第18話 国王、参戦す
第一回ガランド・カップは、初日から大荒れだった。
いい意味でだ。溶岩鉱区では火柱のリズムを読み違えた先頭が減速した隙に三台がまとめて抜き、水晶洞では滑る床を逆手に取った横滑り走法をピコが披露して観客を絶叫させ、大滝裏では順位が霧の中で三回入れ替わった。
順位連動アイテムも仕事をした。最下位から加速符三連で首位に躍り出る若者がいれば、独走していたドランが先頭だけを狙う誘導雷に撃たれて悲鳴を上げる。
「あの雷、作った奴を殴りたい!」
「設計は俺で製作はバグナさんです。あとで二人まとめてどうぞ。――でも王子、あれがあるから最終コースまで全員に優勝の目が残ってるんですよ」
「分かってる! 分かってるが腹が立つ!!」
観客席は連日、超満員だった。売り子が歩き、屋台が出て、閉じていた食堂まで店を開けた。レースってのは走る百人の遊びじゃない。観る一万人の遊びだ。
そして観客が知らないところで、ガリンの点検班が仕事をしていた。二日目の朝、ゼム台帳の検査でギムの車軸に髪の毛ほどの亀裂が見つかり、出走直前に丸ごと交換された。ギムは悔しがるどころか、青い顔で点検班に頭を下げた。
「昨日の俺なら『走れる走れる』って誤魔化してた。……ありがとな」
事故は起きなかったんじゃない。起きる前に、潰された。観客の歓声には決して混ざらないが、この大会で一番の名場面はあれだったと、俺は思ってる。
【岩窟都市ガランド 活気:38%→55%】
そして最終日。名物・縦坑スパイラルの決勝を前に、事件が起きた。
「――待てい!!」
貴賓席から、岩山が降ってきた。もとい、国王グロムが階段を踏み鳴らして降りてきた。その肩には、年代物の革の手袋。
「へ、陛下!?」
「決勝の前に、一枠追加じゃ。儂が走る」
場内騒然。ドランが頭を抱えた。
「親父、正気か! 歳を考えろ!」
「黙れ小僧。……ユウタとやら。お前の掟では、王族も点検を受ければ走れるのだったな?」
「は、はい。ゼム台帳に記帳と、健康状態の確認をすれば」
解析した。心肺、筋力、反射――全部、現役の数値だった。それどころか。
【グロム】操縦適性:S 経歴照会:???
適性S。ピコと同じ。この王様、何者だ。
バグナが、懐かしそうに目を細めた。
「……五十年前、この国に『伝説の荷駆け』と呼ばれた若造がおってな。どんな悪路でも、どんな重量でも、誰より速く鉱石を届けた。王位を継ぐときに手袋を置いたが――まさか、また嵌める日が来るとはな」
◇
決勝、縦坑スパイラル。十二台プラス一台。
号砲と同時に、伝説は本物だと証明された。老王のカートは、らせんの下りを一切ブレーキを踏まずに落ちていく。五十年前の重心感覚が、体からまるで抜けてない。
だが、食らいつく赤い影があった。ピコだ。
坂の届け屋として磨いた技術と、伝説の荷駆けの技術。五十年を挟んで、同じ道で育った二つの才能が、らせんの中で火花を散らす。インを取り合い、ドリフトターボの応酬。二周目には順位が五回入れ替わり、実況役のギムは声が枯れて交代した。
最終周。老王が魔力玉から引き当てた加速符で半馬身抜け出す。だがピコは慌てない。俺は知っている。彼女は届け屋だ。荷物を届けるまでが仕事の人間は、最後の角までペースを乱さない。
最後の直線――
先にラインを越えたのは、半車身差で、ピコだった。
縦坑が、割れた。歓声で、本当に岩がひとつ剥がれた(脱出溝に落ちたので無事だ。設計勝ちだ)。
老王はヘルメットを脱ぎ、汗だくの顔で笑った。五十年ぶりに玉座から降りた男の顔は、ただの走り好きの爺さんだった。
「……見事! この国の未来は、儂より速いわ!」
そして王は、表彰台のピコに王冠――ではなく、自分の古い革手袋を被せた。
「初代王者に、伝説の荷駆けの手袋を授ける。ドワーフの女は坑道に入るなと言った時代は、今日で閉山じゃ!」
【岩窟都市ガランド 活気:55%→61%】
◇
祝勝の宴の夜。俺は久しぶりに、樽の上の気配に気づいた。
「観てましたよ〜! いやあ、レース! レースいいですね! 私、途中から完全にピコちゃん推しでした!」
「マーキュリー。……で、観てたのは、あなただけですか?」
「ふっふっふ。聞いて驚いてください。現在の観戦者数――7柱です! しかも速さの神様と鍛冶の神様が『次はいつだ』って私に聞いてくるんですよ。神様に運営の催促されるの、初めてです」
3柱から7柱。倍以上だ。神界にもレースは刺さるらしい。
「それと、ユウタさん。お客さんですよ」
マーキュリーが指差した先――宴の入口に、場違いなほど静かな一団が立っていた。深緑の外套。長い耳。抜けるように白い肌。
エルフだ。先頭の使者が、まっすぐ俺の前に来て、深々と頭を下げた。
「ゲーム職人ユウタ殿とお見受けします。カップの噂を聞き、この目で確かめに参りました。……単刀直入に申し上げます。我らの森に、お力を貸していただきたい」
使者は顔を上げた。その美しい顔には、表情というものが、ほとんど無かった。
「森が、死にかけています」




