第45話 考える暇なんてない
浮遊都市リンドホルムは、雲の上に浮かぶ石の島々だった。島々を結ぶのは橋ではなく、竜たちの飛行路だという。見上げるだけで足がすくむ光景に、テオが「うわあ」と声を上げた。ガリンでさえ、崖の国では平然としていたくせに、足元の雲海を見て一歩後ずさっている。竜に乗った騎士たちが出迎えてくれた矢先、警鐘が鳴り響いた。
「群翔蟲だ! 全隊、出撃!」
空の彼方から、羽虫の大群が押し寄せてくる。翅音が遠くから地響きのように伝わってきた。俺たちは慌てて避難用の塔に運ばれた。
「五符を見せる暇なんてなさそうだな……」
ガリンが呟く。竜騎士たちは編隊を組み、恐ろしい速さで羽虫を掃討していく。三ターンかけてじっくり単語を組む五符とは、まるで違う時間の流れだった。
「あんな遊び、うちの連中には合わないよ」
着地した若い竜騎士の一人が、汗を拭いながら言った。
「考えて、組んで、見せる。そんな暇があったら、次の一撃を避ける方が先だ」
言葉に、悪意はなかった。ただの事実として、そう言っていた。
俺は編隊の動きを見つめながら、解析を走らせた。羽虫の接近角度、竜騎士の反応速度、隊列の組み替えタイミング――全部、数字にすればコンマ数秒の世界だった。塔の窓から見下ろす戦場は、まるで一つの生き物のように滑らかに形を変えていく。
ガリンが食い入るように編隊の動きを見つめていた。ピコも操縦の勘なのか、無意識に体を傾けながら竜たちの軌道を追っている。
「――待てよ」
フィリアが呟いた。
「あの編隊、声も出さずに動き変えてる。どうやって合図出してるの?」
「風だ」竜騎士が答えた。「風の流れに、こっちの気配を乗せる。声より速い」
フィリアと俺は、同時に顔を見合わせた。
「声より速い、風に乗せる合図……それ、共鳴石にも使えないか」
フィリアが竜騎士に詰め寄った。
「今までは、石同士を無理に繋ごうとしてた。でも、繋ぐんじゃなくて――同じ風に乗せればいい」
拍子を合わせる。間をずらす。束ねても自由を残す。そして、声より速い風の合図。ガランド、リシアの森、ザガンで拾った欠片が、最後の一つで綺麗に嵌まった気がした。
「試させてください。今すぐに」
俺たちは避難塔の一角で、五つの共鳴石を風の通り道に並べた。誰も口を開かない。フィリアが目を閉じ、拍子を合わせながら、あえて一つ一つの間をずらし、最後に全体を一つの風の流れに乗せる。額に汗が浮かんでいた。今までの失敗が、頭をよぎっているのかもしれない。
石が、淡く光った。五つ全部が、同時に。
「――繋がった!」
板の上に、五人分の視点が同時に映った。誰かが操作しても、遅れも混線もない。
群翔蟲の掃討が終わった頃、俺たちは五符の即席デモを竜騎士たちに披露した。今度は三ターンでじっくり組むのではなく、五人同時にリアルタイムで積み上げていく特別ルールだ。
「これなら――」
最初に否定的だった若い騎士が、目を輝かせた。
「反応の速さも、駆け引きも、両方要る。悪くない」
周りの竜騎士たちも、次々と操作珠を取り合うように試し始めた。誰かが咄嗟の判断で組んだ言葉が思わぬ効果を生み、笑い声が飛び交う。最初は「うちの連中には合わない」と言っていた若い騎士が、誰よりも夢中になっていた。
「悪いこと言ったな。……最初から見もせずに、決めつけた」
「気にすんな。実際に飛んで戦ってる奴に、じっくり考える暇がないのは事実だ。だから今の形になった」
「それでも、こっちの遊び方があるって教えてくれて助かった」
その騎士は、最後まで俺たちの傍を離れず、空の民ならではの言い回しをいくつも教えてくれた。名をロウガといい、群翔蟲相手の戦闘では常に先陣を切る腕利きらしい。ピコが操縦談義でロウガと意気投合し、二人でしばらく編隊飛行の理屈を語り合っていた。俺たちは空の民の言葉と好みを書き留めながら、確信していた。最後のピースは、この空で見つかった。
塔の外に出ると、竜たちが編隊を解いて悠々と旋回していた。羽虫の死骸一つ落ちていない、静かな青空だった。
「なあ、フィリア」
俺は共鳴石を掲げて言った。
「これでもう、五人分繋げられるんだよな」
「多分。……でも、確かめるなら、王都に帰ってからの方がいい。ここでしくじって全部台無しになったら、目も当てられない」
慎重なフィリアの言葉に、俺たちは笑って頷いた。旅の間、いつも真っ先に前へ踏み出していたフィリアが、一番大事な場面ではきちんと立ち止まる。その按配を、俺は密かに見習いたいと思った。
翌朝、俺たちは王都への帰路についた。技術の壁も、判定の壁も、答えはもう出揃っている。あとは、それを一つの形にまとめるだけだった。
(第46話へつづく)




