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宮廷の星読み姫 ―無自覚天文官は皇帝との秘めた恋の運命《ほし》を読む―  作者: 麻倉ロゼ
第三章 「日食」

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第二話 「古き暦と、皇帝の決断」

ご覧いただきありがとうございます。

今夜も星澪と承辰の物語をお届けします。

どうぞ最後までお楽しみください。

「――ということがあったんだ。」


執務の間。

承辰しょうしんは予算編成の書へ承認の印を押しながら、

昨夜の出来事を話していた。


「オレは、星澪せいれいなら立派な暦を作れると思ったんだが……」


頬杖をつき、小さくため息をつく。


「陛下。暦を定めるということは、並大抵のことではございません」

そばに控えていた靖遠せいえんが静かに口を開いた。


「この時代へ至るまで、幾度となく暦法は改められてまいりました。

そのたび、多くの天文官たちが知恵を尽くしてきたのでございます」

 

「それほどまでに、暦を改めるのは難しいことなのか?」


「はい」


承辰は少し考え込んだ。

 

「では、なぜそこまで何度も改める必要があった?」


「暦が外れるからにございます」

靖遠は迷いなく答える。


承辰は思わず姿勢を正した。


「過去、多くの天文官たちが天を読み。その時代の叡智えいちを集め。

国のために暦を作り続けてまいりました」


「――ですが。未だ、天の巡りすべてを

書き記すことは叶っておりません」


承辰は静かに考え込む。


「それでも……今より正確なものが作れるなら、なぜ新しくしない?」


靖遠は髭を撫で、小さく笑った。


「陛下は、随分と暦に熱心でございますな」


「当たり前だろ」


承辰は迷いなく答える。


「暦を民へ授けることは、皇帝の務めであり、特権でもある」


靖遠は横目で承辰を見つめた。


「……それだけでございますかな?」


「そ、そうだ!」


承辰はわずかに視線を逸らす。


「他に何があるんだ」


靖遠は小さく笑った。


「まあ、よろしいでしょう。

陛下。暦作りには、学問だけではございません。

古い体制。しがらみ。そして何より、権力が

深く関わってまいります」


「……それは分かっている」


承辰は静かに頷いた。


「でも。星澪には、あれほどの才能がある。

きっと、どの暦より優れたものを作れるはずだ」


少し間を置いて。

承辰は真っ直ぐ前を見据える。


「オレは。力になりたい」


その迷いのない言葉に。靖遠は静かに目を細めた。


「……何だ?」


承辰は不思議そうに顔を向ける。


「なんで笑う」


「陛下」


靖遠は穏やかに微笑んだ。


「ご自分が何者であるか、その意味をご理解なされば。

必ずや、星澪殿の力となれましょう」



やっぱり、もう一度星澪に話してみよう。

そう考え、承辰は天文台へと向かった。


天文台へ着くと、いつもと空気が違っていた。


「……何だ?」


承辰は静かに中へ足を踏み入れる。

そこでは星澪を囲むように、貫禄ある老人たちが並び、

張り詰めた空気が漂っていた。


司明しめいが承辰へ気づき、声を上げる。


「陛下……!」


その一言で場が静まり返る。

天文官たちは一斉に膝をつき、深く頭を下げた。


「今日は随分と人が多いな」


承辰は星澪のそばへ歩み寄る。


「承……陛下」

張り詰めていた星澪の表情が、ほんの少しだけ和らいだ。


「皆そろって、何をしている?」


星澪の向かいにいた老人が立ち上がる。


「陛下。太史局にて暦の管理を仰せつかっております、

張元綱ちょうげんこうと申します」


(暦の管理……)


(今の旧暦を支える者たちか)


承辰は老人たちを見渡した。


「太史局にて、暦改訂についての審議がございまして、

お伺いした次第でございます」


「そうなのか? 今、審議中だったか」


その瞬間。元綱げんこうの表情がさらに険しくなった。

張り詰めていた空気が、いっそう重くなる。


「陛下。このたびの審議は、こちらの若き天文官たちが、

陛下のご意向を盾に、勝手に進めようとしていたものでございます」


「暦の改訂は、“余”が自ら頼んだことだ」

承辰は静かに言った。

旧暦派の老人たちが息を呑む。元綱は一歩前へ進み出た。


「陛下。暦は、観象授時かんしょうじゅじ……。

天の動きを観測し、そのまま民へ時を授けるという、

古より続く天子の務め」


日月星辰じつげつせいしんの巡りをありのままに観て、

その象を暦へ写し取り、慎んで民へ時を授ける。

これこそ、歴代の天子が受け継いでこられた大道」


元綱は真っすぐ承辰を見据えた。


「今ここで暦を改めれば。

天下は、『天子自ら観象授時の道を破った』と噂いたしましょう。

それは陛下の徳を疑われることにもなりかねませぬ」


「そのようなことはございません!」


星澪が立ち上がる。

静かな声だった。

だが、一歩も退かない強さがあった。


観象授時かんしょうじゅじとは。古き法を守ることではなく。

天の象を正しく観て、今の時にかなう暦を民へ授けることにございます」


その瞳は真っすぐ元綱を見据えている。


「旧暦は、すでに星の巡りと一日、二日とずれ始めています」


「それでも改めぬというのであれば。

それこそ、天を観ずして時を授けること。

観象授時の名に背く行いではございませんか」


「何を申す!」


元綱が声を荒らげた。


「星読み姫ともてはやされ!陛下をたぶらかす小娘が!」


「……え?」

承辰の肩がぴくりと震えた。


「陛下!どうか目をお覚ましください!

身も心も惑わされてはなりませぬ!」


「なんだって!?」


承辰は思わず声を上げる。


(心は……最近惑わされてるかもしれないが!)


(オレは、まだ手だって握れてないのに!)


承辰は、そう言いたいのをぐっと堪えた。

 

その場の空気がさらに重くなる。

旧暦派。新暦派。

すべての視線が承辰へ集まった。

誰もが。皇帝の言葉を待っている。


「……」


承辰は腕を組み、静かに目を閉じた。


古い暦。新しい暦。

何をもって正しいとするのか。


その時、靖遠の言葉が胸によみがえる。


――ご自分が何者であるか、ご理解されているのなら。


承辰は静かに目を開いた。


「元綱」


「はっ」


「最も近い天文現象は何だ」


元綱は少し戸惑いながら答える。


「……約十日後の日食にございます」


「そうか」


承辰は旧暦派、新暦派の双方を見渡した。


「ならば、十日後の日食。日時、しょくの加減を、

それぞれの暦をもって予測せよ」


天文台がどよめく。

星澪も驚いたように承辰を見つめた。


「星が正しいのなら、天が答えを示してくれる」

承辰はゆっくりと言葉を続ける。


「暦とは。天子が国と民へ授ける、天の意思」


一歩前へ出る。


「それならば――」


皇帝として、堂々と宣言した。


「天子である余の前で。見事、言い当ててみせよ」

 



【用語解説】


観象授時かんしょうじゅじ

「天体の動きを観測し、人々に季節と正しい時を授けること」。

古代中国では、天子(皇帝)の最も重要な

政治的任務の一つとされていた。

正しい暦を作り、人々に季節を知らせることは、

「天命を受けた正統な王朝」である証と考えられていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

また次の夜空で、お会いできたら嬉しいです。

続きが気になりましたら、ブックマークで

見守っていただけますと励みになります。


*平日10時ごろ更新(週5更新)/全21話・8/14完結予定。

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