第5話 「Web小説という避難場所」 異世界、勇者、夢の世界。 スマホの中だけが心を癒してくれた。
その夜。
俺はリビングの隅で、
無言のままスマホを弄っていた。
嫁は何も言わなかった。
ただ、
温かいお茶をテーブルに置いて、
静かに隣の部屋へ行った。
たぶん、
そっとしておいてくれたんだと思う。
俺はスマホを見つめる。
開いていたのは、
いつものニュースでも、
動画サイトでもない。
――Web小説。
最初は暇つぶしだった。
現実から少しだけ逃げたかった。
ただ、それだけ。
でも、
気づけば毎晩読んでいた。
異世界。
冒険。
魔法。
人生やり直し。
追放されたオッサンが最強になる話。
何者でもなかった人間が、
誰かに認められる物語。
子供の頃、
布団の中で夢中になって読んだ冒険小説みたいだった。
忘れていた感覚。
「続きが読みたい」
そう思える気持ち。
胸が少しだけ動く感覚。
なのに――
涙は止まらなかった。
画面を見ながら、
ぽろぽろ涙が落ちる。
自分でも意味が分からない。
感動してるのか。
苦しいのか。
寂しいのか。
たぶん、
全部だった。
でも不思議と、
少しだけ気が楽になった。
現実では、
上手く笑えない。
上手く話せない。
何をしても焦る。
なのに、
この世界の中だけは違った。
誰かが自由に夢を書いている。
年齢も、
肩書きも、
関係ない。
学生も、
社会人も、
オッサンも。
みんな、
自分の“好き”を書いていた。
端から見れば、
現実逃避かもしれない。
「鬱なんじゃない?」
そう言われるのかもしれない。
実際、
俺自身もそう思った。
でも――
今の俺にとって、
この場所は、
確かに“救い”だった。
現実が苦しくても、
スマホの小さな画面の中には、
まだ夢があった。
そして、
そんな夢だらけの世界を見ながら、
俺は初めて思った。
「……俺も、書いてみたい」
震える指で、
投稿ボタンの近くを、
何度も行ったり来たりしながら。




