第44話 決闘に、遊びを持ち込むな
闘技都市ヴァルガロンは、剣を交わす音で街が回っていた。あらゆる揉め事が決闘で決着する街。商取引の揉め事も、恋の鞘当ても、ここでは全て正式な決闘の対象になるという。街のあちこちに闘技場が点在し、どこからも金属のぶつかる音が絶えず聞こえてくる。街の門をくぐった瞬間から、ノワが「ここ、性に合いそう」と目を輝かせていた。歓迎の宴もそこそこに、俺たちは闘技場の一角に案内された。
「――遊びだと?」
鋭い声が飛んだ。若い女剣士だった。腰の剣に、絶えず手が触れている。
「セラ、と言ったな。悪いが、五符には興味ない」
「見てもいないのに?」
「決闘で全てを決めてきたこの街に、ままごとを持ち込むつもりか。……父は、決闘場で死んだ。あそこは遊び場じゃない」
空気が張り詰めた。セラの目には、明確な拒絶があった。周りに集まっていた剣士たちも、口を挟まず成り行きを見守っている。
「駆け引きも、緊張も、命を懸けてこそ本物だ。安全な文字遊びなんかに、同じ重みが出せるわけがない」
その声には、怒りよりも深い何かが滲んでいた。父の死を軽々しく扱われることへの、静かな痛みだった。俺は少し考えて、切り返した。
「なら、賭けをしないか。五符の中でも、駆け引きだけは本物だと証明してみせる。もし外れたら、二度とこの街で持ち出さない」
「面白い。受けて立つ」
周囲がどよめいた。誰かが「セラが賭けを受けた」と驚いたように呟く。よほど珍しいことらしい。セラが剣の柄から手を離した。代わりに操作珠を手渡すと、彼女はしばらく物珍しそうに見つめてから、ゆっくり握った。
「これで、何をするんだ」
「五つの文字を組んで、単語を作る。三ターンで仕上げて、お互いの板を見せ合う」
「それだけか」
「それだけだ。でも、単純だからこそ誤魔化しが利かない」
「――お題は、『駆け引き』。三ターン、自由符も含めて全部見せてもらう」
俺とセラの勝負が始まった。闘技場の観客席は、いつの間にか見物人でほぼ埋まっていた。剣を交えるはずの舞台で、剣を握らない勝負が始まることに、誰もが興味を引かれたらしい。
「一手目、『疾』」
セラが低く告げる。俺は自分の板を見せずに、自分の一手目を組んだ。三ターンとも、互いの板は伏せたまま進む。最後の瞬間まで、相手が何を組んでいるか分からない。
「――待て。今、お互い何も見えていない」
二手目を組みながら、セラが手を止めた。
「これじゃ、相手が何に賭けているか読むしかない。……真剣勝負の間合いと、同じじゃないか」
「相手の得物も、踏み込みの深さも、斬り合う瞬間まで完全には分からない。読み合って、信じて、踏み込む。……そういうものだろ、決闘って」
セラの目の色が変わった。
「三手目、『疾風疾』」
最後の一語で、板の上に一陣の風のような剣士が現れた。俺の戦士は、力押し一辺倒の代物だった。速さに徹したセラの戦士が、一撃で決めた。
「……負けた」
俺は素直に頭を下げた。
「でも、賭けには勝っただろ。駆け引きは本物だったか?」
セラはしばらく黙っていたが、やがて剣の柄から完全に手を離した。
「――認める。見えない一手を信じて踏み込む感覚、あれは本物だった」
観客席から、堰を切ったような歓声が上がった。その一言で、闘技場の空気が一変した。剣士たちが次々と五符の前に列を作る。誰もが自分なりの「駆け引き」を組んでは、伏せたまま勝負を挑んでいく。俺たちは駆け引き・名誉に関する言葉を大量に持ち帰りながら、判定の仕組みについても大きな収穫を得た。
「勝敗を決めるのが、力の大小じゃなく、読み合いの巧拙……これ、後で審判の仕組みにも使えるかもな」
人だかりが少し引いた頃、セラが静かに隣に座った。
「父は、決闘で強い相手に挑んで死んだ。無謀だと、みんなに笑われた」
初めて聞く話だった。彼女がそんなことを口にするとは思わなかった。
「でも今日、あんたと勝負して分かった。無謀に見えても、本人には勝算があったのかもしれない。……見えない一手を、信じてたのかもしれない」
「セラ……」
「礼を言うのは、性に合わないけど。ありがとう、ユウタ」
その一言だけで、十分だった。
セラは最後、見送りに来て小さく言った。
「――また来い。今度は、父の墓の前でも見せてやりたい」
「望むところだ。次はもっと強くなって来る」
「言ったな。楽しみにしてる」
セラはそう言うと、久しぶりに剣の柄に触れないまま、俺たちを見送る列の先頭に立った。それだけで、この街での俺たちの立ち位置が、少しだけ変わったのが分かった。
翌朝、俺たちはヴァルガロンを発った。剣士たちが街の入り口まで見送りに来て、口々に「また五符を持ってこい」と声をかけてくる。最後の目的地、浮遊都市リンドホルムへ。
(第45話へつづく)




