第一話 「不吉の象徴と、芽吹く想い」
ご覧いただきありがとうございます。
今夜も星澪と承辰の物語をお届けします。
どうぞ最後までお楽しみください。
暦の改訂もつつがなく終わり、新たな暦のもと、
新たな時代が幕を開けた。
季節は冬を越え、二十四節気の始まり
――立春を迎えようとしていた。
「儀式ばかりだ……」
早朝から続いた式典を終え、承辰はぐったりと長椅子へ寝転んだ。
足を投げ出したまま、今にも眠ってしまいそうだ。
「陛下」
靖遠がじろりと横目を向ける。
「皇帝としての自覚が、まだまだ足りませぬぞ」
髭を撫でながら、呆れたように言った。
「仕方ないだろ」
承辰は不貞腐れたように唇を尖らせる。
「新年が明けてから、立春を迎えるまで、
式典と儀式ばかりだ」
そして、ぽつりと本音が漏れた。
「……忙しくて、全然会えない」
靖遠は深いため息をつく。
(ようやく皇帝らしくなられたと思っていたのだが)
(想い人のこととなると、年相応……いや、すっかり子どもですな)
その時だった。
「立春から、新しい一年の気が立つ、と申します」
執務の間へ、涼やかな声が響く。
承辰の肩がぴくりと跳ね、勢いよく起き上がる。
「暦ではすでに新しい年へ入っておりますが、
星の気はなお、冬の名残にございます」
「立春をもって、真の一年が動き始めます」
巻物を抱えた星澪が、静かに歩いてきた。
「星澪!」
承辰の表情が一気に明るくなる。
「承辰様。今後の式典の日取りが決まりましたので、
お持ちいたしました」
星澪は柔らかく微笑んだ。
その笑顔を見た瞬間。
(抱きしめたい)
承辰は込み上げる衝動を、必死に押し込めた。
「陛下」
靖遠が肘で小突く。
「本日の政務はこれにて終了でございます。
星澪殿と庭園でも散策されてはいかがですかな」
「そ、そうだな!星澪!時間はあるか?」
「ちょうど観測記録をまとめ終えたところでございます。
ご一緒いたします」
「よし!では行こう!
爺、茶と甘味を庭園へ運ばせてくれ!」
そう言うなり、承辰は星澪の手を取り、
そのまま庭園へ向かって歩き出した。
「いやはや……」
靖遠は二人の背中を眺めながら、のんびり呟く。
「若いですなあ」
*
二人は並んで庭園へ向かった。
外へ出ると、冷たい冬の空気が頬を撫でる。
庭園は一面の雪に包まれ、木々の枝には白い雪が
静かに積もっていた。
夏には青々と茂っていた草木も、今は雪化粧をまとい、
まるで別の庭園のようだった。
「あの……承辰様」
星澪が遠慮がちに声を掛けた。
「ん?あっ!」
承辰はようやく、自分が星澪の手を
握ったままだったことに気付いた。
慌てて手を離す。
「すまない」
「いえ」
星澪は特に気にした様子もなく答え、庭園へ視線を向ける。
(……離さなければ良かった)
承辰は指先へ残る温もりを惜しむように握り締めた。
「一面、雪景色ですね」
そんな承辰の心など知らず、星澪は新雪を踏みしめながら歩いていく。
昨夜降った雪は庭園一面を白く覆い、陽の光を受けて
眩しく輝いていた。
屋根からは雪解けの雫が、ぽたり、ぽたりと落ちている。
「承辰様、見てください」
星澪が指差した先には、梅の枝。
固かった蕾が、ほんの少しだけ膨らみ始めていた。
「春が、少しずつ近づいていますね」
「そうだな」
承辰は白い息を吐く。
足元には薄く氷の張った小川が流れていた。
ここは、二人が初めて流星群を見上げた場所。
「あれから随分経ったな」
「はい」
「今年の流星群も、またここで見たい」
何気なく漏れた言葉だった。
「はい。ご一緒いたします」
星澪が微笑む。
柔らかな陽光が、その横顔を優しく照らしていた。
承辰は思わず見惚れる。
(今なら……)
(伝えてもいいんじゃないか)
ごくり、と喉が鳴る。
(オレは、星澪のことを)
(誰よりも大切に想っている)
(ずっと、そばにいてほしい)
(いや……もっと真っ直ぐ伝えよう)
承辰は拳を握った。
「星澪、オレは――」
「陛下」
後ろから声が響く。
「お茶の準備が整いました」
承辰はその場で固まった。
「承辰様?あの……」
星澪が袖を軽く引く。
「……なんて間の悪い」
承辰は小さく肩を落とした。
*
その夜。星澪は一人、水運儀象台で星を観測していた。
暦作りと新年の星読みが続き、こうして静かに
星を眺めるのは久しぶりだった。
西には冬の星。
東には春の星が姿を現し始めている。
夜空でも、季節はゆっくりと移り変わり始めていた。
「昴宿も……参宿も。
まだ承辰様へ、お話ししていない冬の星がたくさんあります」
星澪は少しだけ寂しそうに夜空を見上げた。
「承辰様と、もっと見られたらいいのに」
何気なく漏れたその一言に、自分自身が驚いた。
「……どうして」
きっと星の話を、まだ伝え足りないから。
そう思い、目を閉じると浮かぶのは、承辰の姿。
とくん――胸が、小さく高鳴る。
星澪は頭を振り、小さく息を吐いた。
「観測に集中しなければ」
意識を集中させ、再び夜空を見上げる。
その時だった。
「――あれは」
東の空。
見慣れぬ淡い光が、長い尾を引いていた。
「まさか……!」
星澪の瞳が大きく揺れる。
その不吉の象徴は、瞬く間に天文官たちを震撼させた。
そして数日後――。
晴れ渡った夜空には、
都中の誰もが見上げるほど巨大な彗星が姿を現していた。
【用語解説】
・昴宿
現代のおうし座のプレアデス星団にあたる星域。
多くの小さな星が集まって輝くことから、
中国では「昴日鶏」とも呼ばれ、
大きな雄鶏にたとえられた。
・参宿
現代のオリオン座の三ツ星とその周辺にあたる、
冬の夜空でひときわ目立つ星域。
古代中国でも、「参」は冬の北天を代表する星官の一つとされ、
多くの神話や伝承に登場する。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
また次の夜空で、お会いできたら嬉しいです。
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*平日10時ごろ更新(週5更新)/全21話・8/14完結予定。




