第34話 重力のさじ加減
ポコタが初めてジャンプした瞬間、工房中が静まり返った。
ぴょこん、と間の抜けた効果音とともに、土人形が真上に飛んで、そのまま真下に落ちた。ただそれだけなのに、なぜか誰も笑わなかった。
「……地味だな」
ガルドが正直な感想を漏らす。俺も同感だった。跳んでる「感じ」が、何一つない。
「重力の値、変えてみる?」フィリアが刻符に手を伸ばす。
変えた。今度は羽根みたいにふわふわ浮いて、いつまでも落ちてこない。操作した俺自身が「気持ち悪い」と声に出していた。
「じゃあ、逆」
落下を速くしすぎると、今度はジャンプした実感がないまま着地する。跳ねてるというより、ただ瞬間移動しているみたいだ。
「高さは? 跳べる高さ、もっと欲しくない?」とテオ。高さを盛ると、今度はポコタが画面の上端に頭をぶつけて間抜けに跳ね返る。何度直しても、どこかしら気持ち悪い。夜が更けるにつれ、工房の床には失敗した数値の書き損じが積もっていった。
「上がる時と落ちる時で、速さを変えてみたら?」
ピコの一言で、風向きが変わった。上りはふわっと緩やかに、頂点で一瞬止まって、落下は少し速めに。……これだ。跳んだ瞬間の「浮く感じ」と、着地の「小気味よさ」が両方ある。
「あとさ」とピコが続ける。「あたし、崖から落ちる直前に踏ん張ってジャンプできると気持ちいいんだよね。マナカートでも、コーナー抜けた一瞬に無理やり滑り込むあの感じ」
13話の、あの猶予の設計思想だ。俺は思わず膝を打った。
「足場を踏み外した瞬間から数拍だけ、ジャンプ入力を受け付ける。名付けて――踏み外し猶予」
「地味に絶対必要なやつだそれ」とノワ。「ないとイライラする」
ガルドも試しに操作珠を握って、崖際から何度もポコタを跳ばせていた。「……これがあるとないとで、こんなに印象が違うのか」と、剣士らしくない感心の仕方をしていた。
ボタンを押しっぱなしにすると高く跳べて、すぐ離すと低く跳べる可変ジャンプも足した。「軽く跳んで隙間を渡る」「思いきり跳んで高い足場に届く」、同じ一つのボタンに二つの手応えを詰め込んだ。
深夜、テオがようやく満足げな声を上げた。
「跳んでる! ちゃんと跳んでる感じする!」
子供の一言が、何より正確な合格ラインだった。数値をいじっているだけなのに、確かに「気持ちよさ」という手触りが板の中に生まれていた。前世で聞きかじった言葉が浮かぶ。ゲームは、遊んでみるまで面白いかどうか分からない。だからこそ、面白くなるまで数字をいじり続ける仕事に、意味がある。
「よし、次は――ポコタが跳ぶ先の世界を作るぞ」
(第35話へつづく)




