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宮廷の星読み姫 ―無自覚天文官は皇帝との秘めた恋の運命《ほし》を読む―  作者: 麻倉ロゼ
第二章 「流星群と星見祭」

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第一話 「星の道具と、揺れる心」

ご覧いただきありがとうございます。

今夜も星澪と承辰の物語をお届けします。

どうぞ最後までお楽しみください。

 承辰しょうしんは、自分だけの星――星澪せいれいへの想いを自覚した。


自覚はしたのだが――


「……はあ」


執務の間で、承辰は深いため息をつきながら印を押していた。

目の前には山のような竹簡と巻物。


「せっかく……オレ専属になったのに」


何度目か分からないため息が漏れる。

会いに行きたい。

だが政務に追われ、ここ数日、天文台へ行けていない。

当然、星澪にも会えていない。


恋心を自覚してからというもの、寝ても覚めても

星澪のことばかり考えてしまう。

そのせいか、祝詞のりとはいつも以上によく噛み、

足もよく滑らせた。

臣下たちは、以前にも増して気が気ではない。


その様子を見ながら、側に控える靖遠せいえんは髭を

撫で、静かに考えていた。


(奉納の儀は見事であった)


(……その後、盛大に転んでからというもの)


(陛下も、ようやくご自分のお気持ちを自覚なされたご様子)


「ふむ……」


ようやく政務が終わり、茶が運ばれてくる。


「陛下。本日はようやく星澪殿にお会いできますな」


「ああ、そうだな」


星澪――その名を聞いただけで、承辰の肩がぴくりと跳ねた。

靖遠は、その反応を見逃さない。


「恋に悩むのも、立派な皇帝になるためには

必要なことでございますぞ」


「ぶふっ!」

承辰は盛大に茶を吹き出した。


「な、何だ爺! 急に!」


耳まで真っ赤になっている。


「せっかく専属となり、日暮れからはお二人だけのお時間」


「相手は、あの星読み姫にございます。

焦らず、少しずつ仲を深められるのがよろしいかと」


「な、なな……」


茶器を持つ手が震えた。


「さすれば、芽生えるものも自然と芽生えましょう」

靖遠は横目でチラリと見つめ、意味ありげに微笑んだ。


「……そういうものだろうか」


承辰は少し不貞腐れたように呟く。


「そういうものです」

靖遠は穏やかに茶をすすった。


確かに。下手に想いを伝えて断られるのは嫌だ。

……いや。断られる以前に。

まったく伝わらない可能性すらある。


「十分あり得る」


何と言っても相手は、星しか頭にない星澪なのだから。


(焦らず)


(少しずつ)


そう決意を新たに、承辰は天文台へ向かった。

日暮れにはまだ早い。

それでも、一刻も早く星澪の顔が見たかった。


天文台の門を開く。

視界が開けた、その先で――


見知らぬ若い天文官と星澪が、仲良く肩を並べて話していた。


「な……!」

 

距離が近い。時折、耳打ちをしては

楽しそうに笑い合っている。


承辰はその場で固まった。


「なんだ、あいつは!!」


あの星澪が。

あんなにも親しげに笑っているなんて――。


「陛下! お待ちしておりました!」


星澪より先に声を上げたのは、その隣にいた青年だった。

青年は足早に駆け寄ると、承辰の前で深々と頭を下げる。


蘇司明そしめいと申します」


顔を上げた司明は、爽やかに微笑んだ。

年上で、背は高く。親しみやすい笑顔。

はきはきとした話し方で、いかにも人当たりが良い。


――承辰の表情は、ますます固くなった。


「陛下」


星澪が穏やかに口を開く。


「こちらの司明しめい太史局たいしきょくの天文官にございます。

天体観測に用いる器具の設計や管理を任されております」


「……そうか」


承辰は短く答えた。


せっかく久しぶりに星澪へ会えたというのに。

まさか最初に、他の男を紹介されるとは。

おかげで、その先の説明はほとんど頭へ入ってこなかった。


「それで……司明とやら」


承辰は司明へ視線を向ける。


「何か、オレに用でもあるのか?」


自然を装ったつもりだった。

だが、その声は少しだけ低く、じっとりとしていた。


「はい!」


司明は気付いた様子もなく、元気よく頷く。


「ぜひ陛下にご覧いただきたいものがございます!こちらへ!」


そう言うと、軽やかな足取りで歩き始めた。

星澪もその後を追いかける。

二人は並んで歩きながら、楽しそうに星の話を始めた。


「あの星を観測するためには――」


「本当ですか! では観測精度もさらに――」


息ぴったりに話が弾む。

時折、顔を見合わせて笑う二人。


(……近い)


(距離が近すぎる)


承辰は一人、取り残されたように立ち尽くす。


『焦らず、少しずつ』

靖遠の言葉が頭をよぎる。


「……」


承辰は二人の後ろ姿を見つめた。

二人の纏う空気は、どう見てもただの仕事仲間ではなかった。

 

(こんな強敵に)

(勝てるのか?)

 

「ゆっくり進めている場合じゃないぞ……」


承辰の背中を、一筋の冷や汗が流れ落ちた。



案内された部屋の中央には、大きな机が並べられていた。

その上いっぱいに、巨大な図面が広げられている。

描かれていたのは、見覚えのある楼閣ろうかく


水運儀象台すいうんぎしょうだいか?」


「その通りです!」


星澪の顔がぱっと輝いた。

その笑顔に、承辰は思わず見惚れてしまう。


「こちらが現在、天文台で使用しております

水運儀象台でございます」


星澪は図面を指差しながら説明を始めた。


「こちらが正面。こちらが側面になります。」


承辰は頷く。


……が。

図面などほとんど目に入らない。

目で追っているのは、楽しそうに説明する星澪ばかりだった。


「そして、こちらが改良案です」


向かい側から司明が新たな図面を広げる。


「おお!」


先ほどよりも、さらに精密な設計図だった。

承辰も思わず身を乗り出す。


「これは、すごいな。」


「陛下が国家事業として新たな水運儀象台を

ご建設くださると伺いまして!」


司明は興奮気味に続けた。


「我ら天文官一同、感激しております!」


「このような偉業に携われるとは夢にも思いませんでした!」


星澪も何度も頷いている。

気づけば周囲には他の天文官たちも集まり、

図面を囲んで議論が始まっていた。


(考えなしに”最新のものを建てる”なんて言ってしまったが)


(思った以上に大事になっているな……)


承辰は少しだけ後悔した。

だが――。

図面を見つめる星澪の瞳は、きらきらと輝いていた。


まるで。ずっと欲しかった宝物をようやく

手に入れた幼子のように。

純粋な喜びが、その表情いっぱいにあふれている。


(星澪が、あんなに喜ぶなら)


(仕方ないか)


図面だけで、あんなにも嬉しそうなのだ。

完成したら、どんな顔をするのだろう。

そう想像しただけで。


(……可愛い)


思わず口に出しかけ、慌てて口元を押さえる。


(危なかった。誰にも聞かれていないよな)


「陛下」


いつの間にか司明が隣へ来ていた。


「な、なんだ?」


「星澪とは……うまくいっておりますか?」


「えっ?」


承辰は目を丸くする。


「実は私は星澪の幼馴染なのですが」


「昔から星しか興味がなく、年頃の女子が好きそうなものにもまったくでして。

このまま星だけ見続けて、一生を終えるのではないかと

皆、心配しておりました」


「……そうか」


幼馴染。だから、あんなにも自然に笑い合っていたのか。


司明は優しく微笑んだ。


「ですから最近、陛下とご一緒されていると聞いて、

とても安心しております」

 

「我々以外の“人”と、親しくできるとは思いませんでした」


「他の天文官以外の者とは、そんなに話さないのか?」


「はい。観測以外で天文台を離れることも、ほとんどございません」


「そうなのか?」


「私が何度誘っても、観測や仕事以外では、

まったく天文台を出ないのです」


司明は少し笑った。

 

「ですから陛下には是非とも、星澪に色んな景色を

見せてやってほしいのです」


星澪を見つめる司明の眼差しは、兄より、親に近いものだった。


「どうか星澪を、よろしくお願いいたします」


承辰は照れくさそうに頭をかいた。


「……すまない。司明のことを、誤解していた」


「星澪と仲が良かったから……てっきり」


司明はきょとんとした。


「陛下、ご安心ください。星澪は妹のような存在です」


少し照れたように笑った。


「それに。私には婚約者がおりますので」


「ほ、本当か!?……良かった」


承辰はあからさまに安堵した。

その様子がおかしくて、司明も思わず笑う。


「陛下。今宵は流星群が見頃でございます。

宮廷からも美しくご覧いただけるはずです」


「ん?まあ、そうだろうな」


「宮廷には見事な庭園がおありでしょう」


司明はにこりと笑った。


「星澪と庭園から流星群をご覧になってはいかがですか」


「えっ!?」


承辰の肩が大きく跳ねる。


「天文台の仕事は我々が引き受けます。

どうぞ今宵は、お二人だけでゆっくりご観測ください」


承辰は固まった。


夜の庭園。流星群。

星澪と二人きり。

そんな光景を想像しただけで、

心臓が忙しくなる。


司明は最後にさらりと言った。


「……その代わり、水運儀象台のご予算だけは、

何卒よろしくお願いいたします」


承辰は司明を真っ直ぐ見つめる。

そして力強く頷いた。


「惜しまん。好きなだけ使え」


「ありがとうございます。交渉成立ですね」


司明は満足そうに微笑み、小さく拳を握った。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

また次の夜空で、お会いできたら嬉しいです。

続きが気になりましたら、ブックマークで

見守っていただけますと励みになります。


*平日18時ごろ更新(週5更新)/全21話・8/14完結予定。

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