第22話 ライト版とダーク版
フィリアとノワが動けば、森は動く。俺の読みは当たった。
最初に落ちたのは、フィリアを馬鹿にしていた若い狩人たちだった。「弓もろくに引けない落ちこぼれが、遊びに現を抜かして」と嘲笑いに来て、幻影闘技を挑まれ、借り物の精霊で挑んで、三連敗した。
「……もう一回だ」
はい、西岸からもいただきました。この台詞、集めたら図鑑ができそうだな。
面白かったのは、負けた狩人たちの言い訳だ。「借り物の精霊だったから」「相性を知らなかったから」。そう、そこなんだよ。悔しさの矛先が「自分の準備不足」に向くゲームは、健全に伸びる。誰かのせいにできない負けは、次の工夫に変わるからだ。
負けた狩人が仲間を連れてきて、その仲間がまた負けて、眼鏡の注文が俺の手元に溜まっていく。製造はガランドの工房に発注済みだ。バグナの弟弟子の鍛冶場が、水晶レンズを月三百枚単位で磨いてくれる。ドワーフの量産力と、俺の設計。二章で繋いだ縁が、三章の兵站になってる。
東岸も同じだった。ノワのクロヴァが夜の見張り番たちを薙ぎ倒し、悔しがった大人たちが共鳴石を握って森に散っていく。
そして俺は、頃合いを見て図鑑を配った。
森の精霊、全百五十一種(俺の解析調べ)の姿と、湧き条件のヒントを載せた手引き書だ。ただし、空欄だらけ。自分で捕まえた精霊のページだけ、共鳴石の魔力で絵が浮かび上がる仕組みになっている。
これが、効いた。想像の三倍効いた。
「百四十八……あと三種……あと三種はどこ……」
齢三百のエルフの狩人長が、夜中に川霧の橋の下で膝まで水に浸かってるのを見たときは、さすがに毛布を持っていった。長寿種に収集要素を渡すとこうなる。なにせ連中には、コンプリートに使える時間が三百年ある。
「ユウタ殿。満月は、次はいつでしょう」
「六日後ですけど……狩人長、先週も同じ場所で張ってましたよね。休んでください」
「休む? ふ。私はこの百年、退屈という名の眠りの中にいた。今が目覚めている時間なのだ」
名言っぽく言ってるが、要するに徹夜でレア掘りしてるだけである。地球のゲーマーと寸分違わぬ姿に、俺はちょっと泣きそうになった。
【光の民エルフ 活気:6%→31%】
【影の民ダークエルフ 活気:7%→33%】
数百年動かなかった数字が、たった一月で五倍。恐ろしいのはここからも伸び続けてることだ。
◇
ただし――この図鑑には、俺の仕込みがある。
精霊は、昼の光マナ種と、夜の闇マナ種に分かれる。西岸の明るい森に湧くのはほぼ光マナ種で、東岸の深い森に湧くのはほぼ闇マナ種。生息が、川で綺麗に割れてるんだ。
だから眼鏡も二種類作った。光マナの波長に合わせたライト版と、闇マナの波長に合わせたダーク版。西岸にはライト版を、東岸にはダーク版を配った。レンズの特性上、って説明でな。
嘘は言ってない。ただ――図鑑は、両岸とも全百五十一種、共通だ。
つまり、どうなるか。
「ユウタ! この『影オオカミ』ってページ、西の森のどこ探してもいないんだけど!?」
来た。フィリアが図鑑を突きつけてくる。俺は素知らぬ顔で答えた。
「ああ、そいつは闇マナ種だからな。夜の深い森にしか湧かない」
「夜の深い森って……それ、川向こうじゃない!」
「そうなるな」
「じゃあ図鑑、ぜんぶ集まらないじゃない! 西の森だけだと……えっと……七十七種類しか……」
「そうなるなあ」
フィリアは図鑑と俺を三往復見比べて、この世の終わりみたいな顔をした。同じ頃、東岸ではノワが族長ゾルグに「川向こうに行きたい」と直訴して大目玉を食らってたらしい。
狙い通りだ。半分しか集まらない図鑑ほど、人を落ち着かなくさせるものはない。
そして、ダメ押しがもうひとつ。数日後、フィリアのミモザがレベル10に達したとき、図鑑のミモザのページに、薄く次の姿が浮かび上がった。
「ミモザ、進化するの!? え、でも条件のとこ、読めない字が……ユウタ、これ何て書いてあるの?」
「どれ。……ああ、これな」
俺は読み上げた。仕込んだ本人なので、暗記してるんだが。
「『この精霊は、共鳴石ごと他者と交換された時にのみ、進化する』」
「こう、かん……?」
「精霊は環境の変化で化けるんだ。一番大きな環境の変化は、宿主が変わること。……つまり、信頼できる誰かと石を交換して、また交換して返してもらう。それで初めて進化する種がいる」
フィリアは、しばらく黙った。それから、西岸で誰よりも早く精霊使いになった少女は、恐る恐る、川の向こうを指差した。
「……交換って、相手が、いるんだよね。同じくらい、精霊を大事にしてる相手が」
「そうだな」
「……あっち側に、いる?」
「さあ。自分の目で確かめたら?」




