第32話 〇×まつり
夜の工房に、三枚の幻晶板が並んだ。
「いくぞ。まずは一本目、移動〇×だ」
盤が埋まった瞬間、ゲームは別物に変わった。「じゃあ、こうして……」とガルドが端の印を一つ動かす。たったそれだけで、詰みかけていた盤面が引っくり返る。
「待って待って、今の反則じゃ」
「反則じゃない、ルールだ。……もう一回だ」
ガルドの十八番が出た。動かす一手を巡って、リナとテオが延々と揉め始める。単純な三目並べのはずが、終盤の読み合いだけで前世の詰将棋みたいな顔つきになっていた。
「二本目、消滅〇×」
四手前の印が、静かに盤から消える。
「あ、消えた!」
テオの必勝の一手が、時間差で溶けて消えた。積み上げた布陣が勝手に崩れていく感覚は、これまでのどのゲームにもなかった。ノワはそれを逆手に取り、わざと相手の印が消えるタイミングを読んで待ち構える戦法を編み出し、静かに三連勝した。
「……お前、性格出るな」
「褒め言葉として受け取っとく」
「三本目、マトリョーシカ〇×」
大中小の印を、大きい方から小さい方の上に重ねられる。
「あたし、小さいの三つ置いたと見せかけて」とピコが得意げに宣言する。「実は真ん中、大きいのに変えるから」
フィリアが眉を寄せて盤を睨む。「……その宣言、はったりの可能性は?」
「さあ、どっちだろうねー」
結局フィリアは深読みしすぎて外し、ピコの本当のはったりに引っかかった。盤面の情報が全部見えているはずの〇×で、初めて「相手の心理」を読む要素が生まれた瞬間だった。セレンさんまで無言で三本とも参加し、静かに全戦全勝していた。あの人、地力がおかしい。
翌日から、この三枚は平民区の子供たちにも試遊してもらった。最初は誰もが戸惑い顔だった。〇×は〇×だと思って育ってきた頭に、動く印や消える印は馴染みが薄い。だが数戦もすれば、みんな夢中で盤を睨むようになった。
「同じ〇×なのに、ぜんぜん違う頭の使い方するんだ……」
小さな声で呟いたのは、いつも一番乗りで並んでいる女の子だった。その一言に、俺は思わずメモを取る手を止めた。伝えたかったことが、ちゃんと伝わった瞬間だった。
「ねえ、あたしも一個考えたんだけど」
その子が、恐る恐る手を挙げた。「盤を三段に重ねて、下の段が揃ったら上の段に置けるようにしたら、どう?」
思いつきレベルの粗い案だったけど、俺は本気で驚いた。教えたのは三つの変え方だけだ。なのにもう、四つ目を自分の頭で作ろうとしている。
「それ、面白いかもしれない。今度、一緒に刻符に組んでみるか?」
「え、いいの!?」
女の子の顔がぱっと明るくなった。ガルドが横で「宿題、さっそく片付いたな」と俺に耳打ちしてくる。俺は答える代わりに、ただ笑っておいた。
「これ、三本まとめて『〇×大全』の刻符にしよう。一枚に全部詰め込んで、好きなルールを選べるようにする」
「それ、絶対平民区でも流行るやつだ」とガルド。
夜が更けても、盤の取り合いは終わらなかった。ルールをいじる技術と、それを面白がる文化――両方が、この王都に少しずつ根付き始めている。それを見届けたところで、俺の頭には次の予感があった。
次は、頭の中で組み立てる遊びの隣に、もっと違う種類の「動き」そのものを、この板に閉じ込めてみたい。
(第33話へつづく)




