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第40話 二つの壁

「――繋がらない」


 三日目の朝、フィリアが共鳴石を睨みながら呟いた。工房の作業台には、割れて欠けた共鳴石の欠片が小さな山になっている。五つ束ねた石は、二つまでなら安定して繋がる。三つ目を足した瞬間、決まって光が乱れて弾ける。


「精霊の律動って、そんなに難しいのか」とガルド。


「一対一が基本の仕組みを、無理やり五対一にしようとしてるんだから。……できない、とは言わない。でも、今のやり方の延長線上には、多分ない」


 フィリアが四つ目の石を握った瞬間、パンッと乾いた音がして、石の欠片が机に散った。ガリンが無言でそれを箒で片付ける。もう何度目かも分からない。


 技術の壁は、想像していたより固かった。


 もう一つの壁は、思わぬところから顔を出した。試作の五符で「おしゃれな部屋」というお題をやってみたときだった。


「これ、あたしは可愛いと思う」


 フィリアが具現化させたのは、花と蔦で編んだ寝台だった。淡い緑と白の花弁が、繊細に絡み合っている。


「……脆そうだな」


 ガリンが即座に切り捨てる。


「俺なら、この鉄枠と石壁の部屋を選ぶ。丈夫で、崩れない」


「無骨すぎ! おしゃれの欠片もない!」


「頑丈さがおしゃれなんだよ」


「それ、あんたの感想でしょ!」


 ピコが横から口を挟んだ。


「あたしは速く出入りできる部屋がいい。扉が大きくて、廊下がまっすぐ」


「それ、部屋というよりガレージじゃないか」とガルド。


 二人の言い合いは十分経っても終わらなかった。ノワは「戦えなきゃ意味ない部屋」を推し、テオは「ベッドがトランポリンになる部屋」を推し、誰も互いの言い分を譲らない。五つの像が板の上に並んだまま、誰も勝敗をつけられずにいた。


「……どうやって勝ち負け決めるんだ、これ」


 俺は思わず呟いた。


 速さや正確さなら、タイムや命中率で測れる。でも「おしゃれ」や「美味しい」には、そういう物差しがない。誰か一人の好みで判定すれば、その一人の趣味を押しつけるだけになる。だからといって多数決にすれば、少数派の感性はいつも負ける。


「これ、俺たちだけじゃ決められないな」


「は?」とノワ。


「ここにいるのは、人間とドワーフとエルフだけだ。この五人の好みの中央値を出したところで、それはこの部屋の中だけの話でしかない。獣人は? 闘技都市の連中は? 空の上の連中は?」


 誰も、すぐには言葉を返せなかった。窓の外で、量産ラインの槌の音だけが規則正しく響いていた。


「――技術の壁も、同じかもしれない」


 フィリアが顔を上げた。


「精霊との繋ぎ方は、この森とこの王都のやり方しか、あたし知らない。他の土地の精霊術には、全然違う理屈があるかもしれない」


 二つの壁は、根っこが同じだった。俺たちが知っているものだけで、俺たちだけの答えを出そうとしていた。井戸の中から空の広さを測ろうとするようなものだ。


「だったら、聞きに行けばいい」


 俺は仕様書を閉じた。


「言葉も、好みも、技術も。ここにないなら、ある場所へ行く。ガランド、リシアの森、それから――まだ行ったことのない場所にも」


「本気か?」とガルド。


「本気だ。この五符は、いろんな種族の言葉と好みが揃って、初めて完成する遊びになる。だったら、完成させる方法も一つしかない」


 フィリアが立ち上がった。


「あたしも行く。故郷の精霊術、もう一回ちゃんと調べ直したい」


「俺も。親父にも見せたいものがある」


 ガリンが工具袋を担いだ。テオが「ぼくも! ぼくも行く!」と飛び跳ね、ノワが「置いてくなよ」と続く。


「あたしも当然行くから」


 ピコが腰に手を当てた。


「ガランドはあたしの地元。案内なしで行かせるつもり?」


 残るのはガルドとリナだけになった。


「誰かが王都の板を守らなきゃな」


 ガルドが操作珠を一つ拾い上げて笑う。


「土産話、期待してるぞ」


「配布と量産、こちらは任せてください」


 リナが胸に手を当てて頷いた。


「留守の間、五符の噂は絶やしません。皆さんが帰ってきた時、王都が一番賑わってるように」


 その夜、アイシャに旅の許可を求めに行くと、意外にもあっさり頷かれた。


「面白そうですね」


 珍しく、目が笑っていた。


「一つだけ言っておきます。あなたが留守の間、王都の子供たちは五符の噂だけ聞かされて待つことになる。――手ぶらで帰ってくるなんて、許しませんから」


「肝に銘じます」


「それと」


 アイシャが窓の外、旅支度中の仲間たちに目をやった。


「五人分の言葉と好みを集める旅、というのは分かりました。でも、あなた自身は何を持ち帰るつもりですか」


 思いがけない問いに、俺は少し考えた。


「……多分、俺の知らない『面白い』の形、だと思います」


「なるほど」


 アイシャは短く笑って、それ以上は聞かなかった。


 翌朝、旅支度を整えた六人と一つの共鳴石を荷車に積んで、俺たちは王都の門をくぐった。空はよく晴れていて、荷車の車輪が石畳を鳴らす音が、いつもより軽く聞こえた。最初の目的地は、懐かしいドワーフの王国ガランドだ。


(第41話へつづく)

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