第31話 〇×、まだ終わってない
「ユウタさーん! 次の刻符、まだですかー!?」
平民区の路地から、また催促が飛んできた。幻晶板を配り始めて十日。〇×とブロック崩しだけなのに、子供たちは毎日同じ二本を遊び倒している。工房には毎朝、順番待ちの列ができるようになった。
量産ラインは順調に回っている。フィリアとガリンが率いる分業チームは、もう検品込みで一日五十台。材料の目処も立った。担当を離れた俺は、久しぶりに帳簿を閉じて、子供たちの遊ぶ様子を眺めていた。
……気になることがあった。
「ねえ、〇×とブロック崩し、どっちが好き?」
道端の子に聞いてみると、答えはいつも同じ形をしていた。「〇×が好き」「ブロック崩しの方が好き」。まるで二つの完成品を選ぶみたいに。誰も「〇×をこう変えたら」とは言わない。当たり前だ。この世界の誰も、ゲームのルールを自分でいじれるなんて、考えたこともないんだから。
その夜、俺は工房の隅で古い記憶を引っ張り出していた。前世、暇な後輩と交わした与太話。三目並べは盤が埋まると引き分けになる単純なゲームだが、ちょっとルールを足すだけで別物になる、という話題で何時間も盛り上がったことがあった。盤が埋まったら自分の印を動かせるようにしたバージョン。置いた印が数手後に消えるバージョン。大きさの違う印を重ねられるバージョン。どれも、俺が考えたわけじゃない。誰かの与太話や、昔どこかで触った変わり種のボードゲームの記憶が、頭の奥に転がっていただけだ。
「――よし、決めた」
俺は仕様書に向き直った。今度作るのは、新しいゲームじゃない。同じ〇×の骨格から生える、三つの枝だ。
「①盤が埋まったら、自分の印を一つだけ隣の空きマスに動かせる『移動〇×』。②置いた印は四手後に消える『消滅〇×』。③大中小三つの印を持ち、大きい印は小さい印の上に重ねられる『マトリョーシカ〇×』」
名前だけは、そのまま輸入するのをやめた。マトリョーシカなんて言葉、この世界には存在しない。代わりに、大中小の印を「幼体・成体・古老」に見立てて、精霊が育つ過程を模した見た目にすることにした。ルールは前世の借り物でも、手触りまで借り物にする気はない。この作業だけは、誰の記憶も頼らずに、俺たち自身の手で決められる。
翌朝、集まった仲間にメモを見せると、フィリアが不思議そうな顔をした。
「これ、ユウタが考えたの?」
「いや。前にいた場所で、誰かがこういう遊び方をしてるのを聞きかじっただけだ。俺の発明品ってわけじゃない」
「ふうん。……オリジナルにこだわらないんだ、ユウタって」
「こだわる必要がないんだよ、今は」
即答した。フィリアが少し意外そうな顔をする。
「俺の頭の中には、面白いって分かりきってるものが、まだ山ほど眠ってる。それを、分かりやすい形でこの世界に馴染ませていく。それが今の俺の仕事だ。オリジナルを気取るのは、そのあとでいい――というより、そのあとじゃないと意味がない」
「意味がない?」
「この世界の誰も、まだ知らないんだ。同じゲームでも、ルールを一つ変えるだけで、まったく違う面白さが生まれるってことを。土台のないところに、いきなり誰も見たことのない一本を置いても、面白いのかどうか、誰にも判断できやしない」
俺は仕様書を指で叩いた。
「先に、分かりやすくて、確実に面白いものを広める。それでこの世界の人たちに『面白いってこういう感じだ』っていう物差しを持ってもらう。話はそれからだ」
ガルドが腕を組んで唸った。
「つまり、種明かしをするってことか。お前の手品の」
「そういうことになるかもな」
「望むところじゃないか」ノワが早くも椅子を引いていた。「早く遊ばせろよ」
「気が早いな」
俺は苦笑しながらも、内心では嬉しかった。仕様書を見せただけで、もう遊ぶ気満々になってくれる仲間がいる。前世の会議室では、一度もなかったことだ。
「一つだけ約束してほしい」
俺は仕様書を閉じて、みんなを見回した。
「今日遊んで面白かったら、それで終わりにしないでくれ。『じゃあ次は、自分ならどう変える』って、少しでいいから考えてみてほしい。それが、今回いちばん持って帰ってほしいものだから」
ガルドが片眉を上げた。「宿題を出す気か」
「そういうことになるかもな」
技術としては、刻符を書き直すだけの、それほど難しくない仕事だった。だが俺の中では、量産ラインを二倍にすることより、よほど大きな一歩に感じられた。
(第32話へつづく)




