第13話 ドワーフの仕事に手抜きなし
それから二週間、バグナの工房は不夜城になった。
マナカート一号機の組み立てと並行して、俺たちは廃坑道の第七坑道を「コース」に作り変えていった。手伝いは、あの夜の違法レース組の若者たち。禁止令のせいで表向きは「坑道の補修作業」ということになっている。嘘は言ってない。補修はしてる。ついでに走れるようになるだけだ。
最初に俺が宣言したのは、たった一つだった。
「このコースの目標は『速く走れる』じゃない。『どれだけ派手に失敗しても、死なない』だ。安全を設計し終わるまで、人は乗せない」
安全装備その一、結界柵。
カーブの外側に立てるガードレールだ。バグナが刻印魔法のルーンを彫った石柱に、爆ぜ石の反発力を仕込む。ぶつかった車体を硬く受け止めるんじゃなく、斜めに滑らせて速度を殺す。
「角度が命だ」とバグナは言った。「正面から受けりゃ乗り手の首が折れる。十五度で受け流し、壁沿いに滑らせる。トンネル掘りと同じよ。岩の力は、受けずに逃がす」
安全装備その二、風膜。
衝突の瞬間、乗り手を包む風のクッションを展開する魔道具だ。仕掛けは圧力感知の魔石。一定以上の衝撃を感知した刹那、座席の縁から風の膜が膨らむ。バグナの魔石細工の真骨頂で、感知から展開まで瞬き半分。
「発動が早すぎれば走るたび膨らむ、遅すぎれば意味がねえ。……この閾値の調整に、儂は三日寝とらん」
「三拍の遅延に五年かけた人の三日は重いですね」
「茶化すな。手を動かせ」
安全装備その三、脱出溝。
急カーブの先に、砂を厚く盛った待避溝を掘る。曲がりきれなかったカートはレールアウトして砂に突っ込み、そこで止まる。これはドワーフの落盤対策の転用だ。崩れる岩を受け止める緩衝帯の技術が、そのまま暴走カートを受け止める。
そして、テストだ。
「ゴーレム君、行きまーす」
乗せるのは人間じゃない。土魔法で固めた等身大のゴーレム人形。こいつをカートに縛り付け、わざと結界柵に突っ込ませ、わざと脱出溝に飛び込ませ、わざと横転させる。
一回壊すたび、俺は解析でデータを取った。
【クラッシュテスト#14】衝突速度:時速52km相当
ゴーレム損傷:頸部に致命判定 → 風膜の展開0.1拍遅れ
「バグナさん、十四回目、首に致命判定。感知石の閾値もう一段下げられます?」
「下げると誤作動が三回に一回出る。……いや、待て。感知石を前後二つにして、両方が反応した時だけ展開させりゃ……」
失敗、改良、失敗、改良。ゴーレム君は三十七回壊れた。三十七回、人が死なずに済んだということだ。テストプレイってのはそういうものだ。失敗していい場所で、失敗を出し尽くす。本番の死人は、練習の残骸の数だけ減る。
ブレーキも一から作り直した。トロッコの「飾り」とは別物の、水晶バネで挟み込む本物のブレーキだ。バネの焼き入れはバグナの弟弟子の鍛冶場が請け負った。閉業の板を外して、だ。
「二十年ぶりの大口注文だ」と、弟弟子は板を薪にしながら笑った。「兄弟子の道楽に付き合うのも悪くねえ」
「道楽じゃねえ、仕事だ」とバグナが返す。仕事。その言葉を口にするときの二人の顔が、少しだけ若返って見えた。
総仕上げは、点検体制だった。
俺の解析は、コースの岩盤強度も、車軸の疲労も数値で視える。だが俺は一人しかいないし、いつかこの国を発つ。だから俺の数字と一緒に、ドワーフの伝統技をルール化した。
音響検査――ハンマーで岩や車軸を叩き、音で中身を診る職人技だ。バグナが叩くと、俺の解析が「疲労度72%」と出す箇所で、必ず音が濁る。
「数字と、耳。両方がOKを出さなきゃ走らせない。これをこのコースの掟にしましょう」
「二重の点検か。手間だな」
「手間こそ安全の値段ですよ。……それとバグナさん、叩き方は若い連中にも教えてやってください。耳は、増やせるだけ安全になるので」
「……教えることが、まだあったか」
バグナはハンマーを撫でて、それだけ言った。翌日から、工房の朝は若者たちの「カン、カン」という練習の音で始まるようになった。音の澄み濁りを聞き分けられた奴から、点検班の腕章をもらえる。腕章第一号のギムは、その夜、腕章を着けたまま寝たらしい。
「……ふん。『ドワーフの仕事に手抜きなし』。掟としちゃ、うちの国の性に合っとるわ」
◇
そして、マナカート一号機が完成した。
低い車高。魔石機関の低い唸り。車体を傾けてカーブを曲がると、車輪が火花を散らし――溜まった火花を解放した瞬間、ドンッと背中を蹴られるような加速が来る。バグナが「余った魔力の使い道」として付けた機能だが、これが素晴らしい。上手く傾けた奴だけが速い。操作の上手さが速さになる。ドリフトターボと名付けた。
実はこの発動判定、火花が「溜まりきった瞬間」だけじゃなく、そこから数拍のあいだも生かしてある。厳密に一瞬しか成立しない仕様にすると、操作は正確でも気持ちよくない。指がほんの少し遅れても「狙い通りに決まった」と感じられる、その数拍の猶予こそが操作感を作る。
地球にいた頃、大好きだった横スクロールアクションにも似た仕組みがあった。足場から落ちた直後の、ほんの数コマだけジャンプ入力を受け付ける猶予。プレイヤーは気づかないまま、その猶予に何度も救われている。厳密さより、遊んでる側の「できた」って感覚を優先する。それが操作感の作り方だ。
バグナには「判定を甘くする」としか説明しなかったが、意図はきっちり伝えた。「早すぎず、遅すぎず、気持ちよく決まる」その帯域を探すのに、俺たちはさらに二日を溶かした。
夜、テスト走行を眺めていると、若者たちの歓声が坑道に響いた。あの涙目だった少年が、今は目を輝かせて整備を覚えている。
【違法レース組(37名) 平均活気:61%】
国全体は17%のままだ。でもこの坑道の中だけは、もう別の国みたいな数字になってる。
――そのときだった。
パン、パン、と場違いな拍手が坑道に響いた。
振り返ると、通路の暗がりに、豪奢な外套のドワーフが立っていた。若い。だが目つきが只者じゃない。腰に提げた手袋は、使い込まれた革のレース用だ。
「へえ。悪くない玩具じゃないか」
バグナが小さく舌打ちして、俺に耳打ちした。
「……第一王子のドラン様だ。禁止令が出る前――違法レースの、初代帝王だよ」




