第20話 精霊眼鏡
見えないけど、いる。実体のない魔力体。
正体を突き止めるため、俺は三日かけて森中の「それ」を解析して回った。分かったことはこうだ。
一つ。奴らは魔力の濃い場所に湧く、小さな魔力生命体だ。水辺、古木のうろ、岩場の陰。魔力溜まりの数だけ、種類も違う。
二つ。エルフたちは「なんとなく気配を感じる」ことはあるらしい。曰く、精霊のいたずら。曰く、森のざわめき。名前だけは、大昔からあった――精霊。
三つ。こいつらはこの百年で増えすぎた。原因は不明だが、森の外から流れ込んできてる形跡がある。過密になった精霊の魔力が乱流を起こし、それに中てられた獣が狂う。ゴブリンの群れが森を追われたのと、多分同じ現象の別の顔だ。
つまり解決策はこうなる。誰にも見えない精霊を、見えるようにして、数を管理すること。
「……と、いうわけで。作りました」
工房代わりの小屋で、俺はそれを掲げた。銀縁の、大きな丸眼鏡。レンズには、ガランドで仕入れた水晶板に、バグナ直伝の付与ルーンをびっしり彫り込んである。魔力の波長を光に変換する、いわば魔力の翻訳機だ。
名付けて、精霊眼鏡。
……と、さらっと言ったが、ここまで試作は九回失敗している。一号は何も映らず、二号は映りすぎて視界が真っ白になり、三号はレンズが魔力に耐えられず割れた。波長の絞り込みに丸四日。ルーンの彫り直しのたびに、ガランドのバグナへ質問の手紙を飛ばした。返事は毎回一行で、的確で、最後に必ず「精進せい」と書いてあった。師匠は遠くても師匠だった。
「ガルドさん、記念すべき試着一号、どうぞ」
「なぜ俺が」
「万一目が回っても倒れない人からって決めてるんです。安全第一なんで」
ぶつくさ言いながら眼鏡をかけたガルドは――固まった。
「…………おい。なんだ、こりゃ」
「見えました?」
「見えたなんてもんじゃない。そこら中にいるぞ」
俺もかけた。そして、言葉を失った。
森が、光っていた。
川面を跳ねる水色の小魚みたいな群れ。古木の枝で丸くなる、苔色の毛玉。花畑の上をふよふよ漂う、光の粉をまとった蝶。岩陰から、こっちを警戒して覗く角の生えた黒いウサギ。
どこもかしこも、精霊だらけだった。誰も見たことのない住人たちが、この森には、ずっといたのだ。
「……こんなに賑やかな森だったのか、ここは」
ガルドの声が、少しかすれていた。
◇
次の段階は、接触だ。
解析すると、精霊には共通のパラメータがあった。懐き度。警戒0から始まり、餌(魔力を含んだ木の実が好物らしい)と、害意のない接触で少しずつ上がる。
俺は岩場の陰の、雷模様の尻尾を持つリス型の精霊に狙いを定めた。理由は単純で、こいつが一番、俺を見てたからだ。警戒しながらも、岩陰から尻尾だけ出して、こっちの様子を毎日窺ってる。好奇心があるやつは、懐く。ユーザー分析の基本だ。
三日通って、木の実を置いて、離れて待つ。懐き度12、25、41……途中、俺がくしゃみをしただけで懐き度が9下がった日は、さすがに心が折れかけた。臆病にも程がある。それでも通って、七日目。
リスは俺の手のひらに乗って、木の実をかじった。
【雷リス】懐き度:70 状態:信頼
ここで、バグナと共同開発したもう一つの道具の出番だ。親指ほどの小さな魔石――共鳴石。懐いた精霊に差し出すと、精霊が自分から石に「宿る」ことができる。魔力の家みたいなものだ。
雷リスは石の匂いを嗅ぎ、ひと声鳴いて、光の粒になって石へ吸い込まれた。石を握ると、中からとくとくと、小さな鼓動みたいな魔力が伝わってくる。
「……よろしくな、相棒。名前は、ラムだ」
筋力E、戦闘力皆無の俺に、生まれて初めての「自前の戦力」ができた瞬間だった。まあ解析したら【臆病:A】って出てたから、戦力になるかは怪しいけど。
◇
さて。道具はできた。相棒もできた。あとはこれを、森の連中に広めるだけ――と思っていたんだが。
「精霊が見える眼鏡? 左様ですか」
「はぁ。まあ、見えたところで」
エルフもダークエルフも、驚くほど無関心だった。眼鏡をかけて、精霊を見て、「ほう」で終わり。数百年分の退屈は、驚きの回路まで錆びつかせるらしい。活気6%の民は、新しいものに手を伸ばす力も残ってないのだ。
肩を落として川辺に戻った俺を、待ち伏せしていた影が二つ。
「ねえ、それ! あたしにも見せて!」
「おい、こっちが先に見つけたんだけど!?」
あの喧嘩っ早い二人組――エルフのフィリアと、ダークエルフのノワが、封鎖された石橋の両端から、身を乗り出すようにして眼鏡を指差していた。
好奇心88と91。……ああ、そうだった。俺の最初のユーザーは、いつだって大人じゃない。
「よし、二人とも。順番にな」
眼鏡を覗いた二人が、まったく同時に、まったく同じ声を上げた。
「「なにこれすごい!!」」
川を挟んで、憎み合う二つの民の子供が、同じ景色を見て同じ声で叫んでる。
――設計図が、頭の中で一気に組み上がった。




