第14話 王子と、届け屋の少女
「第一王子の、ドラン様……」
違法レースの初代帝王にして、王位継承者。面倒な二つ名を両方持った男は、マナカートの周りをゆっくり一周して、鼻で笑った。
「柵に、砂の溝に、風の枕か。ずいぶん過保護な坑道にしたもんだな。俺たちの頃は、命を張るから面白かったんだ。死なない遊びに堕ちた坑道なんぞ、俺は認めない」
「……お言葉ですが」
俺は一歩前に出た。
「命を張った結果、死人が出て、禁止令が出て、この国の若者は走る場所そのものを失いました。命懸けの面白さは、一度事故れば全部終わる借金の面白さです。俺が作ってるのは、百年続けられる面白さです」
「口は回るな、人族」
ドランは手袋をはめた。
「なら証明しろ。三日後、この坑道で模擬レースだ。俺が出る。お前の『死なない玩具』のチームが俺に勝てたら、親父への口利きでも何でもしてやる。俺が勝ったら――この坑道は俺がもらう。昔のやり方でな」
言うだけ言って、王子は帰っていった。バグナが頭を抱える。
「まずいぞ。あの人の腕は本物だ。禁止令前、あの人に勝った奴は一人もおらん」
「でしょうね。歩き方で分かります。……でも、受けるしかない。王様に届く最短ルートだ」
問題は、乗り手だった。若者たちは腕はあるが、ドランと張り合えるほどじゃない。俺は考えて――こういう時のための「目」だろ、と思い直した。
翌朝から、俺は街に出た。解析の新しい使い方を試すためだ。
人間のステータスを視るとき、今までは筋力だの魔力だの、表の数字しか見てなかった。でもデータを深く潜ると、その下に適性の層がある。本人も気づいてない、才能の芽の数値が。
街を歩き、働く人を視て回る。鍛冶適性A、掘削適性S、料理適性B……なるほど、ドワーフは手仕事の適性がみんな高い。でも俺が探してるのは――
いた。
大空洞の坂道を、荷物を山積みにした手押し車が恐ろしい速度で駆け下りてくる。曲がり角、ぶつかる、と思った瞬間、車はすっと内側に傾き、荷物ひとつ落とさず曲がり切った。押していたのは、そばかす顔の小柄な少女だった。
【ピコ】14歳 届け屋見習い
筋力:D 敏捷:B
操縦適性:S 空間把握:S 恐怖耐性:A
操縦適性S。初めて見た。
「なあ、君! 今の曲がり方、誰に習った?」
「……? 誰にも? 荷物を落とすと親方に給金引かれるから、勝手にこうなっただけだけど」
ピコと名乗った少女は、坂の届け屋を三年やっているという。重心を傾けて曲がる技術を、荷物を守るためだけに独学で完成させていた。
「君、レースに興味ない?」
「れーす?」
「速く走ったら勝ち、っていう遊びだ。多分君、この国で一番向いてる」
「……あたし、女だよ? ドワーフの女は坑道に入るなって言われて育ったけど」
「俺のコースの掟に、そんな条項はない。数字は性別を見ない。君の適性は国一番だ、って言ってるだけだ」
ピコは、しばらく黙って俺を見た。それから、にっと笑った。度胸試しの連中と同じ、飢えた目だった。
「その話、乗った」
◇
ピコを初めて坑道に連れて行った日のことは、たぶん忘れない。
彼女が入ってきた瞬間、若者たちの空気がざわついた。「女が坑道に……」という呟きも聞こえた。ピコは知らん顔でヘルメットを被り、マナカートに収まり、最初のカーブを――誰よりも深い角度で曲がってみせた。
二周目が終わる頃、ざわつきは消えていた。三周目が終わる頃、ギムが叫んだ。
「……嬢ちゃん、今のライン、もう一回やってくれ! 俺、目に焼き付ける!」
腕は、口を黙らせる。ドワーフの国の良いところだ。
特訓は二日しかなかった。だが、驚くことにピコはマナカートを半日で乗りこなした。手押し車で染み付いた重心移動が、そのままドリフトターボの操作に化けたのだ。適性Sは伊達じゃない。
俺は俺の仕事をした。ドランの過去のレース記録を古株たちから聞き集め、走りを分析する。
【ドラン走法分析】
・序盤から飛ばして心を折る先行逃げ切り型
・カーブ進入は誰より深く、脱出は誰より速い
・弱点:後ろを見ない。追われる展開の経験がほぼ無い
「ピコ。序盤は絶対に張り合うな。離されても慌てるな。あの人はずっと勝ってきたから、競り合いながら終盤を走った経験がないんだ。最終カーブまで背中に張り付ければ、勝負になる」
「張り付くだけでいいの?」
「ああ。最後のカーブで、君の傾きが王子の経験を上回る。データはそう言ってる」
「……ユウタのその自信、どっから来るのさ」
「三十七回壊したゴーレム君と、二百六十八体のゴブリンと、俺の目からだ」
レース前夜。ピコが、珍しく神妙な顔で聞いてきた。
「ねえ。あたしが負けたら、この坑道、王子に取られるんだよね。みんなの居場所なのに」
「そうだな」
「……プレッシャーかけないでよ! そこは『気楽に走れ』とか言うとこでしょ!?」
「気楽に走れ。ただし、データ上は君が勝つ。俺はそういう嘘はつかない主義なんだ」
ピコは変な顔で笑って、「ユウタって、へんなの」と言った。よく言われる。
整備を終えたマナカートが二台、坑道のスタートラインに並んだ。一台はピコの赤。もう一台は、ドランが持ち込んだ自前の改造機――違法時代の亡霊みたいな、黒いトロッコ改だった。
ガルドが俺の隣で、ぼそりと言った。
「あの黒いの、走るために設計されてない機械なんだろう。……嫌な予感がするな」
「ええ。だから風膜だけは、王子の車にも今夜のうちに付けます。敵にも安全装備。それがうちの掟なんで」




