クライヴ1
いつもお読みいただきありがとうございます!
長くなったので二つに分けました。明日も更新します。
「クライヴ・ベリエ。結局、あなたはロレッタ嬢のことはどう思っているのかしら。申し訳なく思っているのはよく分かったのだけれど、私にそんなに謝られても困るわ。ロレッタ嬢に謝りなさいな」
クライヴは久方ぶりに対面する細身の座っているだけの王女マグノリアを前に、気圧されるのを感じていた。留学から帰ってきてすぐにこの王女は魅了の件で関係のある各家を訪ねていたのだ。
王太子であるギデオンには似ても似つかない黒髪に緑の目。完全に国王の色だ。ギデオンは金髪碧眼で国王の色を全く受け継いでおらず、王妃そっくりなのだ。一方で、王女マグノリアは側妃の美貌と国王の色を受け継いでいた。
王妃の嫉妬が向くわけだ。クライヴでさえそう思った。
「どう、思っているか、などと……」
クライヴがマグノリアに最初に会ったのは、記憶が正しければ七、八歳の頃だ。
母親を早くに亡くしたせいか大人しく暗い可哀想な王女だと思っていたのに、なんだこの威圧感は。帝国に留学して何を勉強していたというのか。
「まぁ、あなたも部外者の私に首を突っ込まれるのは嫌でしょうね」
「そのようなことはございません」
他ならぬ国王が、王女にこの問題の解決を一任したのだ。
クライヴは魅了にかかってしまった側なので何も言えないが、被害者側だったら国王や王太子と面会して事件のことを根掘り葉掘り聞かれたら嫌だろう。
帝国に留学してあの事件が起きた際にこの国にいなかった王女だからこそ、まだ話をしようという気になるのかもしれない。
何よりも、側妃の娘である彼女が王妃に疎まれていたことは有名だ。王女でありながら王家側ではないというアピールにもなってしまっている。国王は王女を盾にしてうまく醜聞を回避しようとしているのか。
あるいはまさか、国王はギデオンではなくマグノリアを後継者にするつもりなのか。
王女を前にするまではそんなことはあり得ないと思っていたのに。でも、この王女なら人の上に立つのだろうという気はしてしまった。
「なら、早く答えてちょうだい」
「……彼女は……守るべき対象です」
「貴族らしく聞きすぎたわね。魅了に引っかかったとこれから何度蔑まれても、彼女と結婚して子供を作って死ぬまで一緒にいるほど好きで守りたいの?」
直球で問われて顎が外れそうになる。こんな問いかけは、正気に戻ってから誰にもされなかった。
家族には叱責されただけだ。
潔癖な母はとんでもなく怒っており、震えるほど恐ろしかった。今でも口をきいてもらえない。父は「この婚約で恩恵があったはずなのに。お前はそれを台無しにするのか。陛下に顔向けできない」という我が身可愛さの叱責だ。
知り合いの騎士たちは当事者ではないせいか「やらかしちまったな。魅了なら仕方ないよな~」と軽い。周囲のあまりの温度差に、クライヴは魅了が解けたにもかかわらず頭がおかしくなりそうだった。
クライヴ自身は魅了にかかってしまって、ただただ己が情けなかった。
情けなくて情けなくて死にたくなったのだ。己の弱さとロレッタを傷つけてしまったという罪悪感、そして家名に泥を塗ったこと。王太子ギデオンを諫められなかったこともだ。
「自分本位な婚約解消をして帝国に行ってこの度戻ってきた王女に本音は言いたくない?」
「いえ、そのようなことは思っておりません。ただ、そんな問いかけをしていただけるとは思ってもおらず」
「私もね、あなたたちの婚約がなくなると困るのよ。誰だって国が荒れると困るでしょう。最初に困るのが国民よ」
それは次期女王として困るのだろうか? ギデオンが国王になるとばかり思っていたのに、今ではギデオンのことが分からない。あの令嬢が捕まってから手紙のやりとりさえできていない。彼の側にいすぎたせいだろうか。
ギデオンからはこの王女のようなものを感じたことはなかった。
頭の出来に自信がないクライヴはぐるぐる考えすぎて頭が痛くなってきた。
「今や、世論は真っ二つ。魅了にかかったにしても浮気なのだから許さなくていいというのが一つ。もう一つは、魅了だから仕方がない。政略結婚なのだし些細な過ちくらい許すべき、女性側だって魅了にかかったら抗えないのだから、というもの」
王女は白い指を二本まっすぐ立てている。クライヴの周囲でもその通りの反応である。
「あなたたちが末永くうまくいけば、周囲は納得する。あんなことがあっても許すほどの真実の愛だったのだと証明できるわね。でも、婚約解消するなら他の婚約も見直さなくてはいけなくなるし、他にも色々と問題が発生するわね。そうなると真っ先に国民生活に影響が出るの」
そんなことは言われなくとも分かっている。
分かっていたのに、結果的にロレッタのことを酷く傷つけた。まさか、半年間も無視していたことになっていただなんて!
クライヴは魅了にかかっていた間、あの男爵令嬢がロレッタに見えていたのだ。そしてロレッタのことは全く見えなくなっていた。認識できなかったのだ。それが無視につながった。
だから、クライヴとしてはずっとロレッタと一緒にいたようなものだったし、もう一人の側近ルーフォスだって彼の婚約者と一緒にいた認識だったのだ。
傍から見れば一人の令嬢に三人の男が群がっていて異様なのだが、本人たちの認識はそうではなかった。
ただ一人魅了にかからなかった側近のアイザックだけはずっとうるさかった。「婚約者をないがしろにするな」とか散々注意されてうるさかったからあまり聞いていなかったが、魅了が解けてみたらアイザックは正しいことを言っていたのだ。
そのアイザックの元婚約者がこの王女である。
「俺は……まず、ロレッタに許してもらいたいです……ただ、どうすればいいか分からなくて……」
口から出たのは本心だが、情けない声だった。ロレッタを失いたくない。魅了にかかっていたと分かり、彼女の悲しそうな顔を見て、心が引き裂かれそうだった。そんな資格ないのに。
クライヴには母と姉がいる。姉は他家へ嫁いでいるが、母も姉も大変に強く口が達者で、クライヴは一度も勝てたことがない。一言えば百を返される。
だから、ロレッタのような慎ましやかな女性と一緒にいるととても落ち着くし頼りにされていると感じて嬉しかったのだ。母や姉のような女性といるとクライヴの心は死ぬ。ロレッタの側は息がしやすかったし、こんな可愛くて慎ましやかな子が婚約者なんだと嬉しかった。
「私はこの件を任されているから、あなた方令息がやり直したいと言うのならば180日間の懺悔を提案するつもりよ」
説明を聞いたが、王女はなぜだかクライヴやルーフォス、ギデオンを助けてくれるつもりらしい。
「半年いただけるなら、魔石を国境まで採りに行きたいと思います」
「魔石を? なぜ?」
「ロレッタが……魔石を指輪にする話をしたら欲しそうだったので……後にも先にも彼女があんな風に羨ましがったのを見たのは初めてなのです」
王女は顎に手を当てて少しの間考えていた。
懺悔の提案などなくてもロレッタにこうして謝ろうと漫然と思っていたことだったので、全否定されたら相当落ち込む。しかし、王女が提案してくれるような機会がなければ、家からも出られないし、国境にも行けないし、ロレッタにも会わせてもらえない。
恐る恐る王女の答えを待っていると、彼女の唇は弧を描いて上がっていった。
「ロレッタ嬢が本当に欲しがっているなら素敵だと思うわ。でも、結局王都を留守にするわけでしょう? それでは半年無視しているのと同じ。魔石を口実に時間稼ぎをしたり、逃げたりしているようにも周囲から見られるわ。あなたはロレッタ嬢に許されるのと同時に、周囲でうるさく言う人々をも黙らせるようにしないと」
「三日おき、いえ、毎日手紙を書きます」
「いいわね。でもそれだけでは決め手に欠けるわ。そうね、こうしたらどうかしら?」
王女の案はクライヴが考えもつかないものだった。




