ロレッタ3
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王女マグノリアによって半年間の懺悔が定められた次の日、ベリエ侯爵一家はキャラハン伯爵邸にやってきた。
とはいっても現役騎士団長のベリエ侯爵が同じ空間にいては委縮するので、彼は別室にいてもらっている。人が金に見える父は騎士団長を前にしても平気だろうが、ロレッタはそうではない。普通の令嬢なら誰だって怖いだろう。
「ロレッタ、嬢には本当に申し訳ないことをしました……すべては自分が未熟なせいです。本当に申し訳ありません」
クライヴはロレッタの目の前で声を震わせながら、しっかり頭を下げている。
いつもはロレッタと呼ぶのに、今日は嬢がついている。さらに、とても丁寧な喋り方を意識しているようだ。
距離を一瞬感じたが、ロレッタは黙ってクライヴの赤褐色の髪とつむじをしばらく眺めていた。
同席している父はそんなロレッタを見ても、我慢して口を開かないでいてくれる。
別に父に我慢させているのを楽しんでいるわけではなかった。
ただ、久しぶりにクライヴに無視されない感覚を噛み締めていた。そうして、残念ながらロレッタは「これで上に立てる」と言っていた父の気持ちを今この時にやっと理解した。
「かけてください。これから半年間どうするかのお話をしましょう」
謝罪を受け取りますとは言わず、しかし上がりそうになる口角を頑張って止めながらロレッタはクライヴに座るよう勧めた。
やっぱり、クライヴに無視されないのは嬉しい。
「そのことですが……どうかまずは自分の考えを聞いてもらえないでしょうか。どうしたら、ロレッタ嬢に懺悔できるか、自分なりに考えてきました」
クライヴはゆっくり頭を上げてロレッタを見たが、跪いたままでソファに座ろうとはしない。
「もし提案が気に入らなかったら殴ってください」
ロレッタが殴ったところで、鍛えている彼にとってはそよ風にもならないだろう。
そんなツッコミを心で入れていると、父が横から鞭を出してきた。
すぐ鞭が出てくるなんて何の冗談なのか。わざわざ用意していたのか。
鞭をそっと父の方に押し付けて、クライヴを促すように頷いた。
彼の琥珀色の目に、ロレッタが映っている。
それが涙が出そうになるくらい嬉しい。同時に、この視線を絶対に手放したくないと思ってしまう。この、罪悪にまみれてロレッタに許しを乞うこの視線を。
いつまでこの視線を独占できるだろう。あぁ、嫌だ。まるで、独占できる期間が決まっていると分かっているようだ。
「ロレッタ嬢は以前、魔石を欲しがっていらっしゃったので、それを持ってきて懺悔としたいのです。強い魔物を狩って魔石を採り、それをロレッタ嬢に捧げたいのです」
覚えていてくれたんだ。
胸が熱くなる。
魔石は強い魔物の体内からしか採れない貴重な石だ。宝石のような輝きを持ちながら、色が宝石よりも多彩なので非常に高値で取引される。
父の運営する商会をもってしても傷が入ったものや小さいものしか手に入らない。
魔物は国境周辺にしか出没しないので、クライヴは遠くに行くということか。
半年間、彼に無視をされた。今回は半年間会えないかもしれない。
でも、ロレッタは嬉しくて胸が熱かった。
クライヴが間違いなく自分だけを見てくれているからだ。あの令嬢が現れる前よりもずっとずっとそう感じる。以前は、剣の稽古や実家のことがロレッタより上だった。でも、今はロレッタに必死で許しを乞うのがクライヴの最優先事項である。間違いなく、ロレッタがクライヴの中で一番にいた。
「そうですか」
飛び跳ねそうな心とは裏腹に、興味を持たなかったというような声を出す。
すると、クライヴの顔が分かりやすく歪んだ。
「すみません、考え直します」
「いいえ、その案で大丈夫です」
「その、少しいいだろうか」
父が断りを入れてから口を挟んできた。
「魔石を採りに国境の森に入るということだろうか? 失礼だが、いくら君が強くとも魔石を採るのはそれほど簡単ではないだろう。期限までに間に合わなければ、魔石をどこかから買って調達する可能性もある」
父の懸念は、クライヴが買った魔石を自分が採ったように見せかけるということだ。相当お金を積まないと魔石は手に入らないので、ロレッタはその点は心配していないのだが、父は王太子から援助でもあると踏んでいるのだろうか。この件を担当している王女はそんなこと許しはしないだろう。
「国境の森の管轄はウェリントン辺境伯です。辺境伯に頼んで監視をつけてもらいます」
父は顎に手を当てて考えていた。
ウェリントン辺境伯家のイライザとは仲良くはしていなかったが、今回の件の被害者仲間ではある。
監視はつけても、護衛は積極的にさせないだろう。命の危機に陥ったら一応助けるくらいはするだろうが。
「辺境伯軍が狩った魔物を自分のものにすることもないな?」
「すでに、騎士としても人間としても酷い行動をしてしまったと恥じ入っています。これ以上、恥の上塗りはしません。そんなことをするならば死んだ方がマシです」
クライヴの目に嘘はないようにロレッタには見えたが、駆け引きと交渉が得意な父にはどう見えたのかまでは分からない。
ロレッタが何も言わないのを見て、父は頷いてそれ以上何も言わないでいてくれた。
これが、ロレッタにとっての尊重だった。初めて父に尊重されたと感じた。
口を下手に開くと、おかしなことを言ってしまいそうだったのでロレッタは沈黙を選んだ。
「ロレッタ嬢。あなたに毎日、手紙を出しても、いいでしょうか」
クライヴはおずおずと聞いてきた。いつもの彼なら「~するから」のはずなのに、ロレッタの顔色をうかがっている。
「毎日は、お返事ができないでしょうね」
「自分が勝手に送るだけです。送ることだけは許してほしいのです。無視されても破り捨ててくださっても構いません」
「そうですか。でしたら、ご勝手に」
クライヴが私に手紙を毎日くれるなんて。
彼は筆まめではない。私の話をしっかり聞いてくれるが、彼も口がそれほど達者な方ではない。
そんな彼が手紙をくれるなら、ロレッタはすぐさま浮かれて毎日返事を書いてしまいそうだった。
でも、半年間の無視を思い出す。
これは、ロレッタが上に立てるチャンスだ。
父と結局同じことを考えているあたり、本当に親子だ。
このチャンスをきちんとものにできれば、クライヴをずっと縛り付けられる。そう、一生。
これまではロレッタの方が確実にクライヴを好きだった。ロレッタの好きの方が大きい。でも、今は違う。クライヴがロレッタに許しを乞う立場だ。
「私は、無視されて……とても傷つきました。クライヴ様はどうして、私を無視されたんですか?」
わざと彼を傷つける。ずっとロレッタの方を見るように、じわじわと。
「それは……本当に申し訳ありません。魅了にかかっていた期間はずっとぼんやりしていて記憶がないのです」
「そう、ですか」
ロレッタがクライヴに大して興味がない素振りをするたびに、クライヴは「どうかこちらを向いてほしい」とでも言いたげに縋るような視線を向けてくる。
たまらない。
なんだ、好き好きと態度に出ていた頃はこんな視線を向けてもらえなかったのに。こうすればよかったのだ。
「では、クライヴ様がお戻りになってからまたお話ししましょう」
「ロレッタ嬢の目の色の魔石を持って帰って捧げると誓います」
魔物が多く出る国境近くの辺境伯領では、大きな魔物を狩って魔石を採り、それを婚約指輪に加工することがあるらしい。
強い騎士たちは恋人にそうやって己の愛を示すのだと。
それをクライヴから聞いて思わず「いいなぁ、羨ましい」と言ったのだ。
彼はロレッタのそんな言葉を覚えていてくれていた。
でも、また無視されたら。そう思うとロレッタは生きていけないのだ。
だから、クライヴにはロレッタについた傷を埋めるだけの愛を示してもらわないと。
クライヴは話し合いが終わる最後までソファに座ることなく、ロレッタの前に跪いていた。
ロレッタの父は金がすべてだ。金で価値を見る。でも、ロレッタの場合は愛だ。
物差しが違うだけで、ロレッタは案外父に似ていたのだなとこの話し合いで痛感していた。




