転送先──世界の名前はアルテア。剣と魔法のファンタジー世界です。ステータスやレベルの概念が実在します。魔物もいます。そして、ゲームという文化は、ほぼありません」


「魔物……戦えるかな、俺。戦闘力ゼロのカード選んだばっかりですけど」


「戦わない道を探すのも、その目の使い方次第かと! あ、言語は自動翻訳が魂に焼き付くのでご心配なく。文字も読めます」


「至れり尽くせりだ。……魔法は? 俺も使えるんですか?」


「素質次第です! 適性は転送後のお楽しみ! こういうのは開けてからのお楽しみって言うじゃないですか、ガチャとか」


「ガチャの概念まで履修済みなんですか、あんた」


「では――良い旅を、初代ゲームマスター!」


 女神がウインクした瞬間、足元に魔法陣が展開して、俺の視界は再び光に包まれた。


 ◇


 風の匂いがした。


 目を開けると、そこは見渡す限りの草原だった。地球のものより少し背の高い草が、さわさわと波打っている。空気が甘い。排気ガスもサーバールームの熱もない、ただの風だ。


 見上げれば、空には太陽がふたつ。


「……本当に、来たんだな」


 声に出したら、急に実感が押し寄せてきた。俺はもう、あの会議室に戻らなくていい。そして実家には――この世界でゲームを流行らせるまで、帰れない。深呼吸をひとつ。なら、とっとと流行らせるだけだ。


「ステータス……オープン?」


 半信半疑で呟くと、目の前に半透明のウィンドウが開いた。


 相馬悠太 レベル1

 HP:40/40 MP:210/210

 筋力:E 敏捷:D 魔力:B

 固有能力:神の視点アナリティクス


「筋力E……知ってた。代わりにMPは多め、と。役割分担がはっきりしたビルドだ」


 ……それにしても、だ。


 俺は草原を見渡して、じわじわとテンションが上がってくるのを感じていた。


 ステータスがあって、魔法があって、魔物がいる。ゲームの画面の中でしか見たことのなかった景色が、ぜんぶ本物としてそこにある世界。つまりこの世界には、そのへんに「遊びの材料」が転がってるってことだ。


 魔法を使った競争でも、魔物を捕まえる遊びでも、なんでも作れる。作れって言われてるようなもんだろ、これ。


「よし。能力のテストといこう」


 まずは小さく。足元に咲いていた青い花に目を落とし、「解析」と念じてみる。


 【ルーメの花】食用可(微毒・加熱で無害化) 開花3日目 薬効:解熱(弱)


「……はー。すごいな、これ」


 図鑑いらずだ。しかも「食える・食えない」まで出る。サバイバル適性が一気に跳ね上がった。MP消費は1。単体の物品解析は、ほぼタダみたいなものらしい。


 次は本命。俺は遠くの丘に見える集落へ目を凝らし、「解析」と念じた。


 【範囲解析:ソルの村】

 人口:312(男167/女145)

 平均年齢:31.4歳 子供(12歳以下):38人

 主産業:麦作・狩猟 食料備蓄:2.1ヶ月分

 脅威度:中(魔物出没増加傾向)

 活気:9%


「……おお、視える。視えるぞ」


 人口の内訳まで出やがった。MPが8ほど減った。この規模の範囲解析で8なら、燃費は悪くない。


 だがそれより、最後の一行に目が吸い寄せられた。


 活気、9パーセント。


 マーキュリーは言っていた。神の力の源は人々の活気だと。基準は分からないが、百分率で一桁――これが低くないわけがない。数字の向こうに、笑っていない三百十二人の暮らしがある。


「……なるほどな。俺の仕事は、この数字を上げることってわけだ」


 面白がってる人が9パーセントの世界へようこそ、ってか。腕が鳴ってきた。


 そのときだった。


「――きゃああああっ!!」


 草原の向こうから、少女の悲鳴が聞こえた。

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