第二話 「天の啓示と、信じるもの」
ご覧いただきありがとうございます。
今夜も星澪と承辰の物語をお届けします。
どうぞ最後までお楽しみください。
彗星の出現により、国中は騒然となっていた。
新たな時代の幕開けを祝う空気は、不吉な光によって塗り替えられ、
人々の暮らしにも大きな影を落としている。
彗星の光は日に日に強さを増し、それに伴って
様々な噂が広がっていった。
「天がお怒りだ!」
「暦を改めたせいだ!」
「敵国侵略の兆しか!」
「政策に携わった者たちを罰すべきだ!」
宮廷内でも、至るところで彗星についての
議論が繰り広げられていた。
「太史局からの上奏は、まだなのか?」
承辰は執務机の上に置かれた竹簡を、
指先で軽く叩きながら尋ねた。
「陛下。太史局では、今まさに審議の最中にございます」
靖遠は神妙な面持ちで答える。
「はあ……」
承辰は深くため息をつき、椅子へ身体を預けた。
執務机の上には、過去数百年にわたる彗星出現の記録が
山のように積まれている。
――彗星。
古くより不吉の象徴として恐れられてきた星。
その出現は天からの啓示とされ、国が、そして何より皇帝が
天に認められているかどうかを示すものと信じられてきた。
良くも悪くも、それは「天の証」だった。
「……記録に残る彗星は、どれも災いばかりだな」
承辰は記録書へ目を落とし、小さく呟く。
そこには、彗星の出現後に起きた内乱、
疫病の流行、皇族の死など、数々の災厄が記されていた。
「吉兆となった例もございます。
憶測だけで物事を決めてはなりませぬ」
靖遠は静かに諭す。
「分かってる」
承辰は立ち上がり、窓辺へ歩み寄った。
窓の外には、不安に包まれた都の街並みが広がっている。
「早く事態を収めないと、このままじゃ民が混乱する」
実際、彗星を口実に宮廷内では派閥争いが
激しくなり始めていた。
都の人々もまた、不安と緊張の中で日々を過ごしている。
「一刻も早く、この騒ぎを鎮めてやりたい」
その言葉に、靖遠はふっと目元を緩めた。
「以前の陛下でしたら、真っ先にご自分を責めておられましたな」
承辰は静かに首を振る。
「責めても、天は変わらない」
その落ち着いた一言に、靖遠は思わず微笑んだ。
(本当に……)
(以前とは比べものにならぬほど、ご立派になられた)
承辰は夕暮れの空を見上げる。
西の空には、一番星。
そして、東の空には、不気味な尾を引く彗星が
静かに輝いていた。
「星は、間違えない」
ぽつりと呟く。承辰は焦らなかった。
ただ静かに、天の答えを待つ。
この国には。
彗星が何を示し、この先どこへ向かうべきかを
導いてくれる――
歴代随一の星読み姫がいるのだから。
*
天文台、執務室。
作業台の上には、大きく広げられた星官図。
その上を、星澪の指が静かになぞっていた。
「彗星が現れた場所は、東方、青龍の地……。
青龍七宿が現すのは、春……農事」
そして。その意味。
「――皇帝の徳の衰え」
かすれた声が、静かな執務室に落ちる。
天が皇帝の統治を許さず、徳に欠けた者である。
それは――天が皇帝を認めない証。
その啓示によって、歴代の皇帝は玉座を失い、
ときには命さえ落としてきた。
何百年、何千年と積み重ねられてきた天文の記録が、
それを物語っている。
その重みを、誰よりも知っているのは星澪だった。
「……星は、間違えない」
震える声で呟く。
「私は……星を信じると決めました」
早く、お伝えしなければ。
それが天文官としての務めなのだから。
けれど――。
「星に従えば……承辰様を失うかもしれない」
彗星が現れた位置を、指先でそっとなぞる。
長く伸びた尾をたどるように、ゆっくりと。
「承辰様を守ろうとすれば……今度は、星に背くことになる」
指先が止まる。
「承辰様を……失いたくない」
その言葉を口にした瞬間。
星澪の表情が、大きく歪んだ。
「どうして……」
星を信じなければ。
私は、何を信じればいいのだろう。
星を裏切るのなら。
私は何のために、これまで天を見続けてきたのだろう。
分からない。
「……こんな気持ちになるなんて」
震える指で、そっと顔を覆う。
その時――。
とん、とん。
静かな執務室に、扉を叩く音が響いた。
「星澪」
司明の声だった。
「時間だ。陛下がお待ちだ」
【用語解説】
・彗星
古代中国では、彗星は大きな災いの前兆と考えられていた。
また、「朝廷の徳や政治に感応して現れる」とされ、
天が政治を評価するしるしとして受け止められていた。
尾の長さや太さ、広がり方、先端が割れているか
尖っているかなどによって、災いの種類や
大きさを読み分けていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
また次の夜空で、お会いできたら嬉しいです。
続きが気になりましたら、ブックマークで
見守っていただけますと励みになります。
*平日10時ごろ更新(週5更新)/全21話・8/14完結予定。




