第46話 生まれたもの
王都に戻ると、リナとガルドが山ほどの注文書を抱えて待っていた。留守にしていたのは半月足らずのはずが、工房の前には見覚えのない行列までできている。
「五符の噂だけで、王都中がそわそわしてます」
「お前らが留守の間、俺は説明だけで喉が枯れた」
ガルドが本当に嗄れた声で笑った。土産話をする暇も惜しいくらい、二人はやることに追われていたらしい。
久々の再会もそこそこに、俺たちは工房にこもった。四つの土地で拾った技術の欠片を、フィリアが一つずつ組み上げていく。拍子を合わせ、間をずらし、束ねても自由を残し、声より速い風に乗せる。誰も口を挟まず、その手元だけをじっと見つめていた。
「――いける、かもしれない」
五つの共鳴石が、静かに輝き始めた。今度は二つでも三つでもない。五つ全部が、同じ律動で繋がっていく。
「繋がった……!」
歓声が上がったその時、共鳴石の中心に、小さな光の粒が生まれた。
「な、なにこれ」
テオが覗き込む。光の粒は、ふわふわと宙を漂い、五人の顔を順番に見回した。
「精霊、だ」
フィリアが息を呑んだ。
「五つの魔力が同時に繋がった反動で……生まれた。こんなの、聞いたことない」
光の粒は、俺たちの誰の魔力にも偏らず、全員に薄く繋がっていた。試しにお題を出してみる。「一番美味しいもの」。五人がそれぞれ違うものを思い浮かべた瞬間、光の粒がふわりと震え、全員の感情の揺れをそのまま映すように色を変えた。
「これ……もしかして」
俺は思わず声を上げた。全員の視線が、宙に浮かぶ光の粒に集まる。
「判定、できるんじゃないか」
工房が、しんと静まり返った。誰も、すぐには言葉が出てこなかった。技術の壁の答えを探しに旅立ったはずが、思いがけない副産物が、もう一つの壁の答えまで運んできたのかもしれない。
「判定できる、って言っても……こいつ、何も知らないだろ」
ノワが光の粒を指差した。確かに、生まれたばかりの精霊には、まだ何の好みもないはずだった。生まれたばかりの赤ん坊が言葉を話せないのと同じだ。
「なら、教えればいい」
誰も異論を挟まなかった。むしろ、それが一番自然なやり方に思えた。
俺たちは旅の記録を広げた。ガランドで拾った「頑丈さの美学」。リシアの森で拾った「制約の中の美」。ザガンで拾った「力だけじゃない強さ」。ヴァルガロンで拾った「読み合いの緊張」。リンドホルムで拾った「速さの中の駆け引き」。
一つずつ、光の粒に見せていく。粒は言葉ではなく、感情の揺れをそのまま吸い込むように震えた。ドムルが認めた瞬間の誇らしさ。リンドラが唸った瞬間の驚き。ミィナが序列を覆した瞬間の高揚。セラが剣から手を離した瞬間の納得。竜騎士が目を輝かせた瞬間の興奮。
「――なあ、名前つけてやろうよ」
テオが言った。
「だって、ずっと審判してもらうんでしょ。名前がないと呼びにくい」
「テオ、案は?」
「んーと……ミテル! いつもみんなを見てるから!」
工房に笑いが起きた。だが、悪くない。粒は嬉しそうに――そう見えるくらい、明るく瞬いた。
「ミテル、か。じゃあ、テストしてみよう」
俺たちはお題を出した。「一番かっこいい戦士」。五人がそれぞれ違う戦士を組む。ミテルは全員の像をゆっくり見て回り、最後にガリンの無骨な戦士とミィナ仕込みの俊敏な戦士、両方に同じ強さの光を灯した。
「――優劣、つけないのか」
「たぶん、つけられないんだと思う。この子には最初から、一つの正解がない」
誰も文句を言わなかった。むしろ、誰もが少し安心した顔をしていた。ガリンとミィナ、どちらの戦士も否定されなかった。旅の途中で見てきた光景そのものが、そのまま判定の中に息づいているようだった。
「もう一つ、試させて」
テオが板の前に躍り出た。「一番美味しい料理」。テオの組んだ料理は、材料も調理法も突拍子もないものだったが、ミテルは特に迷う様子もなく、それにも柔らかな光を灯した。
「テオの発想、否定されないんだ」
「たぶん、この子には『普通』という基準そのものがないんだと思う」
俺たちは顔を見合わせて笑った。判定の壁に、確かな光が差し始めていた。
夜遅く、ガリンがぽつりと言った。
「――この子、育て方次第で、どうにでも変わるんだろうな」
「そうかもな。だから、これからも色んな場所に連れて行きたい」
ミテルが俺の言葉に応えるように、ふわりと明るく瞬いた。まだ何も知らない小さな精霊は、これから見る景色の分だけ、豊かになっていくはずだった。
「明日は、いよいよお披露目だな」
フィリアが窓の外を見上げて言った。夜空には、旅の間ずっと見てきたのとは違う、王都の見慣れた星々が広がっている。それでも、旅の間で見てきた景色の分だけ、同じ星空が少しだけ違って見える気がした。
(第47話へつづく)




