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宮廷の星読み姫 ―無自覚天文官は皇帝の恋心を知らない―  作者: 麻倉ロゼ
第四章 「彗星」

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第三話 「天の答えと、揺るがぬ心」

ご覧いただきありがとうございます。

今夜も星澪と承辰の物語をお届けします。

どうぞ最後までお楽しみください。

 拝殿には星澪をはじめ、天文官たちと

太史局の者たちが集まっていた。


誰もが神妙な面持ちで膝をつき、

皇帝――承辰しょうしんを迎える。


承辰が姿を現した瞬間。

拝殿の空気は、さらに重く沈んだ。

その空気だけで、承辰は悟る。


――結果が出たのだ。


若き皇帝を前にしても、誰一人として口を開こうとしない。


「……わかったか」


承辰は静かに問いかけた。

そして視線を星澪へ向ける。


その瞬間、息を呑んだ。


いつも凛としている星澪の姿はなかった。

視線は定まらず、小さく肩を震わせている。


「……星澪?」


思わず駆け寄る。


「どうした」


星澪ははっと我に返ったように顔を上げた。

目の前に承辰がいることを理解できず、

しばらく呆然としている。


「……承辰様」


吐息のような、小さな声。

揺れる瞳は、みるみる涙の膜で潤み始めた。

ただ、承辰を見つめることしかできない。

その変わりように、周囲の天文官たちも

動揺を隠せなかった。


承辰は静かに皆を見渡し、目だけで合図を送る。


――二人だけにしてくれ。


誰も言葉を発さず、静かに拝殿を後にしていく。

司明しめいだけが一度振り返り、承辰を見つめた。


承辰は小さく頷く。

――大丈夫だ。


司明は静かに一礼し、扉を閉めた。


拝殿には、二人だけが残る。

承辰は星澪に向かい合った。


「星澪」


優しく名を呼ぶ。


「真実を教えてくれ」


星澪は小さく首を振った。


「……申し上げられません」


「オレには知る権利がある」


沈黙が落ちる。


「……」


「なぜ黙る」


「……」


「星澪。オレを見ろ」


「……」


「星澪」


「……っ」


星澪の唇が震えた。


「あなたを……」


次の瞬間。


「あなたを失うかもしれないのに!!」


抑え込んでいた感情が、一気に溢れ出した。

同時に、涙も堰を切ったように流れ落ちる。


「星は……間違えません」


震える声で続ける。


「でも……。私……こんな気持ちになるなんて……」


涙は止まらない。

こんなにも感情のまま泣いたことなど、

一度もなかった。


「星澪」


承辰はそっと両手を包み込む。

冷え切ったその手を、優しく温めるように。

星澪は子どものように泣きじゃくっていた。


「泣かなくていい」


承辰は星澪を見つめ、穏やかに微笑む。


「大丈夫だから」


その一言だけで、不思議と胸の痛みが少し和らぐ。

承辰は静かに続けた。


「星は、過ちを告げるだけじゃないだろう?

どう正すべきかも、きっと道を照らしているはずだ」


「オレは。星澪の読む、その先を聞きたい」


星澪はゆっくり顔を上げた。


「……その先で。皇帝の座を失うことになっても?」


「構わない」承辰は迷わず頷く。


「承辰様が……その責を負うことになっても?」


声はかすれていた。

承辰は真っすぐ星澪を見つめ返す。


「それなら。オレはいかに改めれば、民を救えるのか。

オレの座を守るのではなく。天下を守る方法を、星に問いたい」


その瞳には、一片の偽りもなかった。

星澪は息を呑む。


「……なぜ。そこまで言えるのですか?」


この方は――。


「怖くはないのですか?」


承辰は少しだけ苦笑した。


「怖くない……と言ったら、嘘になってしまう」


その正直な答えに、星澪の瞳が大きく揺れた。

再び涙が頬を伝う。

承辰はそっと指先で、その涙をぬぐう。

そして静かに言った。


「――オレは、星澪を信じている」


一拍置き、柔らかく微笑む。


「星を信じられるようになったのも、君のおかげだ」


その温もりが、指先から胸へと伝わる。

心臓が、小さく震えた。

――トクン。

星澪は一度目を閉じ、ゆっくりと開く。

迷いは消えていた。


「……すべて、真実をお話しいたします」


私は。何があっても、このお方をお助けする。

そう、静かに覚悟を決めた。



「この彗星は、東方青龍の地に現れ、

東方の『天の倉』と『天の田』をかすめております」


星澪は星官図を広げ、静かに説明を始めた。


「東は春と農事、そして諸侯を司る方位にございます。

星書には、『倉を犯すときは穀尽き、

田を犯すときは百姓飢う』と記されております」


星澪は指先で、東の空を横切る彗星の軌跡を静かになぞった。


「天が皇帝の徳を責め、そのゆがみがまず東の田野に現れる――。

今年、東州は飢えの年となる兆しにございます」


承辰は静かに頷いた。


「……飢饉ききんを示す彗星だったか」


「はい」


「つまり、東州が飢えるということだな」


「はい」


承辰は迷うことなく言った。


「ならば、今から備えればいい」


「穀倉を開く準備を進める。備蓄を確認し、水路も点検する」


「民への被害は、必ず最小限に抑える」


その声には、迷いはなかった。


「天は飢饉を示したなら――

オレが民を飢えさせなければいい」

 

そして、真っ直ぐ星澪を見つめる。


「天には、オレのできるすべてを見せ、必ず認めさせてみせる」


その姿は、星澪がいつも見ている承辰ではなかった。

一国を背負う、皇帝の顔だった。

思わず息を呑み、見入ってしまう。


「……はい」


星澪は静かに頷く。

だが、すぐに表情を引き締めた。


「ですが――」


一呼吸置き、承辰を真っ直ぐ見つめる。


「貴方様の徳が足りないなど、決してございません」


まだ涙を湛えた瞳で、きっぱりと言い切った。


承辰は照れくさそうに頭をかく。


「……そう言ってくれるのは嬉しいけど。

オレは即位してから失敗ばかりの皇帝だからな。

天だって、さぞ呆れているだろう」


「そのような事は……」


「爺に聞いてみろ。全部知ってる」


その気まずそうな笑顔は、先ほどまでの

威厳ある皇帝の姿とはまるで違う。

どこか無邪気な少年のようだった。


その笑顔につられ、星澪も思わず小さく微笑んだ。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

また次の夜空で、お会いできたら嬉しいです。

続きが気になりましたら、ブックマークで

見守っていただけますと励みになります。


*平日10時ごろ更新(週5更新)/全21話・8/14完結予定。

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