第33話 跳びたい
「〇×大全」を配った翌朝、俺は納品のついでに平民区を歩いていた。
あの女の子が考えた三段〇×は、結局そこそこの出来に落ち着いた。派手さはないが、彼女は自分の名前を刻符の隅に書き込んで、それだけで一日中ご機嫌だった。誰かの真似じゃないものを、一つでも自分の手で作った実感。それだけで、こんなに顔つきが変わるものかと驚かされた。
路地の奥で、子供の一団が空き樽から積み木の山へ、積み木の山から物干し台へと飛び移って遊んでいた。危なっかしいのに、誰も転げ落ちない。飛び移るたびに歓声が上がる。
「危ないですよ、それ」
リナが顔をしかめて注意しに行こうとするのを、俺は止めた。……いや、待て。これだ。
「俺たちが作ったゲーム、盤の上で頭を動かすものばっかりだった」
〇×は思考、ブロック崩しは反射、マナカートは操縦。でも、あの子供たちがやってるのは――体そのもので空間を渡る遊びだ。跳んで、落ちて、また跳ぶ。画面の中の誰かを、そういうふうに動かせたら。
「つまり、跳ぶゲームってこと?」とピコ。
「跳んで、走って、障害物を越えて、ゴールを目指す。……単純だけど、単純だからこそ奥が深いやつだ」
これも、俺が思いついたわけじゃない。子供の頃に何百時間も費やした、横長の画面のことを思い出しただけだ。狙い通りの翻訳が、また一つ増える。
「面白そうだけど」フィリアが幻晶板を掲げる。「今の板、決まった一画面しか映せないよね。跳んだ先が画面の外だったら?」
その指摘に、俺は言葉を失った。〇×もブロック崩しも、盤面は一画面に収まる遊びだった。だが「跳んで進む」ゲームは、進めば進むほど世界が続いていく必要がある。今の幻晶板には、その仕組みがない。
「……新しい壁だな」
「望むところじゃん」
ガリンが継手をいじりながらニヤリと笑った。この男、難題が増えるほど機嫌が良くなる。
「主役はどうする」とノワ。「人? 動物?」
俺は懐から、フィリアの魔道具工房で余っていた粘土細工を取り出した。小さな土人形。子供の手のひらに収まるサイズの、丸っこいシルエット。
「これに、操作系の付与魔法で意思を吹き込む。……名前は――ポコタ、でどうだ」
「かわいい」とテオが即決した。「ぼく、ポコタで遊びたい!」
「でもさ」とピコが首を傾げる。「これも、ユウタの前にいた場所にあったやつなんでしょ? いい加減、自分の考えたやつ作りたくならない?」
「ならないな、今はまだ」
俺は迷わず答えた。
「面白いって確信が持てるものから広める。それが一番、遠回りに見えて一番早い。中途半端に凝ったオリジナルを出して誰にも刺さらないより、よっぽど建設的だ」
「ふぅん。頑固だね」
「頑固で結構。土台を疎かにした奴から、俺は前世で何人も見てきた」
主役は決まった。跳ぶ理由も、跳ぶ相手(岩虫やら何やら、追々考えればいい)も、何一つ形になっていない。それでも、この日ようやく分かった。
俺たちがまだ作っていないのは、「頭で遊ぶゲーム」の隣にある、「体で感じるゲーム」だ。
(第34話へつづく)




