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宮廷の星読み姫 ―無自覚天文官は皇帝との秘めた恋の運命《ほし》を読む―  作者: 麻倉ロゼ
第三章 「日食」

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第一話 「秋空の終わりと、小さな誤解」

ご覧いただきありがとうございます。

今夜も星澪と承辰の物語をお届けします。

どうぞ最後までお楽しみください。

 星見祭が終わり、都には晩秋の冷たい風が吹きはじめていた。

街を吹き抜ける風にも冷たさが混じり、

人々は身を寄せ合いながら、もうすぐ訪れる

厳しい冬を感じ始めている。


「だいぶ冷えてきたな」


承辰しょうしんは肩をすくめた。


日暮れも随分と早くなった。

薄暗くなり始めた空では、雲の合間から

星々が静かに輝き始めている。


「ですが、冬は空気が澄み、星が最も美しく見える季節です」


星澪せいれいは夜空を見上げ、穏やかに微笑んだ。


「私は冬が一番好きです」


「そうなのか? オレは夏だな。暑いほうが好きだ」


「夏の夜空も、もちろん好きです」


「星澪は本当に星が好きだな」


承辰が笑うと、星澪も小さく笑みを返した。


星見祭以来。

二人は互いの仕事が落ち着き、休みが重なった日だけ、

お忍びで街へ出かけるようになっていた。


もちろん、その裏では宮廷の臣下や太史局たいしきょく

天文官たちが総出で協力している。


承辰にとっては、一月に一度の密かな逢引。

星澪にとっては、街で星を教える大切な時間だった。


「爺……いや、靖遠せいえんの調べによると、

最近できた甘味屋が評判らしい。食べてから帰ろう」


「はい。承辰様」


星澪の「承辰様」という呼び方も、今ではすっかり自然になっていた。

天文台でも無意識に名前で呼ぶようになり、そのたび周囲の

天文官たちは密かに驚いている。


(順調だ)


(今日こそは、さりげなく手くらい繋いでみせる)


そんな決意を胸に、承辰は甘味屋に入った。


「空いてるか?」


「いらっしゃいませ! 奥へどうぞ!」


店内は遅い時刻にもかかわらず、多くの客で賑わっていた。

甘い桂花の香りが漂い、あちこちで楽しそうな笑い声が響いている。


「この『桂花糖藕けいかとうぐう』とは、どのようなものなのでしょう?」


星澪が品書きを覗き込みながら首を傾げた。


「頼んでみるか。星澪は梨は好きか?」


「はい」


「じゃあ、梨の蜜煮も頼もう」


「わかりました」


注文を済ませ、他愛もない話を交わす。

今日は、本当にいい雰囲気だ。

まるで本物の恋人同士のようで、承辰の頬も自然と緩んでいた。


その時だった。


「最近、暦がずれてるんだよな」


近くの席から話し声が聞こえてきた。

承辰と星澪は思わず耳を傾ける。


「種まきの時期も遅れたし、収穫も読みにくかった」


「やっぱり暦がおかしいんじゃないか?」


「暦がずれてるのは、皇帝の徳が足りず、天がお怒りだからだろ」


「……!」


承辰の肩がぴくりと震えた。


「噂じゃ、若い皇帝はまつりごとに無関心で、何人もの女に溺れてるらしいぞ」


「ぶふっ!」


承辰は盛大に茶を吹き出した。


「承辰様!」


星澪は慌ててハンカチを取り出し、袖を拭く。


「ごほっ、ごほっ! な、何だって!?」


思わず声を潜める。


星澪は真剣な表情で首を振った。


「承辰様。貴方様の徳が足りないなど、

そのようなことはございません。

承辰様は、とても素晴らしいお方です」


「星澪……!」


承辰は思わず胸を押さえた。


「ですが」


星澪は大真面目な顔のまま続ける。


「英雄、好色を好むとも申します。

女性問題だけは慎重になさった方がよろしいかと」


「誤解だ!」


承辰は全力で否定した。


「オレがまつりごとをほったらかして女に溺れるなんて!

あるわけないだろ!」


「申し訳ございません……誤解でしたか」


「当たり前だ!何が何人もの女だ!オレは一人だけだ!!」


星澪は、ぱちぱちと目を瞬かせた。


「……お決まりの方が、いらっしゃるとは」


「!? あっ……!!」


承辰の顔が一瞬で真っ赤になる。


「ならば、なおのこと女性問題は慎重になさいませ。

お一人に溺れる方が、より厄介かと」


「いや!厄介……かもしれないが!」


「どうか、その方には誠実になさってくださいませ」


「いや、誠実では……あるけれど……」


完全に墓穴を掘ってしまった。

どう訂正すればいいのか分からず、一人あたふたしているところへ。


「お待たせしました」


注文した甘味が運ばれてきた。

結局、誤解を解く間もないまま、二人の食事は終わってしまった。


 

外へ出ると、辺りはすっかり夜に包まれていた。


「帰りましょう」


星澪が静かに空を見上げる。


「皆様も心配されます」


「ああ」


承辰も夜空を見上げた。

先ほどまで見えていた星々は厚い雲に隠れ、

月さえ姿を消している。


「先程の甘味、とても美味しかったです」

 

「そうだな。桂花糖藕けいかとうぐうも初めて食べたが美味しかったな!」

 

「はい」


星澪は嬉しそうに頷いた。


「承辰様は、甘いものがお好きなのですね」


「嫌いじゃない。でも、普段は式典や政務ばかりで、

ゆっくり食べる機会は少ないな」


「そうなのですね」


「星澪は?天文台では、どんなものを食べているんだ?」


「観測が長引く日は、司明しめいたちが蒸し饅頭まんじゅうや干し果物を

持ってきてくださいます。

夜通し観測することもありますので」


「そうか。星澪はどこで暮らしているんだ?」

 

「幼い頃から、ずっと天文台で暮らしております。

天文台の屋根裏に私の部屋がございます」


星澪は遠くにそびえる天文台を静かに見上げた。


「あの天文台、屋根裏があるのか?」

 

「はい。小さい部屋ですが、日の光も入りますし、星もよく見れます」


天文台で寝て、天文台で仕事をする。

承辰は少し驚いたように星澪を見る。


「本当に、ずっと天文台で生活しているんだな」


「はい。今から見にこられますか?」


「え?」

 

「私の部屋に来られますか?今なら天文台には誰もおりません」

星澪は何気なく言った。


誰もいない。

星澪の部屋に二人だけ。


「いや!!今日はやめよう!また今度!日の明るい時に!」

承辰は赤くなる顔を悟られないよう、足早に少し前を歩いた。


宮廷内に入り、天文台まであと少し。

承辰は、ふと先程の甘味屋での話を思い出した。


「……さっきの話なんだが」


「はい」


「暦がずれているのなら」


承辰は何気ない調子で言った。


「新しく作ればいいんじゃないか?」


その瞬間だった。

星澪の足が、ぴたりと止まる。

表情から笑みが消えた。


「……星澪?」


しばらく俯いたまま黙っていた星澪は、

慎重に言葉を選ぶように口を開く。


「暦を作るということは。国の歴史を動かすこと。

そして、天文の歴史をも動かすことにございます」


静かだが、いつもよりずっと重い声だった。


「気軽に成せるものではございません」


承辰は星澪を見つめる。


「でも。今の太史局なら。星澪なら、今より正しい暦を

作れるんじゃないのか?」


「私は……」


星澪は小さく息を呑む。


「……いえ。そのような大役、私には務まりません」


珍しく、自信のない声だった。

承辰はゆっくりと首を振る。


「オレは。星澪の星読みを信じている」


その一言に。星澪の瞳が、わずかに揺れた。


「……承辰様」


それ以上、星澪は何も言わなかった。

二人は再び歩き出す。

しかし、その後はほとんど会話もないまま。


星澪は何かを考え込むように俯いていた。

そして天文台へ戻り、別れの挨拶を交わすまで――。

承辰は結局、その日も手を繋ぐことはできなかった。





【用語解説】


こよみ

日や月、季節の移り変わりを計算し、

一年の日付や二十四節気を定めたもの。

古代中国では、暦を作ることは皇帝だけに

許された重要な国家事業だった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

また次の夜空で、お会いできたら嬉しいです。

続きが気になりましたら、ブックマークで

見守っていただけますと励みになります。


*平日10時ごろ更新(週5更新)/全21話・8/14完結予定。

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