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第16話 ガランド・カップ

 翌日、俺は再び玉座の間に立っていた。


 前回と違うのは、隣にドランとバグナ、後ろにピコと若者たちが並んでいることだ。そして玉座の王様が、なぜか俺と目を合わせようとしないことだ。


「陛下。昨夜、第七坑道にお越しに――」


「知らん。儂は行っとらん」


「観客席の中央後方で、三周目の最終カーブのとき立ち上がって拳を握って――」


「行っとらんと言っとる!」


 完全に行ってた。ドランが横で肩を震わせている。


 俺は咳払いして、用意した資料の板を並べた。クラッシュテスト三十七回の記録。結界柵と風膜と脱出溝の仕組み。二重点検の掟。そして模擬レースの負傷者数――ゼロ。


「陛下が禁止令を出した理由は『死人が出たから』でした。ならば禁止令を解く条件は『死なないと証明されること』のはずです。データはここに揃っています。どうか――走る場所を、若い連中に返してやってください」


 長い、長い沈黙のあと、王は唸った。


「……条件がある」


「何なりと」


「一つ。点検の掟を破った者は、王族だろうと出場停止。二つ。儂の禁止令は解くのではなく書き換える。『点検なき走行を禁ず』と。三つ――」


 王はそこで一度言葉を切り、玉座の肘掛けを指で叩いた。


「……その、なんだ。大会とやらをやるなら、儂にも、その、開会の宣言くらいはさせろ」


 やっぱり完全にハマってた。


 玉座の間を出たところで、ドランが自分の黒いトロッコ改を工房に運び込んできた。「直すんですか?」と聞いたら、王子は首を振った。


「引退させる。……こいつは俺の若さの証で、誰かの兄貴を殺した時代の証でもある。大会の入口に飾れ。ここから始まって、ここには戻らないって意味でな」


 黒いトロッコ改は、磨き上げられて大会入口の台座に据えられた。銘板の文句はガリンの案だ。――『速さに酔うな。音を聴け』。


 ◇


 かくして、王国公認レース「ガランド・カップ」の開催が決まった。


 形式は俺の世界のあれを丸ごと持ち込んだ。四つのコースを連戦して合計点で競うカップ制だ。一発勝負より番狂わせと逆転が生まれ、四つの物語が積み重なる。


 コース造成は、国を挙げての祭りになった。何しろこの国には、閉山で眠ってる坑道と、仕事に飢えた職人が山ほどいる。


 一つ、溶岩鉱区。床の裂け目から周期的に火柱が噴く。解析で噴出周期を測り、必ず避けられる間隔に走路を配置した。危なく見えて、リズムを読めば安全に抜けられる。


 二つ、水晶洞。床一面の水晶が磨かれて滑る滑る。グリップが利かない中でどう曲がるかの技術コース。


 三つ、大滝裏。地底滝の裏を抜ける視界不良区間。ここだけは減速を強制する魔石灯の誘導線を引いた。


 四つ、縦坑スパイラル。閉山した縦坑にらせん状の走路を掘った名物コース。掘削はドワーフのトンネル工学の独壇場で、勾配計算はうちの解析が出した。


 放棄された坑道が、次々にコースとして生き返っていく。閉じていた工房も再開した。カートの注文が入り始めたからだ。車体の鍛冶、魔石の加工、結界柵のルーン彫り。「使い道がない」と言われた技術に、全部使い道ができた。


 ルーン彫りの現場では、隠居していた白髭の彫師が、都会から呼び戻された孫に手ほどきをしていた。


「いいか、結界柵のルーンは命を預かる線だ。一本たりとも流すな」


「爺ちゃん、その台詞、昨日から九回目」


「命の話は、九十回でも言うわい」


 都会に出た若者が、帰ってき始めてる。仕事があるから。それも、誇れる仕事が。


 ソルの村からも手紙が届いた。リナの字だ。〇×大会に隣村から四十人来たこと、テオが「出張指南役」で呼ばれて生意気になってること、村の景気が良いこと。追伸にガルド宛てで「団長がいなくても村は無事です。安心してユウタさんを守ってください」とあって、ガルドは無言で手紙を折り畳み、大事そうに懐へしまった。


 【岩窟都市ガランド 活気:17%→38%】


 倍以上。しかもまだ本選前だ。


 個人的に一番効いたと思うのは、バグナがおまけで作った記録魔道具だった。走りを魔力の残像として記録し、コース上に幻影で再生する。つまり――過去の自分と競争できる。


「昨日の儂に、今日の儂が負けとる……! もう一周だ!」


 これがドワーフの職人気質に刺さりに刺さった。0.1秒を削る楽しみは、鍛冶で0.1ミリを削ってきた連中の魂と同じ形をしてたらしい。タイムアタックの行列は夜中まで途切れなかった。俺たちはこの幻影を「ゴースト」と呼んだ。


 ◇


 本選前夜。


 最終点検のため、俺はバグナと縦坑スパイラルを歩いていた。二重点検の掟通り、俺が数字を見て、バグナが叩いて音を聴く。


 その途中で、バグナのハンマーが止まった。


「……おい。この音、おかしい」


 第三カーブの結界柵。叩いた音が、濁ってる。俺は急いで解析を通した。


 【結界柵#C-3】ルーン刻印:削り取られた痕跡

 反発機能:喪失 外見:正常


「削られてる……外から見ても分からないように、ルーンの線を一本だけ」


 背筋が冷えた。ここは最高速で突っ込むカーブだ。柵が機能しなければ、明日、誰かが岩壁に直撃する。


「事故……じゃない。こりゃ、人の手だ」


 バグナの声が低く沈んだ。誰かが、明日のレースで人を殺そうとしてる。

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