ロレッタ4
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面会した後、クライヴはすぐに国境に向けて旅立った。
きっとウェリントン辺境伯の治める領に着いてから手紙が来るのだろうと思っていたら、なんと出発数日後には一通目が来た。
その後も続けて手紙が届く。
『手紙って何を書けばいいか分からないものだな…今はゴルダという地域にいる。宿屋に宿泊したから夕飯はそこで食べたんだ。ただ、あの宿はシチューが水みたいに薄いからおすすめしない。ゴルダでそこには絶対泊まらない方がいい。あと、夜にムカデが出るんだ』
シンプルで質のいい便箋に書いてある内容は、子供の日記よりも酷かった。
ムカデって婚約者に宛てた手紙にわざわざ書くことなの? 重要な追伸みたいに書いちゃって。
『今日は目の前を鹿の家族が通ったんだ。立ち止まってじっと見られたから、自分が侵入者にでもなった気分だった。鹿の目って不思議だよな、ものすごく黒くて吸い込まれそうになるけど、角度によっては紫にも見えた』
手紙にはなぜか鹿しか登場しない時もある。反応に困る。
『今日通った街にはキャラハン伯爵の商会の店があった。にぎわっている様でなぜか俺が誇らしかった。もうすぐウェリントン辺境伯が治める領に到着する』
手紙の枚数を重ねていくと、中身は段々進化していった。
水みたいに薄いシチューや鹿の目になんと反応したらいいか分からなかったので、ロレッタは返事を書かなかった。いや、書けなかったのだ。
だって「水みたいなシチューとムカデは嫌ね。今度の宿はもっといいところに泊まってね」なんて書いたら痛い女ではないか。まるで妻か恋人気取りだ。今は婚約者だけど……。半年間無視されて再構築中の婚約者が正しいのか。
すでにクライヴを許したようなことは、なるべく書きたくない。
そんなことを書いたら、クライヴは気を抜いてあちらで女性騎士に浮気するかもしれない。それか酒場の女の子とか。
ダメだ。学園でも不安だったのに、離れたら余計に不安だ。だって、ロレッタはずっとクライヴと釣り合っていないというように学園で言われていたのだから。
返事には困っているが、クライヴが苦手なのに頑張って書いてくれていることは伝わってきた。
馬車ではなく馬で向かっているので、彼は一週間もかからずに国境付近のウェリントン辺境伯領に到着した。
その時になって、ようやくロレッタは返事をしようと思った。
しかし、便箋に向かうと何を書けばいいか分からなかったので、四葉のクローバーを押し花にした栞を手紙の代わりに送った。
送ってから、クライヴは本を大して読まないのにバカなことをしてしまったと後悔したが、しばらくして喜びの返信がきたのでホッとする。
「お返事はどの便箋にされますか? 商会の新商品のレターセットもございます」
ロレッタの表情変化を見ていた侍女にそう尋ねられて、思わず緩んだ口元を引き締める。他人から見てもロレッタは今すぐ返事が書きたそうな雰囲気だったのだ。
ロレッタは現在、学園も休んで茶会にも参加していない立派な引きこもりだ。招待は来ているのだが、面白おかしい話題提供枠として招かれていることが透けて見えるのですべてに欠席している。他二人の令嬢も同様だ。
そんな退屈な毎日の中で、クライヴの手紙を心待ちにしてしまっている。
天候や配達の関係で届いていないと分かると、自分でも驚くほどがっかりするのだ。
これではいけない。
クライヴからの手紙を指折り待っているようでは、以前のロレッタと一緒だ。クライヴから話しかけてくれないかなとずっと待っているだけのロレッタに戻るのは嫌だ。
ひとまずは無事に到着して良かったという短い手紙を書いて送り、父に商会の翻訳仕事を手伝わせてほしいと頼みこんだ。
母は商会の仕事は何もせず、パーティーで商品を身につけて父の隣で微笑んでいるだけなのだが、ロレッタは外国語の勉強だけはかなりやっていた。外国語の成績だけは学園でも誇れるものだった。
でも、これまで商会の仕事には携わらせてもらえなかった。父たちはロレッタのことを母と同様に扱うのだ。
頼み込むと、案外すんなりと父は許可してくれた。
ロレッタがやっと主張を始めて、母とロレッタは違うと認識してくれたのかもしれない。
暇だったらクライヴのことばかり考えてしまう。
どんな手紙を書こうかとか、次はどの便箋がいいかとか、うっかりクライヴの髪や目の色で刺繍をしてしまう。
『辺境伯軍に最初は帯同して、森に慣れていっているところだ。ロレッタがこの前栞をくれたから、真似して押し花にして贈ろうと思ったんだが、どうにも花がボロボロになってうまくいかない。うまくいったやつもあるんだが、毒のある花だったらしくて……さすがにまずいよな。ごめん』
『やっと訓練にも慣れてきた。こっちの方が王都よりも寒く感じる。そっちはそろそろ朝晩涼しいんじゃないか? ロレッタは風邪をひいてないか?』
『ハンカチありがとう。家宝にする』
『今日は辺境伯軍の騎士たちが赤い魔石を採ったところを見たんだ。赤い魔石が一番数が多いらしくて、青は珍しいそうなんだ。一番希少なのは緑や紫なんだって』
商会の仕事の手伝いは最初こそ大変だったが、慣れてくると自分の成長や成果が見えるから楽しい。父と兄が仕事をしている様子も見ることができて、尊敬の念も湧いてきた。
相変わらず、クライヴに手紙の返事はぽつぽつとしかしていない。刺繍したハンカチもこの前送ったが、短いメッセージをつけただけだ。それでも、クライヴは有言実行で毎日手紙を送ってくれている。
青はロレッタの目の色だ。クライヴは青い魔石を持って帰ると誓ってくれた。
この手紙の中に、今のクライヴをずっと閉じ込めておければいいのに。
だって、今のクライヴなら絶対にロレッタを無視せずに一番に考えてくれるから。
魔石を持って帰ってくれたらそれはもちろん嬉しい。でも、クライヴのロレッタへの思いは今が最高潮だろう。
それなら、今のこのままのクライヴをそのままどこかに閉じ込めたい。
不器用でもこんな手紙を送ってくれる彼のことを。
そんなことを考えたからいけなかったのか。
ある日を境にぱたりと手紙は届かなくなった。




