第1話 転送部屋の女神様
世はまさに、大ゲーム制作時代。
一九七八年に生まれた『スペースインベーダー』は、子供の九十九パーセントがゲームセンターに通ったと言われるほどの世界的ブームを巻き起こした。一九八三年にN社が発売した家庭用ゲーム機は、親子で夢中になれる遊びとしてゲームを一気に身近なものにした。
それから約五十年。スマホやPCを合わせれば、いまや毎日百本以上のゲームが世に生まれている。
……そのうちの一本を、俺は今日も作っていたわけだが。
「はぁ。あのお偉いさんは、本気であれを面白いと思ってるのか……?」
帰り道、俺──相馬悠太、二十四歳は、誰にも聞こえない声でぼやいた。
勤め先は、人気漫画のIPを預かる中堅ゲーム開発会社。学生時代からUnityやUEで自主制作を続けて、コンテストで賞ももらって、第一志望だったこの会社に内定が出たときは本気で泣いた。
今日も俺は、仕様書の通りに作った。指示通り、期日通り、一発で検収が通る品質で。それが今の俺の仕事のすべてだ。面白いかどうかは、仕様書に書いてない。
今日は、半年ぶりに企画書を出した。三週間かけて練ったやつだ。五分で閉じられた。「前例がないだろ、こういうの」。以上。議題は次へ。
別に、驚きはしなかった。うちの会社で「何を作るか」を決めるのは、上と、クライアントと、去年の売上データだ。現場の人間の意見が反映される欄は、仕様書のどこにもない。入社した年、会議で改善案を出したことがある。「若いのに意欲的だね」と褒められて、議事録には残らなかった。あれで仕組みを理解した。
ここでは、どれだけ腕があっても、人は部品だ。優秀さは「言われたものを正確に作る速さ」でだけ測られて、それ以外の能力には、提出先がない。
入社三年目。俺はよくできた部品として、今日も定時で会社を出た。
「……さ。帰ってゲームでも作って、気分転換するか」
結局、俺の逃げ場所もゲームなのだから救えない。
万年床とデスクだけのアパートに帰り着き、コンビニ飯を胃に流し込んで、個人開発中のゲームを進めようとPCの電源を入れた。会社じゃ作れない、俺が本当に面白いと思うものを詰め込んだ、いつか世に出すはずの一本。フォルダの更新日時だけが、五年分積もっている。
――ヴンッ。
聞いたことのない異音がした。
「は? 電源ユニット逝った……?」
自作PCの悲鳴かと思った。違った。次の瞬間、モニターから溢れた謎の光が、天井を、壁を、そして俺を、部屋ごと飲み込んだ。
「うわっ……!?」
まぶしさに閉じていた目をおそるおそる開けると、そこは宇宙空間のような場所だった。足元に床の感触はあるのに、視界いっぱいに星々が瞬いている。上も下も、どこまでも星の海だ。
「ここは……どこだ?」
「ここは、転送部屋になっておりま~す!」
背後からやたら明るい声。振り返ると、羽の生えた女性が、いかにも高そうな椅子にちょこんと座っていた。銀の髪がふわふわ浮いていて、纏っている布は薄絹みたいに光っている。
「あなたは一体……いや、そもそも人間じゃないですよね……?」
「はい! 女神のマーキュリーと申します! あ、念のため言っておきますけど、これ夢じゃないですよ! 頬をつねるのは時間の無駄なのでおすすめしません!」
女神。転送部屋。夢じゃない。
……アニメでよく見る"アレ"が、俺の身に起きているのか?
「もしも~し、大丈夫ですかー?」
「あ、すみません。今起きたことを整理してて」
「ですよね~。突然こんな場所に飛ばされたら、現実味ないですよね~。ちなみにその整理、だいたい平均で三分かかります。どうぞごゆっくり!」
統計取ってるのか、この女神。
のんきに微笑む女神様としばし見つめ合ったあと、彼女は思い出したように手を叩いた。
「そうだ! ユウタさんが選ばれた理由、知りたくないですか?」
「教えてくれるんですか?」
「もちろん! ずばり──ゲーム開発者だからです!!」
「……え? ゲーム開発者だから?」
「はい! 私が見てきた人間の中で、一番面白いゲームを作ってくれそうだと思ったからです!」
──面白いゲームを、作ってくれそう。
予想外すぎる理由だった。だけど、それは今の俺にとって、世界で一番うれしい言葉だった。会社では三年間、一度も言われたことのない言葉。思わず口元がゆるむ。
「でも、なんで女神様がゲーム開発者を探してるんですか」
「それがですね~……実は、ゲームって文化、地球以外の世界にはほとんど無いんですよ」
マーキュリーいわく──神の力の源は、人々の"活気"。楽しみ、熱狂、ワクワク。それが薄れると、神は弱っていく。ところがとある世界の神々は長い退屈の果てに、暇つぶしに地球を覗き見て、ゲームという文化を発見してしまったらしい。
「もう大変ですよ。夜通しレトロゲームの話しかしない軍神とか、パズルゲームを三百年やり込んでる知恵の神とか……で、問題はここからです」
女神の声が、すっと低くなった。
「侵略派の神々が……ゲームを求めて、地球そのものの支配に動き出しています。神界の採決まで、地球の時間でおよそ五年。可決されれば、地球の人たちは――『神々のためにゲームを作らされる』ことになります。永遠に、無償で、命令されるがままに」
「…………それ、俺の今の会社より酷い環境ですね」
「深刻な顔で冗談を言うのやめてください。……神が本気で欲しがったものを、人間の力では守れません。国も、軍も、三日保ちません」
「じゃあ、どうすれば」
「止める方法が、ひとつだけあります」
女神はまっすぐ俺を見た。
「侵略派の言い分は『ゲームは地球にしか無いから、地球を獲る』です。なら――別の世界にもゲームがあればいい。ユウタさんに、ゲームの無い世界でゲームを作って、広めてほしいんです。神々が地球を欲しがる理由そのものを、消してしまえるように」
ゲームの無い世界に、ゲームを広める。それが、地球を守る唯一の手ってわけか。
つまり、この俺が異世界の"ゲームの祖"になる。心臓が跳ねた。だが、浮かれる前に確認しなきゃいけないことがある。
「……元の世界の俺は、どうなるんですか」
「転送には肉体を作り変える必要があるので、しばらく地球には戻れません。ですが――神々の関心が完全に異世界へ移って、侵略の議題が消えたら。そのときは、地球へお帰しできます」
「帰れる、んですね?」
「はい。ただし正直に言うと、失敗すれば帰り道はありません。それどころか五年後には、帰る場所そのものが……」
……要するに、こういうことだ。
断れば、記憶を消して元の生活に戻れる。でもその生活ごと、五年後には神々に呑まれるかもしれない。行けば、家族に黙って消えることになる。でも成功すれば、地球も守れて、いつか帰れる。
選択肢、実質ひとつじゃねえか。
脳裏に浮かんだのは、正月の実家だった。「ゲームばっかり作って」と呆れながら、俺の作ったゲームを一番遊んでくれた母さんと父さん。あの二人が誰かに命令されてる未来なんて、冗談でも見たくない。
黙り込んだ俺に、マーキュリーは静かに続けた。
「怖いなら、断ってもいいんです。……ただ、私は見てきました。会議室で潰されていったユウタさんのアイデアたち、全部」
「────っ」
「あれを、誰にも潰されない世界で作ってみたくないですか? ――地球を守る仕事と、セットで」
……ずるいだろ、それは。守る理由と、作りたい理由、両方いっぺんに出されたら、もう断る理由が残らない。
「行きます。俺のゲームで、その世界を面白くしてみせます。……で、とっとと流行らせて、堂々と帰ってきますよ。土産話つきで」
「その言葉を待ってました! では――ち・な・み・に! 異世界へは能力かアイテムを、一つだけ持っていけます! こちらのリストからどうぞ!」
マーキュリーが指を鳴らすと、空中に光のカードがずらりと展開された。
【伝説の魔剣】【筋力MAX】【魔力MAX】【全属性魔法】【透視】【テレパシー】【アイテムボックス】【電池が切れないスマホ】――なるほど、チートの見本市だ。
正直、目移りした。魔剣で無双する自分も、三秒くらい想像した。でも俺は、素振りひとつしたことのない社会人だ。それに、俺の目的は戦うことじゃない。ゲームを作って、広めることだ。
なら、開発者として考えろ。知らない市場で、知らない客を相手に、ゼロから物を作って流行らせる。そのとき一番欲しいものは、何だ?
剣じゃない。魔法でもない。
――情報だ。
誰が、何を面白がるのか。どこに、何があるのか。何がウケて、何に飽きられたのか。それさえ視えれば、あとは全部組み立てられる。数字を読むのは、昔から性に合ってる。会社の仕事で唯一面白かったのも、運営データの分析だった――あれだけは、正解を自分で見つけられる仕事だったから。
その腕を、今度は誰かの仕様書のためじゃなく、俺の「面白い」のために使う。
俺はリストの隅っこで地味に光る、一枚のカードを指差した。
【神の視点】――あらゆるものの「情報」を視ることができる。
「これにします」
「…………え?」
女神様が、固まった。
「そ、それですか!? 魔剣じゃなくて!? 言っときますけどそれ、戦闘力ゼロですよ!? 歴代の転生者さんで選んだ人、一人もいませんよ!?」
「本当にそのカードでいいんですか?」と、マーキュリーは三回聞いてきた。俺は三回、頷いた。
「ゲームを作って広めるなら、これが一番強いんですよ。……まあ、見ててください」




