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宮廷の星読み姫 ―無自覚天文官は皇帝の恋心を知らない―  作者: 麻倉ロゼ
第二章 「流星群と星見祭」

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第四話 「星見祭と、二人の時間」

ご覧いただきありがとうございます。

今夜も星澪と承辰の物語をお届けします。

どうぞ最後までお楽しみください。

 中秋の名月も過ぎ、都には少しずつ秋の気配が訪れていた。

今日は、収穫を祝い、星へ感謝を捧げる――星見祭。

日が暮れるにつれ、都の大通りには露店ややぐらが立ち並び、

人々は笑顔で夜空を見上げている。


「陛下。よろしいですか」


靖遠せいえんが神妙な顔で口を開いた。


「本日は星見祭。まさに、絶好の逢引日和にございます」


「……あ、ああ」


承辰しょうしんは祭り用の衣へ着替えさせられながら、

ぎこちなく頷いた。

周囲には、市民へ変装した護衛の武官たちがずらりと控えている。


「陛下の逢引を成功させるのも臣下の務め!

この靖遠、宮廷の総力を挙げて見守らせていただきます!」


まるで出陣前の将軍のような気迫だった。


(……大事になったな)


承辰は小さくため息をつく。


(オレはただ。星澪と、祭りを歩きたいだけなんだが)



 数日前――。


「星見祭ですか?」


星澪は天文台の作業室で、観測記録を書き写していた。


「そうだ。今年は市政視察も兼ねて、祭りへ行こうと思っている」


「そうでございましたか」


星澪は筆を止めることなく頷く。


「民を思いやられるご配慮、さすがは陛下でございます」


再び、さらさらと筆が走る。

作業室には、その音だけが静かに響いた。


「……え?」


承辰は思わず瞬きをした。


「それだけか?」


「そうでした!」


星澪がぱっと顔を上げる。


「星見祭の日は、秋の星々の観測にも最適でございます!

街中からもよく見えますので、ぜひご覧くださいませ」


言いたいことは終わった、とばかりに再び筆を走らせる。


「お……おう」


承辰は完全に誘う機会を失った。

周囲の天文官たちは一斉に頭を抱える。


(違う!)


(陛下はお前と一緒に行きたいんだ!)


(誰か言え!)


互いに肘で小突き合う。

その微妙な空気を破ったのは、司明しめいだった。


「星澪。陛下は、まだまだ星を学ばれる途中だ。

お前がご一緒し、星を教えて差し上げなさい」


「おお……!」


天文官たちが一斉にざわめく。


「それがいい!」


「天文台の仕事は我々が引き受けよう!」


「存分に陛下と祭りを――いや、星を観測してきなさい!」


「ですが」

星澪は困ったように首を傾げる。


「その日は、観測記録を整理する大切な日でございますので……」


「星澪!」


承辰も覚悟を決めた。


「星見祭では、金魚の灯籠を星に見立てて、

広場いっぱいに星官図を描くらしい」


「……!?」


星澪の瞳がきらりと輝く。


「星を祀る櫓もあるそうだ」


「星を……!?」


頬がほんのり桃色に染まる。


「それに」


承辰は真っすぐ星澪を見つめた。


「秋の星も知りたいから、教えてほしい」


一度、小さく息を吸う。


「オレと一緒に行ってくれ」


しばらく沈黙が流れた。

周りの天文官達は息を潜めて見守る。


星澪は静かに頷いた。


「……かしこまりました。星のため、お供いたします」



 星のため。納得できない部分もあったが、承辰は見事、

星澪を祭へ誘うことに成功した。


「……楽しみすぎる」


祭りで賑わう都の大門。

承辰は緩みそうになる口元を必死に

引き締めながら、星澪を待っていた。


日はすっかり暮れ、空には無数の星が瞬いている。

人々は金魚の灯籠を手に、次々と広場へ

集まり始めていた。


祭りの巡り方も。市民としての振る舞いも。

護衛の配置も。臣下たちから、これでもかというほど教え込まれている。


「今日は余裕のある男として、星澪を楽しませてやるぞ」


そう小さく拳を握った、その時。


「あの……」


不意に後ろから肩をつつかれた。


「!? だ、誰――」


驚いて振り向く。

そこには。

薄衣をまとった星澪が立っていた。


菫色の薄紗の衣は灯籠の明かりを受け、淡く輝いていた。

透ける袖が風に揺れ、胸元には花の刺繍。

髪はいつもどおり結い上げられているが、

左耳には小さな花飾りが添えられていた。


「…………」


承辰は言葉を失う。


「お待たせしてしまい、申し訳ございません」


星澪は袖を見下ろした。


「このようにひらひらした衣を着るのは初めてでして。

歩くにも時間がかかってしまって……」


「動きづらくて、何をするにも非効率ではございませんか?」


「…………」


承辰は、まだ何も言えなかった。


「陛下?」


不安そうに見上げる。


「私の衣……おかしいでしょうか」


そう言って、その場でくるりと回った。

ふわり。裾と袖が花びらのように舞う。

灯籠の光をまとった姿は、まるで夜空から

降りてきた織姫そのものだった。


「あの……」


返事がない。


星澪は首を傾げ、そのまま一歩近づく。


「どうかなさいましたか?」


「……織姫みたいだ」


承辰は呆然と呟いた。


「何か、おっしゃいましたか?」


「うわっ!!」

気づくと星澪の顔がすぐそばまで近づいていた。


「い、いや!」


承辰は慌てて首を振る。


「まったく問題ない!」


「すごく……!似合っている」


「そうですか」


星澪はほっとしたように微笑んだ。


「それなら安心しました」


(……可愛い)


承辰は危うく口に出しかけ、慌てて飲み込む。


「陛下。お顔が赤いですが、お身体の具合でも?」


「な!何でもない!!それより星澪!」


「はい」


「街では陛下と呼ぶな」


承辰しょうしんと呼んでくれ」


星澪は一瞬迷った。


「確かに……わかりました」


小さく息を吸い、


「承辰様」


その一言だけで。

承辰の心臓は大きく跳ねた。


「……うん」


思わず頬が緩む。


「それでいい」


広場では、人々が赤い紙で張った金魚の灯籠を手に提げ、

それぞれ思い思いの星官を形作っていた。


「わあ……」


星澪は目を輝かせる。


「綺麗……」


「星澪は、どの星官が一番好きなんだ?」


「北斗七星です」


迷いのない答えだった。


「斗の柄が東を向けば春」


「南なら夏」


「西なら秋」


「北なら冬」


「柄の向きだけで四季を知ることができます。

だから、大好きなのです」


承辰は微笑んだ。


「よし。では北斗七星を作ろう」


近くの人々へ声を掛ける。

祭りの参加者も快く協力してくれた。

やがて七つの灯籠が並び、夜の広場へ

北斗七星が浮かび上がる。


承辰は六番目の開陽かいよう


星澪は七番目の搖光ようこう


灯籠を手に並んだ。


「私が……」


星澪は夜空と地上の北斗を見比べる。


「北斗七星になれるなんて」


その瞳は子どものように輝いていた。

承辰はそんな横顔を見つめ、静かに微笑んだ。


広場を抜けると、露店がずらりと並んでいた。

威勢のいい客引きの声。

香ばしい料理の匂い。

笑い合う人々の声が夜の街へ溶け込んでいる。


「賑やかだな」


「はい。本当に……」


星澪はあたりを見回し、目を輝かせていた。


「星澪は街へ来たことはあるのか?」


「野外観測で郊外へ出ることはございましたが……」


少し首を振る。


「都の街を歩くのは、今日が初めてです」


「そうなのか?」


「承辰様は、よく来られるのですか?」


「頻繁ではないが。たまにな」


承辰は笑う。

 

「民の暮らしを見ることも、天下泰平には必要だと言われている」


「素晴らしいお考えでございます」


星澪はまっすぐ承辰を見つめた。


「承辰様は、常に民のことをお心に留めておられます。

この国は、今よりもっと栄えるに違いありません」


「……褒めすぎだ」


承辰は耳まで赤く染め、照れ隠しに視線を逸らす。


その時、一軒の露店が目に留まった。


「星澪。これを見てみろ」


風に揺れる無数の風鈴。ガラスや陶器で作られた風鈴が、

涼やかな音色を奏でている。


ちりん。


ちりん。


承辰はその中の一つを指差した。


「まあ!」


星澪の瞳が輝く。


「北斗七星ですね!」


風鈴には、小さな北斗七星の飾りが吊るされていた。


「なんて素敵な品でしょう……」


「気に入ったか」


承辰は店主へ視線を向ける。


「これをもらおう」


「毎度あり!」


店主はにかっと笑い、風鈴を外して星澪へ手渡した。


「承辰様」


星澪は戸惑いながら受け取る。


「よろしいのですか?」


「いいだろ」


承辰は照れくさそうに笑った。


「気に入ったんだろ?」


「……はい」


嬉しそうに風鈴を胸へ抱く。

その様子を見た店主が豪快に笑った。


「お嬢ちゃん、良かったな!いい男じゃねぇか!

恋人同士、いい星の巡り合わせだ!」


「なっ……!」


承辰は目を丸くした。


一方の星澪も首を傾げる。


「星の巡り合わせ……ですか?」


真面目な顔で夜空を見上げる。


「本日は、そのような星の配置はございませんでしたが……」


「……っ」


承辰は思わず吹き出した。

その天然ぶりに、店主まで大笑いした。



露店を後にした二人は、夜風の吹く道をゆっくり歩いた。

祭りの賑わいから少し離れた川沿い。

土手へ腰を下ろし、二人並んで夜空を見上げる。


「星がよく見えるな」


「はい」


「どれが秋の星なんだ?」


星澪は夜空を指差した。

 

「秋を司るのは、けいろうぼうひつさん

西方白虎を形づくる七宿にございます」


「これらが空高く昇る頃、この国は本当の秋を迎えるのです」


「そうか。もうすぐ天頂にくる時期か」


「はい。秋は実りの季節。だから私は、この季節の星々を見ると、人々の暮らしが無事であることを願いたくなるのです」


「そうだな」


承辰は微笑み、しばらく星を眺めた。

そして、静かに尋ねる。


「今日は……楽しかったか?」


「はい!」


星澪は勢いよく起き上がった。


「祭りに、こんなにも星が息づいているとは思いませんでした!」


子どものような笑顔だった。


「毎年、星見祭の日取りは太史局で決めておりました」


「ですが、実際に訪れたことは一度もなく……。こんなにも星を大切に想う祭りだとは知りませんでした」


(……結局、星か)


承辰は少し苦笑する。

だが、その笑顔が見られただけで十分だった。


「楽しかったなら、それでいい」


承辰も穏やかに微笑む。


その時。


ちりん――。

風が吹き、星澪の手にした風鈴が優しく鳴った。


「承辰様」


星澪は大切そうに風鈴を抱いた。


「今日は、本当にありがとうございました。

承辰様がお誘いくださらなければ。

私は、この景色を知らずに過ごしていたと思います」


「民を知り。人を知り。そして星を知る。

とても実りの多い一日でございました」


「そうか」


承辰は静かに頷く。


「それなら良かった」


「はい。ありがとうございました……陛下」


星澪は頭を下げる。


「星澪」


承辰は優しく呼び止めた。


「陛下じゃない。名前で呼んでほしい」


星澪は少しだけ目を丸くする。


「今日だけじゃない。これからも、ずっと」


夜風が吹く。

風鈴が小さく揺れた。


ちりん――。


星澪は承辰を見つめ、穏やかに微笑む。


「はい。――承辰様」


風鈴の音は、まるで祝福するように夜空へ響いていった。





【用語解説】


・北斗七星

北斗七星は七つの星それぞれに名前があり、

斗口とこうから斗柄とへいの先へ向かって、

天樞てんすう天璇てんせん天璣てんき天權てんけん玉衡ぎょくこう開陽かいよう搖光ようこう

と呼ばれる。

前の四星を斗魁とかい、後ろの三星を斗杓としゃくといい、

全体をひしゃくの形に見立てて「斗」と呼ぶ。

『宮廷の星読み姫』では、承辰は開陽、星澪は搖光になぞらえている。


・西方白虎

二十八宿を四つに分けたうち、西の七宿をまとめた星域。

二十八宿は東西南北に七宿ずつ分けられ、

それぞれ四神と対応している。

東:蒼龍(春)

南:朱雀(夏)

西:白虎(秋)

北:玄武(冬)

第二章最終話。最後までお読みいただき、

ありがとうございました。

星澪と承辰の物語はまだまだ続きます。


また次の夜空で、お会いできたら嬉しいです。

続きが気になりましたら、ブックマークで

見守っていただけますと励みになります。


*平日10時ごろ更新(週5更新)/全21話・8/14完結予定。

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