第39話 一人じゃ勝てない遊び方
翌朝、工房に着くと、もう始まっていた。
「昨日の話、あたし一晩で考えてきたから」
ピコが自信満々に操作珠を掲げた。
「速さで魅せる一本道のレース。あたしがマナカートで培った勘を、そのまま遊びにする。これに勝るもんはない」
「甘いな」
ガリンが腕を組んで鼻を鳴らす。
「儂は寸分違わぬ組み立てを見せる。精度こそ、誰にも真似できん唯一のものじゃ」
――誰の真似でもないやつを作らないか。昨夜の俺の一言に、二人とも一晩で本気で応えてきたらしい。それも、自分の一番得意なものを丸ごと押し出す形で。
「おれは殴る方がいいと思う!」
ノワが割り込み、テオが「ぼくは頭を使う方が絶対いいでしょ!」と張り合う。フィリアだけは輪から少し離れて、目を閉じたまま何かに耳を澄ませていた。
「フィリア、何してるんだ?」
「……工房の裏、風の通り道に魔力の澱みがある。誰かが昨日、術式の切れ端をこぼしたんだと思う」
誰も気づいていなかった。俺の解析にも引っかかっていない。フィリアにだけ視える、感じ取れるものが確かにあった。
全員の主張を聞きながら、俺は違和感を覚え始めていた。速さ、精度、気配、戦闘、知恵――どれも確かに面白い。でも、どの案を選んでも、結局は提案した本人の独壇場になるだけだ。ピコの案ならピコが、ガリンの案ならガリンが、最初から一番強い。それじゃ、誰かの十八番をそのまま看板に掲げるだけで、誰の真似でもないものにはならない。
「……これ、一つ選んだ時点で、選ばれなかった奴が全員かませ犬になるな」
「駄目なのか? 得意なことで勝つのは、当たり前だろ」
ガルドが不思議そうに聞いた。もっともな疑問だ。でも、俺の頭の中には、もう答えがあった。
速さ、精度、気配、戦闘、知恵。前世なら、こんなに違う視点を持つキャラクターは、想像で作るしかなかった。でも、目の前にいるのは――本物だ。マナカートの操縦本能を持つドワーフ。魔力の澱みを耳で聴くエルフ。素手で岩を割る膂力を持つ種族。子供でも大人顔負けの読みをする知恵者。想像で作ったキャラじゃない。本物の、違う生き物が、同じ部屋で言い争っている。
「今までの遊びは、一人用か二人用ばっかりだった。でも今日からは違う」
俺は五人の顔を見回した。
「一人だけが強い遊びは、強い奴が飽きられたら終わる。でも――勝ち方が人の数だけある遊びなら、誰も飽きない。速さで稼ぐ奴、正確さで支える奴、隠れた宝を見つける奴。全員、自分のやり方でちゃんと役に立てる」
工房が静かになった。
「……問題は、板だな」
ガリンがぼそりと言った。
「今の幻晶板は、一人に一枚だ。同時に何人分も一つの盤面に繋ぐ仕組みが、まだない」
「共鳴石を、束にできないか」
フィリアが呟く。
「精霊と繋ぐ石は一対一が基本。でも……理屈の上では、複数を同じ律動に合わせることも、できなくはない、はず」
断言できないところに、逆に本気を感じた。
「やってみよう。でも――」
俺はバグナの作業台に転がっていた刻符の欠片を手に取った。ルーン文字が五つ、刻まれている。
「バグナさん、これ何で五つなんですか」
「あん? 結晶の耐えられる刻印は、五つが限度じゃ。六つ目を刻もうとすると、術式同士が喧嘩して砕ける」
その一言に、俺の頭の中で何かが繋がった。
「――これ、そのまま遊びのルールにできる」
「はあ?」
全員が俺を見た。
「刻符に刻める文字は、最大五つ。なら、遊ぶ側も五つの文字だけで勝負すればいい。同じ文字は何回使ってもいい。でも、五種類しか持てない」
「……それで、何ができるんだ?」
「お題を出す。『強い戦士』とか、『美味しい料理』とか。五つの文字を組み合わせて、単語を作る。組んだ単語が、共鳴石を通してそのまま板の上に具現化する」
「一回きりか?」とガルド。
「三ターン積み上げる。ターンごとに一単語ずつ足していって、三つ乗ったところで完成。――勝負はそこからだ」
「三回分、悩めるってことね」
ピコがにやりと笑った。一発勝負なら運が絡む。三ターンあれば、最初の二つで様子を見て、最後に勝負を賭けることもできる。
「文字だけ?」とノワ。
「文字だけだから面白い。五つのうち、四つはお題ごとに共通の縛り。全員同じ四文字を持たされる。残り一つだけ、自分で選んでいい」
「自分で?」
フィリアの目の色が変わった。
「一つだけなら、絶対これ、って文字を選べる」
「そう。その一文字が、そいつの署名になる」
試しに、その場で選ばせてみた。
「俺は、鉄だな」
ガリンが即答した。
「俺、拳!」
ノワが胸を張る。
「あたしは……花、かな」
フィリアが少し照れながら言った。
「ぼくは……にんじん!」
「テオ、それ強くなるか?」
「わかんない! でも絶対誰も選ばない!」
工房に笑いが起きた。同じ四文字を持たされても、最後の一文字で全員の作るものが変わる。ガリンは無駄のない硬い単語を、フィリアは美しい響きの単語を、ノワは力任せの荒っぽい単語を、テオは誰も思いつかない組み合わせを。五文字という狭い枠の中に、五人分違う頭の使い方がそのまま出る。
「――待って」
フィリアが何かに気づいた顔をした。
「これ、エルフ語の単語も使っていいの?」
「別に、共通語限定なんて決めてない。意味が伝わればいい」
「なら、あたし得するかも。精霊絡みの言葉、共通語より詳しいし」
「それ、ずるくないか」とノワ。
「知ってる言葉が多い方が強いってだけだろ」
ガリンが涼しい顔で返す。俺は少し考えて、付け加えた。
「他の種族の言葉を知ってれば知ってるほど、組める単語の幅が広がる。……逆に、意味も分からない言葉を無理やり組んだら、どうなると思う?」
「変なのができそう」とテオ。
「かもな。狙ってもいない、想像もしてなかったものが出てくるかもしれない。それはそれで、盛り上がると思わないか」
誰かが失敗するんじゃない。誰も知らない言葉が、誰も見たことのないものを連れてくる。狙った通りに組み上げる面白さと、狙えないから面白い瞬間。両方がこの遊びの中に転がっていた。
「これ、絶対面白い」
ピコが真っ先に操作珠を握った。
「あたしの一文字、何にしよう……」
「速、とかどうだ」とガルド。
「それ、あんたが選ぶやつでしょ!」
賑やかな声を背に、俺は仕様書の一行目に「五符」と書いた。まだ名前は仮だ。それでも、初めて誰にも似ていないものを作っている実感があった。
「あとは、五人分の板を一度に繋ぐ方法だけだな」
ガリンの言葉に、フィリアが共鳴石を握り直す。
「やるだけ、やってみる」
窓の外はもう夕暮れだった。誰も帰る気配を見せなかった。仕様書はまだ一行しか書けていない。それでも工房の空気は、これまでのどの日よりも熱かった。
(第40話へつづく)




