第15話 「もう一回だ」再び
模擬レース当日。第七坑道には、噂を聞きつけたドワーフが百人以上詰めかけていた。禁止令下なのに、みんな来る。そういうものだ。
ルールは三周勝負。コース上には俺とバグナが仕込んだ魔力玉が浮かんでいる。触れるとランダムでアイテム魔道具が出る仕掛けだ。
「王子相手に小道具か。姑息だな」
ドランが黒い改造トロッコに跨って笑う。俺は首を振った。
「順位が下の走者ほど、強いアイテムが出ます。逆転の道具ですよ。あなたが先頭を走る限り、大したものは出ない」
「ほう? つまり俺には不利なルールってわけだ」
「先頭は風を切る名誉を独占してるんだ。それくらいの税は払ってもらわないと。……それに、これが入ると最後まで誰が勝つか分からなくなる。観てる連中のためです」
「言うじゃないか」
号砲代わりの爆ぜ石が、ドンと鳴った。
スタートは、王子の圧勝だった。荒削りだが獣みたいな加速で、一気にピコを三馬身引き離す。観客がどよめいた。
「ピコの嬢ちゃん、離されとるぞ……!」
「いいんです。作戦通り」
ピコは慌てなかった。教えた通り、無理に張り合わず、俺が「ここは攻めていい」と印を付けたカーブだけでドリフトターボを刻み、じわじわと差を詰める。一周目終了、二馬身差。
二周目。魔力玉に触れたドランの手元に滑り油壺が出た。王子は迷わず、直線の真ん中に投げ落とす。観客が悲鳴を上げた――が、ピコは滑らなかった。油の照り返しを一瞬で見切り、車輪ひとつ分だけラインをずらして抜けたのだ。
「なッ……見えたのか、今の!?」
「見えますよ。三年間、雨の日も坂道で荷物運んでた子なんで。濡れた石畳より素直ですよ、油は」
解説席(樽の上)の俺の言葉に、観客がどっと沸く。直後、ピコの魔力玉から加速符。差は一馬身になった。
背後の気配に、ドランの走りが変わった。
「……っ、しつこいガキだ!」
振り切ろうと深く攻めたカーブで、黒いトロッコ改の車体が軋む。あれは走るために設計されてない機械だ。無理は、必ず数字に出る。
【ドラン車両】右前輪疲労度:81%→88%
そして三周目。最終カーブ。
インを閉めたドランに対し、ピコはあえて大外へ。誰もが「終わった」と思った瞬間――彼女は車体を限界まで傾けた。三年間、荷物を落とさないために磨いた重心移動。車輪が火花の尾を引き、火花が溜まりきり、
ドンッ!!
解放のタイミングは、教えた基準よりほんの少しだけ遅れていた。緊張で、指がわずかに震えたんだろう。それでも――ドリフトターボは、ちゃんと応えた。判定に仕込んでおいた数拍の猶予が、震える指先を拾いきってくれた。
解放されたドリフトターボが、大外から王子をまくった。
ゴールライン。先に駆け抜けたのは、赤いマナカートだった。
直後――無理を重ねた黒いトロッコ改の右前輪が、ついに砕けた。車体が跳ね、横転し、観客の悲鳴の中でドランの体が投げ出され――ボンッ、と風の膜が王子を包んだ。前夜に付けておいた風膜だ。王子は砂の脱出溝の上をワンバウンドして、無傷で止まった。
俺は膝の力が抜けた。設計した通りに動いた。設計した通りに、人が死ななかった。この仕事をしてきて、一番うれしい瞬間かもしれない。
一拍の静寂のあと、坑道が割れるような大歓声に包まれた。若者たちがピコを担ぎ上げる。ドワーフの女は坑道に入るなと言われて育った届け屋の少女が、今、坑道の真ん中で胴上げされてる。
ドランは黒いトロッコ改の上で、呆然と天井を見ていた。それから、のろのろと俺のほうへ歩いてくる。怒鳴られるか、と身構えたら。
「……おい、人族」
「はい」
「もう一回だ」
「……はい?」
「もう一回だと言っている! 今のは車の差だ! あの赤いやつ、俺にも一台作れ! 同じ機体なら俺は負けん! いいから作れ! 今すぐだ!」
目が完全に少年だった。俺は笑いを噛み殺すのに苦労した。ガルドの時と一言一句同じだ。国も種族も関係ない。ゲームに負けた人間の言うことは、世界共通らしい。
「作りますよ。ただし王子、ひとつ条件が」
「なんだ」
「王様への口利き、約束通りお願いします。それと――あなたの走りのデータ、チーム全員の教材にさせてください。正直、めちゃくちゃ上手いんで」
ドランは一瞬きょとんとして、それから今日初めて、まともに笑った。
「……ふん。見る目だけはあるな、お前」
解散間際、観客の最前列にいた小さなドワーフの女の子が、ピコの袖を引っ張った。
「……あたしも、走れる?」
ピコはしゃがんで、目線を合わせて、自分が今日もらったばかりの答えをそのまま渡した。
「数字は性別を見ないんだって。……一緒に走ろ」
◇
その夜、俺は模擬レースの解析結果をまとめていた。
【模擬レース観客:117名】
観戦中の平均活気:74%(開始前19%)
「もう一度観たい」感情反応:94%
94パーセント。とんでもないリテンションだ。走る側だけじゃない。観る側の活気が爆発してる。レースは、参加者百人の遊びじゃなくて、観客込みで千人の遊びになれる。
「バグナさん。これ、王様に見せる資料に入れましょう。それと……大会、やりませんか。ちゃんとした、国のお墨付きの」
「気が早えな。まず王様の説得だろうが」
「それが、多分もう終わってるんですよ」
「あ?」
俺は坑道の出口の暗がりを指差した。そこには、観客に混じってレースを最後まで観ていた、岩みたいな体躯の老ドワーフの背中があった。お忍びのつもりらしいが、あの体格は隠せてない。
国王グロム、その人だった。




