第11話 岩窟都市ガランド
ゴブリン騒動から半月後。俺は村を出て、山道を北西へ歩いていた。
目的はドワーフ王国ガランド。防衛戦で使い果たした爆ぜ石の買い付けと、あの石を作った職人への礼だ。四十七個の爆ぜ石がなければ、ソルの村は今ごろ地図から消えていた。
「しかし、あんたが付いてきてくれるとはな、ガルドさん」
「村の恩人を一人で山越えさせたとあっちゃ、自警団の名折れだ。……それに」
ガルドは前を向いたまま、ぼそりと続けた。
「おまえの隣は、面白いものが見られる」
素直じゃない言い方だが、これでもかなりの進歩だ。出発の朝、リナは弁当を三日分持たせてくれて、テオは「ぼくの必勝ノート、貸してあげる」と〇×研究帳を差し出してきた(丁重に断った。あれはお前の宝物だ)。
村は、いい状態で発てた。〇×の月例大会は村祭りに育ち、広場の盤は近隣の村から挑戦者が来るまでになった。俺がいなくても回る仕組みは作ってきた。運営の最終目標は、自分がいなくても回ることだからな。
「なあガルドさん。ドワーフって、どんな連中なんです?」
「頑固で、職人気質で、酒に強い。あとは……とにかく物を作るのが上手い。剣も鎧も、いいものは大抵ドワーフ製だ。ただし」
「ただし?」
「偏屈だ。奴らに認められるのは、腕を見せた者だけだ。口先は一番嫌われる」
つまり、プレゼン資料より実物ってことか。どこの世界も、いいものを作る連中の流儀は同じらしい。
山道を二日。切り立った岩壁に、それは突然現れた。
「……うわ」
山そのものを彫り抜いた大門。高さは十階建てのビルほどもあって、岩の表面には見たこともない細かい紋様がびっしりと刻まれている。門をくぐると、山の内側に街があった。
吹き抜けの大空洞。何層にも重なる石造りの街並み。壁に埋め込まれた魔石灯が、琥珀色の光で街全体を照らしている。天井からは水路が滝みたいに流れ落ち、水車を回していた。
岩窟都市ガランド。ドワーフの王国。
「すごいな……全部、手彫りなのか」
「ドワーフの仕事に手抜きなし、だとよ。連中の口癖だ」
だが、歩き始めてすぐ、俺は違和感に気づいた。
立派な街の割に――人が少ない。歩いているのは白髪混じりのドワーフばかりで、若い顔がほとんど見当たらない。市場の呼び込みの声にも張りがなく、通りに並ぶ工房の三軒に一軒は、扉に板が打ち付けられていた。板の上から几帳面に「閉業」の札が掛かっているのが、逆に痛々しい。閉め方まで丁寧なのだ、この国の職人は。
解析。
【岩窟都市ガランド】
人口:4,203(十年前比 -31%)
年齢中央値:87歳(ドワーフ平均寿命250歳)
主産業:鉱業・鍛冶(稼働率42%)
活気:17%
……ソルの村の初期値よりマシとはいえ、これは重症だ。人口が十年で三割減。若者が出ていってる。
「爆ぜ石の工房はこっちだ。前に一度、仕入れに来た」
ガルドに案内された工房は、大空洞の三層目にあった。扉を開けた瞬間、熱気と、鉄と硫黄の匂い。奥の炉の前に、樽みたいな体格の老ドワーフが座っていた。真っ白な髭を三つ編みにして、片眼鏡をかけている。
「……客か。爆ぜ石なら一個銀貨二枚だ。冷やかしなら帰んな」
「四十七個、いや、余裕を見て六十個ください。それと――あなたが作ったあの石のおかげで、村がひとつ助かりました。その礼を言いに来ました」
老ドワーフの手が、止まった。
「……何だと?」
俺はソルの村の防衛戦の話をした。爆ぜ石を格子状に埋めたこと。十字の爆風で四十三体のゴブリンを、一人も殺さず追い払ったこと。死者もゼロだったこと。
聞き終えた老ドワーフは、片眼鏡を外して、まじまじと俺を見た。
「……六十年この石を作っとるが、獣避けの音玉で戦をした奴も、それで礼を言いに来た奴も、あんたが初めてだ」
「使い方を思いついただけです。あの石、本当によくできてる。魔力を込めてから三拍の遅延、あれのおかげで仕掛けが組めた」
「ほう? 三拍の意味に気づいたか」
老ドワーフの目が、初めて光った。
「あれはな、投げた本人が退避する時間だ。二拍じゃ間に合わん、四拍じゃ獣が逃げる。三拍。あの調整に五年かけた」
「五年……! いや、わかります。遅延調整って全体の手触りが変わりますもんね。俺の世界でも、コンマ一秒の調整に何週間もかけて――」
気づいたら、俺たちは炉の前で二時間喋っていた。ガルドは途中から壁にもたれて寝ていた。
老ドワーフはバグナと名乗った。この工房の親方で、爆ぜ石のほか、魔石の細工なら王国一と言われた男らしい。「言われた」と過去形なのは、注文自体が減ったからだ。
「見ての通り、この国は沈みかけとる。鉱山は事故続きで閉山続き。若いもんは仕事を求めて平地の都会へ出ていく。残るのは儂みたいな年寄りと、空の坑道だけよ」
バグナは炉の火を見つめた。
「技はある。腕もある。だが、使い道がねえ。職人にとって、それが一番こたえる」
――使い道がない技術と、腕のいい職人。それに、空っぽの坑道。
俺の頭の中で、何かが組み上がろうとしていた。まだ形にならない。でも、材料が揃いすぎてる気がする。
その夜。バグナの工房に泊めてもらった俺は、深夜、妙な音で目を覚ました。
――ゴゴゴ……ガラガラガラッ……!
地の底から響く、轟音。地震かと思ったが、揺れ方が違う。何かが、坑道を走ってる。
「……なんだ、この音」
隣で寝ていたガルドが、剣を掴んで身を起こした。




