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宮廷の星読み姫 ―無自覚天文官は皇帝との秘めた恋の運命《ほし》を読む―  作者: 麻倉ロゼ
第一章 「七夕」

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第一話 「天の川と、運命の出会い」

ご覧いただきありがとうございます。

今夜も星澪と承辰の物語をお届けします。

どうぞ最後までお楽しみください。

 七夕の夜だった。


空には満天の星が輝き、大きな天の川がどこまでも続いている。

そんな美しい星空の下、一人の青年が、暗い表情で歩いていた。


長い廊下。小さな灯籠が、はるか先まで並び、歩くたびに静かに影が揺れる。


「本当に……こんな所にいるのか」


小さな呟きは、夏の夜風に溶けて消えた。

静まり返った廊下には、自分の足音と虫の声だけが響く。

やがて、目の前に小さな門が姿を現した。


青年は袖から鍵を取り出す。

星図が彫られた小さな鍵を鍵穴へ差し込み、ゆっくりと回した。


静かに門が開いた、その瞬間――


視界が一気に開け、頭上いっぱいに満天の星空が広がった。


「……っ」


思わず息を呑む。


星空など毎日見ている。それなのに、初めて目にしたような

感動が胸を駆け抜けた。

視線を横に向けると、大きな石碑が目に入った。


背丈の倍はあろうかという巨大な石碑だった。

上半分には壮大な天文図。

細かな星々と、三垣さんえん二十八宿にじゅうはっしゅくを示す線が精緻に刻まれ、

金で彩られた星々が灯籠の明かりを受けて静かに煌めいている。

その下には、びっしりと刻まれた図説。


「星図か」

青年は石碑へそっと手を伸ばした。


――その時だった。


「星をお探しですか?」


上から、澄んだ声が降ってきた。


「うわっ!?」


驚きのあまり、青年の声が裏返る。

反射的に振り返り、見上げる。そこには高い楼閣があった。


その最上階に、一人の少女が夜空を見上げていた。

星明かりに照らされた長い髪は淡く輝き、その瞳には満天の星が映る。

それはまるで、夜空だけが彼女を照らしているようだった。


青年は思わず見惚れ――


「……織姫みたいだ」

知らず知らずのうちに、そう呟いていた。



楼閣から降りてきたのは、一人の少女だった。

背丈も年頃も、自分とそれほど変わらないように見える。


「今宵の星をお探しでしたか?」

澄んだ声が静かな夜に響く。


「いや。星読み姫と呼ばれる者に会いに来た」


青年は少女を見つめた。


「星読みの才に溢れ、この国で右に出る者はいないと聞いた。

名は確か――星澪せいれい


少女は小さく目を瞬かせる。


「星読み姫……か、どうかは分かりませんが、

天文台におります星澪は私だけでございます」


「君が?」


青年も思わず目を丸くした。


「才女と名高い星読み姫?」


改めて少女を見つめる。

そこにいたのは、ごく普通の少女だった。

勝手に、白髪交じりの老天文官でも現れると思っていたのだ。


「はあ……当てが外れた……」

青年は大きく項垂れた。


「……もう駄目だ」

頭を抱え、その場にしゃがみ込む。


「何もかも上手くいかない。不安しかない……!」


はあああ……と、盛大なため息が漏れる。

わざわざここまで来たのに、無駄足だった。


「ご期待に添えず、申し訳ございません。皇帝陛下」


少女は静かに頭を下げた。


「な、なぜオレが皇帝だと分かった!?」

青年は慌てて立ち上がる。


「即位したばかりだぞ!」


「ご即位の日取りを決める際、星を読み、天の儀に最も

相応しい日を選定させていただきました」

星澪は穏やかに微笑んだ。


「式典でお顔を拝見いたしましたので」


「……では、本当に君が……この国の

天文官一の才女、星読み姫なのか!?」


「そのような大層なものでは……皆様が大袈裟に仰っているだけです」


皇帝は腕を組み、しばらく考え込んだ。


(本当に噂通りなのだろうか)


「……ならば試そう」


「明日、夕方から重要な式典がある。

皆は晴れるから心配するなと言うが……。

噂通りの才なら、明日の天気を読んでみせろ」


「明日の天気」


星澪は静かに夜空を見上げた。

そして、ゆっくりと目を閉じる。

まるで星の囁きに耳を澄ませるように。


やがて瞼を開き、真っ直ぐ皇帝を見つめた。

星を映した瞳が静かに揺れる。


「明日は正午まで晴れ。式典が始まる夕刻より

雲が広がり、雨となります」


「なんだと!? 雨!?」


「はい」


「確かなのか!?」


「はい。星が、そのように示しております」


「はあああぁぁ……!」

皇帝は再び頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「また雨か……!」


「雨では、何か問題がおありなのですか?」

星澪は首を傾げた。

 

「オレが即位してからというもの!何かあるたび急に雨になる!

徳が足りないとか!天に認められていないとか!

民は好き勝手に噂する!もう不安しかない!」


「今は小暑しょうしょ。局地的な雨が降るのは自然のことわりでございます」

星澪は穏やかに答えた。


「陛下の徳とは関係ございません。

もちろん、天に認められていないことも」

迷いのない声だった。


皇帝は思わずその瞳を見つめる。


「……本当に?」


「はい」


「雨は……オレのせいではないのか?」


「この季節の雨は、熱せられた大地を冷ます恵みの雨。

陛下にとっても、きっと恵みとなるでしょう」


「……そうか」


皇帝は腕を組み、しばらく考え込んだ。

まだ半信半疑ではあったが、小さく礼を告げ、その場を後にした。



 翌日。

星澪の星読みは、一分の狂いもなく的中した。


式典が始まると同時に青空は雲に覆われ、

皇帝が祝詞のりとを奏上した瞬間、

雷鳴が轟き、雨が降り始めた。


臣下たちは青ざめた。


――まずい。


何事にも後ろ向きで、誰よりも心配症な陛下が、また取り乱される。


誰もがそう思った。

しかし。


「……本当に、当たった」


皇帝は呆然と空を見上げていた。

 

「言ってた通りだ」

 

心の準備ができていたおかげか。

祝詞のりとを噛むこともなく。足を滑らせることもなく。

式典は無事、滞りなく終わった。


「あの者は……本当に星読み姫だったのか」


その日以来。

皇帝は星澪のもとへ足繁く通うようになる。


――自分の精神安定のために。





【用語解説】


古代中国の「星座」は、

天球を区切るための「星宿せいしゅく(二十八宿)」

役所や人物・道具などに見立てた小グループ「星官せいかん

北の空の大きな三つの星域「三垣さんえん

といった単位で構成された、

「天上の国家(宮廷)の地図」を表している。


三垣さんえん

北の空を三つの大きな区画に分けたもの。

紫微垣しびえん

太微垣たいびえん

天市垣てんしえん

この三つと、黄道帯の二十八宿を合わせて

「三垣二十八宿」と呼び、星空全体の骨組みとなっている。


二十八宿にじゅうはっしゅく

月や太陽が通る道を二十八に区切った星座の区分。

東西南北に七つずつ分けられている。

月や太陽・惑星の位置を測るための座標として、二十八宿が使われた。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

また次の夜空で、お会いできたら嬉しいです。

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