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宮廷の星読み姫 ―無自覚天文官は皇帝の恋心を知らない―  作者: 麻倉ロゼ
第四章 「彗星」

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第四話 「紫微星と、はじめての恋」

ご覧いただきありがとうございます。

今夜も星澪と承辰の物語をお届けします。

どうぞ最後までお楽しみください。

 拝殿へ再び呼ばれた天文官たちは、星澪せいれいの泣き腫らした顔を見るなり、

一斉に承辰しょうしんへ重たい視線を向けた。


――我らの妹分に、何をした。

そんな無言の圧力が、拝殿いっぱいに漂う。


「……誤解だっ!」

承辰は思わず小声で抗議した。



 その日。承辰は天文官たちと宮廷の重臣を集め、

彗星が示した天の啓示を、自らの口で公表した。

そして、自らの統治の至らなさを認めるみことを発し、

側近や臣下に責を負わせることなく、そのすべてを

皇帝である自らが背負った。


若き皇帝は、一つひとつ具体的な救済策と改革案を示していく。


東州への備蓄米の放出。水路の整備。

税の軽減。人員の派遣。

その迅速な対応は、宮廷のみならず、

国中の混乱を少しずつ鎮めていった。


まだ被害が出ていなかった頃、宮廷内や

地方の権力者からは反発の声が上がった。

しかし、承辰は粘り強く説得を続け、協力を求めた。


その傍らでは、星澪が昼夜を問わず星を読み続け、

承辰を支え続けていた。


やがて数か月が過ぎる。

東州では日照りと長雨が続き、収穫は確かに

例年を大きく下回った。


だが承辰は、あらかじめ備えていた。

穀倉を開き、税を軽くし、人を動かす。

最も被害が大きかった東州、辺境の地へも。

人々が飢える事なく、食糧を届けさせた。


その結果、飢えに苦しむ民は最小限に抑えられ、

大きな暴動も起こることなく、国は再び落ち着きを取り戻していった。


彗星は日ごとに尾を短くし、やがて夜空から静かに姿を消した。

 

人々は口々に語った。


「若き皇帝は、彗星の災いに打ち勝たれた」


「天は、陛下をお認めになったのだ」


そんな噂は、やがて都中へと広がっていった。



 季節は巡る。

冬の星は西の空へ沈み、春の星が夜空を彩る。

そして春が過ぎる頃には、夏の星々が再び姿を

現し始めていた。


いつしか、承辰と星澪が初めて出会った、

あの夏が近づいてくる。

七夕まで、あとわずか――。


「あっという間だったな」


承辰は、久しぶりに水運儀象台すいうんぎしょうだいの最上階で夜空を見上げていた。


「天の川が、もうあんなに高い」


宵のうちだというのに、白く輝く天の川は天頂近くまで昇っている。


「はい。今日は雲も少なく、絶好の観測日和でございます。」


承辰の隣で、星澪が穏やかに微笑んだ。


「……綺麗だな」


承辰は、夜空ではなく、その横顔を見つめながら呟く。


「もう少し遅くなれば、もっと星が綺麗に見えますよ」


「いや、星じゃない」


思わず口にしてしまい、承辰は慌てて言い直す。


「……いや、星ではあるんだけど」


歯切れ悪く言葉を濁す。

星澪はその意味に気づくことなく、いつものように

静かに夜空を見上げていた。



「明日は政務も落ち着いている」


承辰は穏やかに笑った。


「少し早めに来るよ」


二人は並んで、水運儀象台から天文台の門へ向かって歩く。


「かしこまりました。お待ちしております」


星澪は優しく微笑んだ。


夜風が吹き抜け、二人の髪と袖をそっと揺らす。

風に乗って、星澪の衣に焚きしめられた香の香りが、

ふわりと承辰へ届いた。

その香りだけで、胸の奥が甘く、くすぐったくなる。


――もうすぐ。出会って、一年。

隣を歩く星澪の存在を、承辰は静かに噛みしめた。

どんな時も、そばで星を読み、自分を支え続けてくれた人。


気づけば、その存在は承辰の心いっぱいに降り積もり、

夜空の星のように静かに輝いていた。


(決めた)


承辰は胸の内で、そっと誓う。


(七夕の日に――)


(星澪へ、この想いを伝えよう)


その決意を確かめるように。

承辰は、そっと星澪の手を握った。


「……承辰様?」


星澪が小さく目を見開く。

指先が、かすかに震えた。


「門まで」


承辰は照れ隠しのようにそう言うと、

その手を引いて歩き出した。


やがて、いつも別れる天文台の門へたどり着く。

承辰は名残惜しそうに、その手をゆっくりと離した。


「おやすみ。また明日」


柔らかく笑う。


「はい。おやすみなさいませ」


星澪も微笑み返した。


承辰の姿が闇へ溶けていく。

星澪はその背中が見えなくなるまで、門の前で

静かに見送っていた。


やがて、そっと自分の手を見つめる。

先ほどまで包まれていた指先が、

信じられないほど熱かった。


「……」


胸が高鳴る。


どくん。


どくん。


鼓動は少しも静まらない。

星澪は何度も深呼吸を繰り返し、胸へ手を当てた。


「どうして……」


ふと夜空を見上げる。

澄み切った空には、紫微星しびせいがひときわ眩しく輝いていた。


「紫微星……」


皇帝を司る星。

自然と、その名が胸に浮かぶ。


「――承辰様」


そっと名前を口にした、その瞬間だった。

胸の奥が、大きく震えた。

息を呑むほどの衝撃に、視界いっぱいへ星が散る。


「どうして……」


星澪は自分の胸を押さえる。

名前を呼んだだけで。

笑顔が浮かぶ。声が聞こえる。

手の温もりが、まだ指先に残っている。


「どうして、こんなにも……」


静かに目を閉じる。


「承辰様で、いっぱいになってしまっているのでしょう」


その呟きは、夏の夜風に乗り、満天の星空へと静かに溶けていった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

また次の夜空で、お会いできたら嬉しいです。

続きが気になりましたら、ブックマークで

見守っていただけますと励みになります。


*平日10時ごろ更新(週5更新)/全21話・8/14完結予定。

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