第12話 走るための機械
轟音の出どころは、廃坑道だった。
バグナを起こして案内させると、閉山したはずの第七坑道の奥から、ガラガラという走行音と――若い歓声が聞こえてきた。
坑道の陰から覗き込んで、俺は目を疑った。
鉱石運びの荷トロッコに若いドワーフが三人しがみつき、猛スピードで下り坂のレールを疾走している。カーブで車体が浮き、火花が散り、見物の若者たちが松明を振って絶叫していた。
「……あの馬鹿どもッ!」
バグナが飛び出して雷を落とした。トロッコは急停止し、若者たちが気まずそうに降りてくる。聞けば、彼らは夜な夜なここに集まり、荷トロッコの「度胸試し」で坂を攻めているらしい。
「先月、ドズが腕を折った。その前はギムが三針縫った。二年前には――死人も出とる。だから王様が禁止令を出したんだ。それでもお前ら……!」
「じゃあ他に何があるんだよ!」
若者の一人が言い返した。まだ十代だろう。目に涙が溜まっていた。
「鉱山は閉まる、仕事はない、街には年寄りの説教だけだ! トロッコで風を切ってる間だけなんだよ、生きてるって感じがするのは!」
バグナが言葉に詰まる。俺は、その若者の目に見覚えがあった。ソルの村の、遊びを知らなかった子供たちと同じ目だ。ただし、こっちはこじれてる。活気が枯れた場所で、それでも活気を求めた結果が、命懸けの度胸試しってわけだ。
解析するまでもなかったが、一応視た。
【違法レース参加者(延べ)】推定140名
動機分布:退屈83% 仲間との連帯62% 自己証明41%
負傷者:今年12名
需要は、ある。むしろ有り余ってる。供給がないだけだ。
「兄ちゃんも乗ってみるかい? 人族が乗ったことあるか知らねえけど」
言い出したのは、さっきの涙目の少年――三針縫ったという当の本人で、ギムという名らしい――だった。バグナが止める前に、俺は頷いていた。データで語るなら、まず一次体験だ。
……結論から言うと、死ぬかと思った。
下り始めた瞬間に内臓が浮き、カーブで景色が横倒しになり、ブレーキレバーを引いたら「それ飾りだよ!」と後ろで笑われた。飾りなのか。三分後、俺は終点の砂山に頭から突っ込んで止まった。
「あはははは! 兄ちゃん、悲鳴が乙女だった!」
「……笑え笑え。でも、分かった」
俺は砂を吐きながら立ち上がった。怖かった。心臓はまだ跳ねてる。そして認めるしかない――面白かった。この速度、この風、この坂。素材は一級品だ。足りないのは安全と設計だけだ。
「……なあ、バグナさん。乗ってみて確信しました。勾配もカーブも一級品だ。禁止するんじゃなくて、安全に競える形に設計し直すってのはどうです」
「あ?」
「レースですよ。ちゃんとしたルールと、ちゃんとした設備で。危ないから取り上げる、じゃ若い連中は余計に隠れて走る。現に走ってる。なら、死なない走り場をこっちが作ったほうがいい」
若者たちの目の色が変わった。バグナは髭を撚りながら唸る。
「言いたいことは分かる。だがな、トロッコってのは荷運びの道具だ。ブレーキは貧弱、車輪は削れる、レールの分岐で何度も脱線しとる。ありゃ走るために作られとらん」
「そこなんですよ」
俺は、昨夜から組み上がりかけていたものを、口に出した。
「トロッコの改造じゃ、危険は消えない。土台が荷車なんだから。だったら――走るための機械を、ゼロから設計しましょう。魔石で動く、一人乗りの車を」
「……魔石で動く、車だと?」
「動力は魔石。バグナさん、爆ぜ石の魔力放出を三拍で制御できるんだ。あれを連続放出に変えれば、推進力になりませんか」
バグナの片眼鏡の奥の目が、すっと細くなった。職人の目だ。
「……出力の波が問題だな。魔石は込めた魔力を一気に吐きたがる。均して吐かせる制御紋が要る。それと車軸。速度を出すなら水晶バネで受けんと一里で砕ける。かじ取りは前輪操舵で……待て、紙だ。紙を寄越せ」
工房に戻ったバグナは、夜が明けるまで図面を描き続けた。俺は隣で、俺の知ってる「カート」の絵を描いた。低い車高、剥き出しの車輪、体を包む座席。バグナの技術と、俺の記憶にある完成形。二つを突き合わせるたび、図面が進化していく。
「面白え……面白えぞ、こりゃ。儂の技術の使い道が、まさか『遊び』とはな」
「遊びを舐めちゃいけません。俺の世界じゃ、遊びのために作られた機械が、そのへんの軍用品より精密でしたよ」
名前も決めた。魔力で走るから――マナカート。
◇
だが翌日、計画は早くも壁に当たった。
王宮に呼び出されたのだ。誰が告げ口したのかは知らないが、玉座の間の脇には、喪服みたいに黒い礼服の重臣が控えていた。ドムルという名の、禁止令派の筆頭らしい。彼は入室した俺を、憎悪と紙一重の目で見た。ただの頑固さじゃない。あれは……何かを堪えてる目だ。気になったが、解析を向けるのはやめておいた。心の奥はどうせ視えないし、初対面の相手の感情を覗き見るのは、俺の趣味じゃない。
玉座に座っていたのは、岩そのものみたいな体躯の老王・グロム。ガランドの国王だった。
「よそ者の人族が、廃坑で妙なことを企んどると聞いた」
地鳴りみたいな声だった。
「トロッコ遊びは儂が禁じた。死人が出たからだ。それをお前は、機械まで拵えてもっと速く走らせるだと? 若いもんをまとめて殺す気か」
「陛下。逆です。禁じても連中は隠れて走ってます。現に今年だけで十二人怪我してる。だから――」
「ならん」
王は取り付く島もなかった。
「この国はもう、若いもんを一人も失えんのだ。……話は終わりだ。石を買ったらさっさと国へ帰れ」
玉座の間を出た俺に、ガルドが「どうする」と聞いた。俺は答えた。
「どうもしませんよ。まだテストプレイもしてない企画を通そうとした俺が悪い。順番を間違えました」
「……つまり?」
「作ってから、見せます。死なないってことを、データで」




