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第23話 境界の川の交換会

 最初の一歩は、やっぱり子供だった。


 満月の夜。封鎖された石橋の真ん中、杭の柵を挟んで、フィリアとノワは再会した。あの木の実を投げ合った二人が、今度は互いの胸元の共鳴石と、相手の眼鏡を、穴があくほど見つめ合っていた。


「……あんた、それ、ダーク版の眼鏡」


「お前こそ、ライト版じゃん。……なあ。影オオカミ、見たいの?」


「っ、見たい! あと交換! 交換しないと進化しない子がいるの! あんたのとこにも、いるでしょ!?」


「いる! うちの図鑑も半分空っぽなんだよ!」


 敵意12と9の二人に、数百年の因縁を守り続ける理由なんて、最初からなかった。あるのは、半分しか埋まらない図鑑と、進化できない相棒への申し訳なさだけだ。


 二人は杭の隙間から手を伸ばし、震える手で、共鳴石を交換した。


 その瞬間――両方の石が、まばゆく光った。


 フィリアのミモザと、ノワのクロヴァ。二体の精霊が石から吹き出し、橋の上で光の繭になる。繭がほどけたとき、花蜜蝶は極彩色の宵蝶に、影オオカミの仔は月色のたてがみの月狼に変わっていた。


「「……進化した」」


 月明かりの橋の上で、二人の子供と二体の精霊が飛び跳ねる。その光は、両岸の見張り台からも、よく見えた。


 ◇


 翌朝から、森は大騒ぎになった。


「族長! あの光はなんだ! 進化とやらは川向こうでしかできんのか!」


「長老! わたくしの図鑑、あと七十四種がすべて対岸なのですが!」


 大人たちの数百年の意地は、コンプ欲と進化への渇望の前に、音を立てて崩れ始めていた。とはいえ、いきなり国交回復とはいかない。だから俺は、両方の長に同じ提案を持っていった。


「月に一度、橋の上でだけ、交換会をやりませんか。橋から降りない。武器は持たない。持っていいのは共鳴石と図鑑だけ。……それなら、面子も守れるでしょう」


 エルフの長老リンドラは、長い長い沈黙のあと「若い者が望むなら」と言った。ダークエルフの族長ゾルグは、鼻を鳴らして「向こうが来るなら」と言った。両方とも、自分からとは絶対に言わないあたり、数百年物の意地って感じだった。


 条件のすり合わせは、俺が伝書鳩役で七往復した。橋に上がる人数は両岸同数。開始と終了の合図は中立の俺が出す。刃物は指の長さまで(果物ナイフは許可しろと両方から言われた。エルフ、意外と食い意地が張ってる)。……交渉の中身が細かくなればなるほど、俺は確信していった。細部を詰めたがるのは、本当はやりたい側なんだよ。


 ◇


 第一回交換会。満月の石橋。


 封鎖の杭は「一時的に」三本だけ抜かれ、両岸から精霊使いたちが、ぎこちなく橋に上がった。誰も彼も、目は合わせない。でも胸元の共鳴石だけは、しっかり握ってる。


 最初の交換は、やはりフィリアとノワだった。二人が堂々と石を交換し、宵蝶と月狼を並べて見せると、あちこちで、おずおずと石が差し出され始めた。


「……そ、その、水羽鳥。うちの岩亀と、交換を……」


「む。……交換、しよう。相場が分からんが」


「じ、じゃあ、ついでに一戦……幻影闘技というのも、やってみるか……?」


 あの狩人長は、開始の合図と同時に東岸の若者へ突進し、「川霧の激レアを持っているというのは君か!!」と詰め寄って警備のガルドに止められていた。三百歳、器が小さいぞ。だが詰め寄られた若者が自慢げに激レアを見せ、狩人長が唸り、いつの間にか二人で湧き条件の情報交換を始めたのだから、コレクターの世界に岸は関係ないらしい。


 そして、あちこちで石が光り始めた。


 交換された精霊たちが、次々に進化していく。橋の上に、光の繭がいくつも咲く。数百年間、憎しみの象徴だった境界の川の上で、光の柱が立ち並ぶ。


 両岸の民が、同じものを見上げて、同じ声で歓声を上げた。


 【光の民エルフ 活気:31%→52%】

 【影の民ダークエルフ 活気:33%→54%】


 隣で見ていたガルドが、ぽつりと言った。


「……何百年も憎み合ってた連中が、石ころひとつで笑い合うのか」


「石ころひとつじゃ無理ですよ。相手がいないと完成しないゲームだから、笑い合うんです」


 交換しないと手に入らない。交換しないと進化しない。だから、相手が必要になる。相手が必要になれば、相手の顔を見る。顔を見て、同じ図鑑を抱えてると知れば――もう、ただの同好の士だ。


「最初から、これが狙いだったのか」


「ゲームってのはそういうものです。ルールが変われば、人の関係まで変わる。……俺はそれを、いいほうに使いたいだけで」


 橋の上では、フィリアとノワが、月狼と宵蝶を並べて、次の交換会の相談をしていた。あの二人、もう完全に親友の顔だ。


 ――ただ。祭りみたいな光景の隅で、俺はひとつだけ、気になる数字を見ていた。


 【森の最深部 魔力反応:増大傾向】


 精霊たちが森の外から「流れ込んできた」原因。それらしき巨大な反応が、森の一番深いところで、少しずつ、大きくなり続けている。

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