第41話 「玩具」と呼ばれて
三日かけて山道を抜けると、鉱脈の匂いのする石造りの街並みが見えてきた。ガランド。ガリンとピコの故郷だ。岩肌を削って作られた階段状の街並みは、記憶にあるよりずっと活気づいて見えた。
「懐かし……って、感傷に浸る暇ないか」
ピコが早足で先を行く。大通りには、以前より遥かに多くの荷馬車が行き交っていた。マナカートの整備場も三倍に増えている。あの日の一本道レースが、いつの間にか街の物流そのものを変えていた。荷馬車の御者たちが、すれ違いざまにピコへ「おう、王者!」と声をかけていく。
「すごいことになってるな」
「でしょ。あたしたちの街、伊達に速さで生きてない」
ピコが得意げに胸を張った直後、城門をくぐった瞬間、槌を打つ音がぴたりと止んだ。工房という工房から、職人たちが顔を出す。
「――久しぶりだな、小僧」
国王グロムの声は、相変わらず岩を転がすように太かった。玉座の間に、荒々しい歓声が上がる。旧知の顔ぶれが次々に集まる中、ガリンの父、重臣ドムルだけが腕を組んだまま動かなかった。他の誰もが笑っている中で、その一角だけ、空気が違っていた。
「息子よ。王都で妙な玩具を作っていると聞いたが」
「玩具じゃない。五符っていう遊びだ」
ガリンが胸を張って共鳴石を掲げる。だがドムルの目は動かなかった。
「刻符の結晶は、武具の核にも使う貴重品だ。それを、子供の遊びに削って使うと」
「親父……」
「王都で名を上げたと聞いて喜んでいたが、まさか玩具職人に成り下がったとはな」
場が凍りついた。ガリンの拳が、静かに固くなる。玉座の間を満たしていた歓声が、潮が引くように静まっていった。グロム王でさえ、口を挟むタイミングを計りかねている様子だった。
「――お待ちください」
俺は一歩前に出た。
「見てから決めてもらえませんか。お題は『最高の道具』。ドワーフの職人なら、負けない自信があるでしょう」
ドムルの眉が、わずかに動いた。挑発に乗るような真似はしないだろうと踏んでいたが、職人としての矜持は、思ったより刺さったらしい。
「……いいだろう。見せてもらおう。ただし、儂の目は誤魔化せんぞ」
ガリンが操作珠を握った。手が、微かに震えていた。ピコがその肩に、そっと手を置く。
「あんたの父さん、意外と甘くないから覚悟しなよ」
「知ってる」
ガリンが短く笑った。震えが、少し止まった。
「昔から、そうだった。俺が最初に打った剣、鞘に収まる前に突き返された」
「厳しいなあ」
「厳しいだけじゃない。突き返した理由を、必ず一つずつ言葉にする人だった。今日も、多分そうする」
俺は横で見守りながら、ふと思った。ドムルの言い分は、決して的外れじゃない。貴重な結晶を、遊びのために削る。それは本当に、正しい使い方なのか。工房の隅に積まれた武具の核と、俺たちが持ち込んだ小さな刻符の欠片を、俺は交互に見比べた。
答えは、これから作る。
「五符のお題は『最高の道具』。三ターンで組み上げて、最後にドムルさんに見てもらう。――それでいいですか」
「好きにするといい」
ドムルが玉座脇の椅子に腰を下ろした。周りの職人たちも、興味半分・疑い半分の目でガリンを取り囲んだ。誰も声を発さない。工房の空気そのものが、判定の場に変わっていた。
グロム王だけが、ひとり愉快そうに髭を撫でていた。
「面白くなってきたわい。ドムルの目が本気になるところ、久しぶりに見る」
「王までそんな……」
「案ずるな、小僧。あやつは口が悪いだけで、見どころのない者に本気の言葉はかけん」
その一言に、ガリンの肩から、少しだけ力が抜けたように見えた。窓の外では、噂を聞きつけた街の者たちが工房の入り口に集まり始めている。子供たちが背伸びして中を覗き込み、大人たちがひそひそと「ドムル様が誰かの仕事に本気で口を出すなんて」と囁き合っていた。
「一手目、『鉄』」
ガリンの声に、板の上に無骨な塊が浮かぶ。工房の職人たちが、思わず身を乗り出した。ドムルだけが、腕を組んだまま眉一つ動かさない。
「たった一文字で、もう何かの形になっとる」
誰かが小さく呟いた声を、ガリンの耳が拾った。集中を切らさないよう、俺は横で黙って見守るしかなかった。三ターンしかない。焦って字数を無駄にすれば、それだけで負けが決まる。
「二手目、『重』」
塊が厚みを増す。輪郭が少しずつ、意志を持ったように変わっていく。
「三手目――『鉄重鉄』」
最後に組んだ単語が、共鳴石を通して像を結んだ。継ぎ目のない鉄の大槌。柄尻まで一体成型で、どこにも余計な装飾がない。ただ、重さと硬さだけを煮詰めたような一振り。板の中で、その槌がゆっくりと自重で沈むように見える。誰かが小さく息を呑んだ。
「……ほう」
ドムルが身を乗り出した。
「柄の太さ、握りの角度、重心の位置。全部、鍛冶場で毎日見てる寸法そのものじゃないか」
「だって、俺が知ってる『最高の道具』は、これしかないから」
ガリンが即答した。
「花で編んだ寝台の方が綺麗かもしれない。でも、俺にとっての格好よさは、これだ。壊れない、無駄がない、握った瞬間に分かる重さ」
ドムルはしばらく黙って像を見つめていた。周りの職人たちも、誰一人口を開かない。像の継ぎ目を確かめるように、ドムルの視線が何度も往復する。
「――五文字で、そこまで出せるのか」
「五文字だからこそ、だと思う。無駄を削るしかないから、本当に大事なものだけが残る」
「儂は、これを子供騙しだと思っていた」
ドムルが立ち上がった。椅子の脚が石床を擦る音が、やけに大きく響いた。
「見立てが狂った、と認めよう。ただし――」
「ただし?」
「この結晶、うちの工房でも作らせろ。お前の作った刻符より、儂らの方が硬く仕上げられる」
「それ、認めたってことだよな!?」
工房中に笑いが起きた。ピコが真っ先にガリンの背中を叩き、「言ったでしょ」と笑う。グロム王だけが「ふぉっふぉ」と満足そうに笑いながら、誰よりも大きな拍手を送っていた。
その夜、王城で開かれた宴は、いつまでも終わらなかった。マナカートの整備士たちが五符を回し見しては、思い思いの道具を組んでは自慢し合う。宴の合間にドラン翁が教えてくれたのは、思わぬ収穫だった。
「複数の槌の律動を合わせる技、知っておるか。大物を打つとき、五人がかりで一つの拍子に合わせて叩く。息が合わんと、鉄が歪む。あれと同じ理屈で、石も束ねられるんじゃないか」
フィリアが目を見開いた。手にした杯を、思わず置く。
「――拍子。石同士を無理に繋ごうとしてたけど、繋ぐんじゃなくて、揃えればいいのか」
技術の壁に、初めて小さな亀裂が入った瞬間だった。俺たちはその夜のうちに手持ちの共鳴石で試し打ちを繰り返したが、拍子だけではまだ足りない。それでも、確かな手応えがあった。
翌朝、ドワーフ語の道具・素材の単語を山ほど書き留めた紙束を鞄に詰め込み、俺たちはガランドを後にした。城門まで見送りに来たドムルが、最後に一言だけガリンに声をかけた。
「次は、もっと硬いものを見せろ」
それが、褒め言葉だと分かるまでに、少し時間がかかった。
荷車に揺られながら、フィリアが拍子の理論をぶつぶつと反芻している。ガリンは終始無言だったが、時折口元が緩むのを俺は見逃さなかった。ピコだけが「あたしの故郷、いいところでしょ」と得意げに繰り返し、ノワに「もう三回聞いた」と突っ込まれていた。
賑やかな声を背に、山道は少しずつ緑を深くしていく。次の目的地は、リシアの森だ。
(第42話へつづく)




