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宮廷の星読み姫 ―無自覚天文官は皇帝との秘めた恋の運命《ほし》を読む―  作者: 麻倉ロゼ
第一章 「七夕」

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第三話 「星の教えと、すれ違う想い」

ご覧いただきありがとうございます。

今夜も星澪と承辰の物語をお届けします。

どうぞ最後までお楽しみください。

 最近の陛下がおかしい。


以前は、式典や儀式のたびに祝詞のりとを噛み、足を滑らせ、

終わるたびに落ち込んでいたというのに。


ここ数日は違う。


祝詞も噛まない。足も滑らせない。

多少落ち込む日はあるものの、以前とはまるで別人だった。

しかも夜もよく眠れているらしい。


「陛下がお生まれになって十八年。ご即位されて二ヶ月」


皇帝に代々仕える重臣・高靖遠こうせいえんは、

ゆったりと蓄えた髭を撫でながら考え込んだ。


「幼き頃より見守ってまいったが……」


何事にも後ろ向きで。誰よりも心配性で。

少しのことで落ち込み。式典の前には胃を痛める。

それが、我らの陛下であった。


それなのに。

最近は、妙に落ち着いている。


靖遠せいえん様」


控えていた部下が、そっと耳打ちした。


「どうやら陛下は、毎夜天文台へ通われているそうです」


「天文台?」


靖遠せいえんは眉をひそめた。


「ついに星へ縋るようになられたか」


あの心配性の陛下なら、十分あり得る。


「それが、その……」


部下は少し言いにくそうに続ける。


「護衛の話では、ある特定の天文官へ会いに行かれているとか」


「ほう」


靖遠せいえんは目を細めた。


「その者とは?」


「天文台随一の才女――星読み姫、星澪せいれい様にございます」


「なんだと!?」


靖遠せいえんは勢いよく立ち上がった。

あまりの勢いによろめき、慌てて机に手をつく。


星読み姫。


この国でその名を知らぬ者はいない。

数々の星読みで先代皇帝の治世を支え、

国の繁栄にも大きく貢献してきた。

建国以来とも謳われる、類いまれなる星読みの天才。


……いや。

今は、それどころではない。


年頃の陛下が。年頃の娘のもとへ。

毎夜。足繁く通っている――?


「こ……」


靖遠せいえんは大きく息を吸い込んだ。


「国家の一大事じゃあああ!!」



一方、その頃。


天文観測、暦の編纂へんさん、そして天変の占いを司る官署

――太史局たいしきょく


天文科の天文官たちは、息を潜めるように仕事をしていた。

誰もがちらちらと、執務室の一角へ視線を送る。


その先には――。


「これは毎日記録しているのか?」


「そうです。」


若き皇帝・承辰しょうしんと、星読み姫・星澪せいれいが肩を並べ、

星の観測記録を広げていた。


「観測は日暮れから明け方まで、ずっとか?」


「基本は子の刻(二十三時〜一時)から

寅の刻(午前三時〜午前五時)までにございます」


「その時間帯に南中する基準星を観測し、

時刻や方位、高度を測ります」


「なるほど」


承辰は記録を一枚一枚めくった。


「全ての星が観測できるのか?」

 

「いえ、今の水運儀象台すいうんぎしょうだいでは、観測できない星もございます」


「そうなのか」


几帳面に積み重ねられた観測記録。

その横で星澪が指先を添え、穏やかに説明を続ける。

二人の肩は、触れそうなほど近かった。


天文官たちは落ち着かなかった。


最近、皇帝が毎夜天文台へ通っていることは、

あっという間に太史局中へ広まっていた。

それ自体は喜ばしい。

皇帝が天を敬い、星へ関心を寄せることは、

太史局にとって誇らしいことだった。


問題は――。


「でも、オレが訪ねるのは戌の刻(二十一時〜二十三時)だ。

君はもっと早くから来ているのか?」


「はい」


星澪は頷いた。


「私は日暮れ、一番星が見え始める頃には観測を始めております。

日暮れから、子の刻頃まで、毎日天文台におります。」


「そうだったのか」


承辰は少し残念そうに笑う。


「それなら、もっと早く来ればよかったな」


「なぜですか?」


星澪は純粋に首を傾げた。


「なぜって……」


承辰は何気なく答える。


「会える時間が増えるだろ?」


言った瞬間、自分で固まった。


「い、いや!星にだ!星に会える時間がな!

ほら!星が増えていく様子も見たいし!」


「夕暮れから夜空へ変わる過程にも興味があって……!」


慌てて取り繕う。


星澪は気にも留めない。


「大変素晴らしいお考えですが。陛下はお忙しいお方です。

天文台で長くお過ごしになるのは、あまりよろしくないかと」


天文官たちは一斉に顔を覆った。


我が太史局が誇る星読み姫。

幼い頃より星と共に育ち、

星と共に生き、星と共に眠る。


つまり――


「観測にも支障がございます。

陛下は週に一度ほどお越しになるのが、

ちょうどよろしいかと存じます」


――星しか頭にない、天文人間なのである。

 

承辰は、何も言えずに固まった。

執務室にも沈黙が落ちる。


天文官たちは互いの顔を見合わせた。


(誰か……)


(誰か言ってあげてください)


(陛下はあなたに会いたくて来ているんです)


誰一人、口には出せない。

もどかしさだけが太史局いっぱいに広がっていた。



「失礼する」


もどかしい空気を破るように、執務室の扉が開いた。

一人の老人が、ゆっくりと姿を現した。


「じ、爺ッ!!? ――んんっ! 靖遠せいえん!!?」


承辰は思わず肩を跳ねさせ、慌てて言い直した。

周囲の天文官たちは一斉に手を止め、深く頭を下げる。


この国の皇帝を陰から支える重鎮。

威厳ある足取りで歩み寄った靖遠は、承辰の前で静かに一礼した。


「陛下がこちらで星を学ばれていると聞き、参りました」


頭を上げると、今度は星澪へ目を向ける。


「お久しぶりでございます、靖遠様」

星澪も丁寧に頭を下げた。


「これは星澪殿」


靖遠は承辰と星澪、そして周囲の天文官たちへ順に視線を送り

――なんとなく、この場の空気を察した。


「星澪殿。陛下の星の知識はいかがですかな?」


「基礎的な知識ではございますが、天文学へのご興味が深く、

ご理解も早うございます。素晴らしい才をお持ちです」


損得のない真っ直ぐな言葉だった。

承辰は思わず感動する。


「左様でしたか」


靖遠は満足そうに頷いた。


「では星澪殿。ぜひ陛下へ、直々に

星と天文の知識をご教授いただけませぬかな」


「は!?」


承辰が思わず声を上げる。


「星を知ることは天下を知ること。

国と民を知ることは、星を知ること。

星の知識は必ずや、陛下のお力となりましょう」


靖遠はさらに深く頭を下げた。


「何卒。陛下専属となり」


「毎日。日暮より戌の刻(二十一時〜二十三時)まで」


「付きっきりで、お願いいたします」

 ゆっくりと区切りながら言った。


「おい! 爺!……じゃなくて靖遠!」


承辰は思わず叫んだ。


星澪は少し驚いたように目を瞬かせたが、

すぐに静かに首を横へ振る。


「私より優れた方は数多くおられます。どうか、その方々へ」


「いや!」


靖遠は一歩も引かない。


「ぜひ星澪殿に!これはすべて、天下泰平のため。

太史局のため。そして、星のため」


「……星のため」


その一言だけで。

星澪の瞳がぱっと輝いた。


「でしたら尚更、陛下には私以上に

相応しい方を専属にいたします」

星澪は真剣に答えた。


「太史局には、星の叡智を宿した方々が数多くおりますので」


天文官たちは一斉に頭を抱えた。

この太史局で、星澪以上の天文官がいるはずがない。

それに、この空気の中で「私が代わります」

などと言える者がいるはずもない。


承辰もただ、はらはらしながら星澪を見守るしかなかった。


「……左様ですか」


靖遠は髭をゆっくり撫で、目を閉じる。

そして、独り言のように呟いた。


「そういえば……天文台の水運儀象台。

随分と傷んでおりましたなぁ」


星澪の肩がぴくりと動く。


「今なら、建設当時を超える水運儀象台も復元できるでしょうなぁ。

いや、復元どころか、さらに精度の高いものも造れましょう」


ちらり、と星澪を見る。


その瞬間。

星澪の瞳に、星がキラリと宿った。


「星澪殿が陛下へご教授くださる暁には」


「さぞ立派な水運儀象台を、お与えくださることでしょう」


星澪は勢いよく承辰を振り返る。

期待で頬は桃色に染まり、瞳はきらきらと輝いていた。


承辰は思わず一歩後ずさる。


「……あ、その。ええと……

さ、最新のものを建てると約束――」


最後まで言い切る前に。


「誠心誠意、努めさせていただきますっ!」


星澪は勢いよく頭を下げた。


天文官たちと靖遠は、無言で目を合わせる。

そして、小さく頷いた。


こうして。

天下泰平という大義名分のもと。

皇帝と星読み姫を見守る者たちの、小さな同盟は

静かに結ばれたのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

また次の夜空で、お会いできたら嬉しいです。

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