第25話 チャンピオン戦と目覚める魔獣
巨大魔獣の覚醒まで、解析の予測では、おそらく数日。
俺は両方の長に事実を伝えた。倒しに行くのは論外だ。ゴブリンキングの四十倍の相手に、弓と剣で挑めば死人の山になる。だが、俺には腹案があった。
「あの魔獣、解析する限り敵意はないんです。あるのは、乱れて暴走しかけた魔力だけ。なら――幻影闘技の技術で、鎮められるかもしれない」
幻影闘技は、精霊の魔力を練って幻影体を編む技術だ。あれを応用して、大勢の精霊の魔力を重ねて魔獣にぶつければ、暴走する魔力の波を中和できる。ぶつけると言っても攻撃じゃない。荒れた海に、逆位相の波を重ねて凪にするイメージだ。
「ただし、光マナと闇マナ、両方の波長が要る。片方の岸だけじゃ、絶対に足りません」
リンドラとゾルグは、顔を見合わせた。数百年睨み合った二人の長は、ほぼ同時に、ため息みたいに笑った。
「……交換会のときから、お主、こうなる絵まで描いておったのか?」
「まさか。魔獣は予定外です。でも――間に合ってよかったとは思ってます。喧嘩したままだったら、この森は終わってた」
◇
決行までの数日、森は不思議な熱に包まれていた。
その熱の頂点として――チャンピオン戦を、予定通りやることにした。中止の声もあったが、リンドラが譲らなかったのだ。「戦の前こそ、祭りが要る」と。千年生きの言葉には、妙な説得力があった。
大樹の中州。挑戦者は、六つの紋章を最速で集めた二人――フィリアとノワの、二人一組での挑戦だ(本来は一対一の規定だが、「二人で一つの図鑑を埋めた者たちなら、二人で一人前じゃろ」とチャンピオン自らルール改定した。ゲームマスターの素質がある)。
試合は、凄まじかった。
リンドラの伝説級が、フィリアの宵蝶を三すくみで封じ、ノワの月狼の奇襲を交代読みでいなす。千年の老獪。だが二人も、ただではやられない。交換で育てた互いの精霊を知り尽くした連携で、じわじわとチャンピオンの手数を削っていく。
勝負が最終盤にもつれ込んだ、その瞬間だった。
――森が、吼えた。
最深部から立ち上る、黒混じりの魔力の柱。予測より早い。魔獣の覚醒だ。観客の悲鳴。だがリンドラは、盤上の宵蝶と月狼を見て、静かに言った。
「勝負、預かりとする。――若き精霊使いたちよ。続きは、森を守ってからじゃ」
◇
決行前夜、最後の議論が割れた。子供を参加させるか、だ。
「危険すぎる」と言う大人たちに、俺はデータを見せた。中和に必要な魔力総量と、現有戦力の一覧。子供たちを外すと、二割足りない。それに、幻影闘技の子供たちの練度は、実のところ大人より高い。毎日祠に通ってるのは、あいつらなんだから。
「それでも、万一があれば……」
「万一を潰すのが設計です。子供たちの持ち場は魔獣から一番遠い後方の波列。前衛が崩れたら即時撤退の合図と経路も決めてある。……守られるだけの子供は、いつか勝手に前へ出ます。役割を持った子供は、持ち場を守る。俺はそれを、ソルの村で学びました」
テオの顔を思い出しながら言った。最終的に、リンドラの「森の未来に、森を守らせぬ法があるか」の一言で決まった。
連合レイド、開始。
二百人の精霊使いが、魔獣を遠巻きに囲む。俺の解析が魔力の波形を読み、逆位相の重ね方を割り出す。
「光マナ班、波はセレンさんの宵蝶に合わせて! 闇マナ班は半拍遅れ、ゾルグ族長の号令で! ――今!!」
二百体の精霊の幻影が、光と闇の二重らせんになって、暴走する魔力の奔流に飛び込んだ。激突じゃない。同調だ。荒れ狂う波が、少しずつ、少しずつ、凪いでいく。
最後の一押しは、宵蝶と月狼だった。交換で進化した二体――光の中で育った闇と、闇の中で育った光が、波のど真ん中で重なった瞬間、魔獣の咆哮が、深い、深い寝息に変わった。
【古代魔獣】状態:暴走→鎮静(深眠)
敵意:なし 補足:被追跡
……また、この三文字だ。
ゴブリンキングと同じ。この魔獣も、何かに追われて、この森まで逃げてきた。そしてたぶん、精霊たちも。森に流れ込んできたのは、みんな「何か」から逃げてきた難民だったんだ。
じゃあ、その「何か」は――今、どこにいる?
◇
その夜、森は数百年ぶりの合同の祭りになった。
両岸から料理が持ち寄られ、篝火が川面に映り、封鎖の杭が抜かれた石橋の上では――リンドラとゾルグが、〇×ゲームの盤を挟んで唸り合っていた。ソルの村から輸出された、例の五かける五だ。
「長老、そこは悪手ですぞ」
「黙らっしゃい。儂は千年先を読んでおる」
「〇×に千年先はありませんぞ」
あの二人はもう大丈夫だな。
祭りの人混みの中、フィリアとノワが俺のところに駆けてきた。
「ユウタ! あたしたち、決めたんだ。チャンピオン戦の続きが終わったら――二人で森一番の精霊使いを名乗るの!」
「二人で、か。いいな、それ」
と、そこへ、旅装の使者が祭りに駆け込んできた。王都の紋章を掲げた、人族の使者だ。差し出された書状には、貴族アイシャの署名で、御前遊戯への正式な招聘が記されていた。
――そして、末尾に一行。
『尚、貴殿の御活躍は神々の観覧するところとなり、その数十五柱に及ぶと聞き及ぶ。ただし、神々の間に不穏の動きあり。御身、くれぐれも御自愛されたし』




