ギデオン4
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「解放って、何ですか。じゃあ、そう言ってくれれば良かったじゃないですか……」
「クリスティナには何度か聞いていたはずだ。他に好きな男はいないのかとか、妃教育がキツイんじゃないかとか、辞めたいんじゃないかとか」
「そんなんじゃ……分かりません」
万が一にでも母の手先に聞かれたらきっと大変なことになるから、そういう表現になったのだ。
いや、それは言い訳だ。
腰にいまだに抱き着いて掠れた声を出すクリスティナを引きはがすのは、ギデオンの力と権力で簡単なはずだった。
ひとまず、クリスティナの肩にやんわり片手を置いて後ろに押すが彼女はますます抱き着いてくる。
好きな女性にこんなことをされて力任せに引きはがすことなど、ギデオンにはできなかった。同じ理由で、好きになった女性に他の男のところへ行けと示唆するのは心が痛かった。
クリスティナの侍女も見える位置にいるのに、動こうとはしない。
思わず空を仰いだ。
ここで突き放せないのが己の弱さだ。そして、王妃とよく似た自己中心的なものが己の中にあることを突きつけられる。
これがマグノリアとの違いなんだろう。
妹は何も言っていないが、恐らくアイザックをこれ以上危険に晒さないためにさっさと婚約解消して帝国に行った。
ギデオンだってマグノリアの立場ならそうする。側に命と不幸を狙っている母のような存在がいたなら当然だ。
でも、できていない。
「クリスティナ、離してくれ。こんな情けない人間を好きになるなんて君は愚かだ。俺のことを立派な王になるだとか、王太子なんだからと君は言ってくれたが、それさえ重荷に感じる情けない人間なんだ」
クリスティナは首を横に振りつつも手を放してくれない。
泣いているくぐもった声まで聞こえる。まぁ、クリスティナの言葉がプレッシャーで重かったと聞こえるだろうからな。
「俺はずっと王太子であることが重荷だった。しかも、母のことを怪しいと思いながらここに至るまで何も動かなかった。母にはいろいろ負の感情もあるが、可愛がってもらった記憶もある。母を切り捨てる判断さえできない人間で、君が魅了にかかっていることさえ分からなかった。こんな男は、王太子にもならないんだし、絶対にやめておいた方がいい。俺に弟がいれば、弟を紹介できたんだが……」
そう言いながらクリスティナの肩を再度押すがやはり離れてくれない。
ため息を吐きたくなる。
好きな女性が泣いていて平気な顔ができる太い神経は持ち合わせていない。
マグノリア、お前は強い。本当に強い。
側妃を嫉妬で殺すような王妃の血がしっかり入っているのかもしれない。ギデオンは好きな人を避けることはできても、誰かに譲る覚悟をしていたつもりで全くできていなかった。
こうして好きだと言われて抱き着かれて心が揺らいでしまうくらいなんだから。
これだから会いたくなんてなかったんだ。懺悔期間も会わないと決めていたのに、マグノリアが脅してくるから。
「俺は王太子の座から下りたいがために、クリスティナとの婚約を破棄しようとしたんだ。クリスティナが魅了にかかったままだったら都合が悪いから、マグノリアに頼んで解いてもらった。別にクリスティナのためにやったことじゃない。全部自分のためだ」
「魅了にかかった振りもっ……その理由ですか?」
一瞬考えて、頷いておいた方が得策だという答えに至る。
「そうだ。クリスティナが婚約破棄を言い出してくれないからかなり焦った。そうしたら、アイザックが君の様子はおかしいと言い出して、ウェルズ公爵も巻き込んで調べてもらったんだ。君が魅了にかかっていると」
「……ギデオン様は酷いです……」
「そうだな。すべては母に対して覚悟ができなかったからだ。俺だって母を切り捨てたくなかったんだ」
ここまで言えば、さすがに呆れてくれるだろう。
自分から婚約破棄さえ言い出せない、あんな母を庇う情けない男。クリスティナが婚約破棄を言い出すのを待っていて、クリスティナのことなんてどうなってもいいと思っていた男になれる。
クリスティナを婚約破棄された令嬢になんてしたくなかった。
婚約者だと紹介された時から好きだったんだから。
令嬢に近づいて側近たちがおかしくなっているのを見て、チャンスだと思った。王族に魅了は効かない。
どうにかクリスティナに婚約破棄を言わせようとして、あの令嬢の魅了にかかった振りまでした。そうまでしてもダメで、アイザックに呆れ果てられつつも一緒に調べて、王妃がクリスティナに魅了までかけていると分かったのだ。
そんな状態では、クリスティナは偽物の好意を植え付けられて王妃の意のままだ。王妃は生きている限りリヴィングストン公爵家の後ろ盾を決して手放さない。
あぁ、これではいけないとその時やっと分かった。
クリスティナは自分といたら決して幸せになれない。王妃がクリスティナに魅了をかけていたことが、ギデオンが王妃を見限る決定打だった。
マグノリアのように大切な人を殺されていれば、王妃をすぐに見限れただろう。でも、ギデオンにはそれがなかなかできなかった。いつか王妃も気づいて改心してくれる、国王が王妃を止めてくれるなんて甘いことを考えていたから。
要は、自分でやりたくなかったんだ。誰かに助けてほしいと思ってしまって、向き合うのが怖かった。
本当に、愚かだ。救いようがないほどに。
「クリスティナ。幸せになってくれ、それが俺の願いだ」
「私はっ、ギデオン様が好きだと言ってるんじゃないですか! 私の幸せを勝手に決めないでください! 魅了にかかる前からずっと好きだったのに!」
クリスティナがやっと腰から手を離してくれたので、発言内容は置いておいて少し気を抜いてしまった。
そのままクリスティナは立ち上がる。
叩くつもりだろうなと解釈して、覚悟して目を閉じずに彼女を見つめていた。
クリスティナの細くて白い手が、頬を通り過ぎて首の後ろに回る。
何をするつもりだと体を硬くした瞬間に、クリスティナの唇がギデオンの唇に触れていた。




