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宮廷の星読み姫 ―無自覚天文官は皇帝の恋心を知らない―  作者: 麻倉ロゼ
第三章 「日食」

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第三話 「止まった時と、受け継ぐ暦」

ご覧いただきありがとうございます。

今夜も星澪と承辰の物語をお届けします。

どうぞ最後までお楽しみください。

 承辰しょうしんが取り決めた、新旧の暦を賭けた日食対決は、

あっという間に宮廷のみならず都中へ知れ渡った。

旧暦派と、星澪せいれい率いる新暦派。

両者が示した日食の日は、十日後。


旧暦派は、

「都では太陽の一部が欠けるのみ。

昼が少し薄暗くなる程度」と予測した。


一方、新暦派は、

「都は真昼でありながら夜のような暗闇に包まれる。

皆既日食となる」と断言した。


人々はどちらの暦が勝つのかと賭け合い、

来たる勝負の日を心待ちにしていた。



「最近、ずっとここにいるな」


宮廷内の書庫、その奥。

承辰は星澪の姿を見つけ、穏やかに微笑んだ。


「承辰様!」


本の山の間から、星澪がひょこりと顔を出す。


「調べものか?」


「はい」


承辰は星澪の隣へ腰を下ろした。


「日食の勝負はどうだ?」


「星に間違いはございません」


星澪は真剣な表情で、きっぱりと言い切る。


司明しめいたちが心配していたぞ」


「一人で旧暦派と戦うつもりか?」


その言葉に、星澪の表情がわずかに固くなった。


「自信があるなら、なおさら他の天文官たちにも協力してもらえばいい」


「それは……」


珍しく言葉を濁す。

承辰は小さく息をついた。


「前の天官長。天衡てんこう殿が関係しているのか?」


星澪は、はっと顔を上げた。

身体が震え、瞳が揺れる。


「……なぜ」


かすれた声だった。

だが、すぐに静かに息を吐く。


「いえ……承辰様なら、すぐにお分かりになりますね」


「十二年前。暦を賭けた勝負で敗れた、と記されていた」


承辰は静かに問いかける。


「星澪の師匠せんせいほどの人が、なぜ負けたんだ?」


星澪はしばらく承辰を見つめていた。

やがて、ゆっくりと語り始める。


「私の師匠せんせい天衡てんこう様は、大変立派な天文官でございました。

私が今持つ星読みの知識は、すべて師匠せんせいから受け継いだものでございます」


「今から十二年前。種まきや収穫の時期がずれ、

例年より農作物が不作となりました」


「私も師匠せんせいも、旧暦が星の巡りから外れ始めていると感じておりました。

このままでは、いずれ決定的なずれが生じる。

それを食い止めるため、師匠せんせいと私は星を読み、

新たな暦作りを進めました」


「ちょっと待て」


承辰が思わず口を挟む。


「十二年前ということは……星澪は」


「六歳頃です」


「そうか……」


承辰は静かに息を呑んだ。


(その頃から、すでに星を読んでいたのか)


(まさに、星の申し子だ)


星澪は話を続ける。


師匠せんせいは、それまで培ってきた知識と経験、

そのすべてを注いで暦を完成させようとなさいました」


「ですが。新しい計算法で導いた数字と、師匠せんせいが長年の

経験から導いた数字に、わずかな誤差が生じました」


「その時。師匠せんせいは、間違いを犯しました」


「間違い?」


「星の読みは正しかった。ですが、暦へ当てはめる計算の段階で」


師匠せんせいは星ではなく。

ご自身の長年の経験を信じてしまわれたのです」


承辰は言葉を失った。

静かな書庫に、星澪の声だけが響く。


「私は、その間違いに気づきました。

修正するよう、お伝えしました」


「でも――」


星澪はゆっくりと目を閉じた。


師匠せんせいは、聞き入れてくださいませんでした」


「その結果。暦にもずれが生じ。勝負に敗れ。

神聖な暦と星を踏みにじった者として、処罰されました」


しばらく沈黙が流れる。


やがて星澪は、承辰をまっすぐ見つめた。


「人は迷います」


その瞳には、十二年間揺らぐことのなかった決意が宿っていた。


「ですが。星は迷いません」


「私は、人ではなく。星を信じると決めました。

だから――私は、間違えません」


「そうか」


承辰は静かに呟いた。


「それなら、なおさら一人で抱え込むな。

なぜ、そこまで頑なになる」


星澪は少し目を伏せる。


「師匠のことは……太史局では箝口令かんこうれいが敷かれております。

暦のことを口にするだけでも、処罰の対象となるでしょう」


そして、小さく息を吸った。


「私は、これ以上。人が星を疑うことで、

誰かを失いたくありません」


その声には、深い悲しみが滲んでいた。

星澪は一つの巻物を取り出し、そっと広げる。


「――この暦は。師匠と私が、十二年前に作ろうとしていた暦です」


静かに巻物へ手を添える。


「今度こそ。師匠が最後まで完成できなかった暦を。

私は、この手で完成させたい」


「……そうか」


承辰はようやく理解した。

星澪が背負っていたのは、日食の勝負ではない。

十二年前から止まったままの時間だった。


「それなら、なおさら気を詰めすぎるな」


承辰は傍らに置いていた小さな籠を引き寄せる。

中には焼き菓子や蒸し菓子が、いくつも詰められていた。


「たまには休憩しろ」


そう言って揚げ菓子を一つ手渡す。

自分も一つ摘まみ、もぐもぐと頬張った。


「ありがとうございます」


星澪は受け取った揚げ菓子を、しばらく見つめている。


「どうした?好きじゃなかったか?」


「いえ……」


星澪は小さく首を振った。


「その……。分からないのです」


「何が?」


「承辰様といると、不思議なのです」


「どうして承辰様には、こうも自然に師匠せんせいのことや、

自分のことを話してしまうのでしょう」


星澪は真っすぐ承辰を見つめた。


「……!?」


承辰の肩がぴくりと跳ねる。


「なぜでしょう」


星澪は一歩近づいた。さらに、もう一歩。

手を伸ばせば届くほどの距離。

上目遣いで承辰を見つめる。


「な……なぜって……」


承辰の喉が、ごくりと鳴った。


「それは……」


「それは?」


さらに顔が近づく。


(ち、近い……!)


(いや、でも……)


(もしかして……!?)


一気に頭へ血が上る。

耐えきれず、勢いよく叫んだ。


「オ、オレが皇帝だからじゃないか!?」


思いきり声が裏返る。


「皇帝だから?」


星澪は、ぱちぱちと瞬きをした。


「そ、そう!」


「……なるほど」


星澪は素直に頷き、少し離れる。


「天子である皇帝陛下の前では。

私が秘めていることなど、お見通しということなのですね」


「……ん?」


「やはり承辰様は、素晴らしいお方でございます」


「お、おう?」


「確かに、それ以外考えられません」


すっかり納得した様子で、星澪は揚げ菓子を一口食べる。


「美味しいです」


そう言って、頬をほころばせた。


一方、承辰は。


「…………」


膝を抱え、小さくうずくまった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

また次の夜空で、お会いできたら嬉しいです。

続きが気になりましたら、ブックマークで

見守っていただけますと励みになります。


*平日10時ごろ更新(週5更新)/全21話・8/14完結予定。

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