クリスティナ4
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「妹に何を吹き込まれたのか分からないが……そんなことはしていない。俺は愚かにも魅了にかかっていた」
ギデオンの表情が凍っていたのはほんの数秒で、すぐに立て直した。
「私が魅了にかかっていると気づいたのは、王太子殿下だと教えてくださいました」
「俺は命令を出したり、妹に頼んだりしただけだ。違和感を教えてくれたのはアイザックで、結局対処したのは帝国から戻ってきた妹。俺は何もしていない」
「殿下が魅了にかかっていたのだとしたら、私のことは全く気にかけなくて良かったはずです。あの男爵令嬢のことだけを考えて、私のことはずっと無視しておけば良かったはず。それなのに、魅了にかかっていた期間に王妃殿下のことを調べて私の様子も気にかけるなんて、おかしいです」
「魅了にかかったからといって、全てのことが疎かになるわけじゃない。授業には出ていたし、公務だって行っていた」
思わず唇を噛む。
ギデオンと久しぶりに会えて嬉しかったのに、これでは会話ができる気がしない。
目の前に彼はいるはずなのに、どうしてこんなに遠いのだろう。
彼は、最初こそ側近二人を止めようとしていた。
でも、しばらくして率先して男爵令嬢といるようになった。
魅了にかかっていた頃のクリスティナは傷つかなかったが、今思い出すだけでクリスティナの心は瞬時にささくれる。楽しそうに男爵令嬢と過ごして、クリスティナを視界に入れた瞬間にギデオンはいつも表情を消していたのだ。
そう、思い返せばこれがおかしいのだ。
ルーフォスとクライヴは、婚約者の存在を認識できていなかった。この二人は婚約者を徹底して無視していたように見えたのに、ギデオンだけはクリスティナを見た時の反応が違ったのだ。
「俺の魅了が解けてすぐに謝罪に来るべきだったのだろうが、クリスティナの魅了は母の用いた呪術によるもの。俺と接触してしまうと魅了が解けない可能性が高かった。急に魅了を解くと錯乱する恐れもあったからな。だから、妹が呪術に対抗できる帝国の魔法がこめられた魔石をあなたの両親に送っていた」
クリスティナが黙っているのに、ギデオンはつらつらと言葉を並べている。
魅了にかかった振りをしていて、その罪悪感でクリスティナに会いに来なかったわけではないとでも言いたいのだろう。
「クリスティナには魅了をこちらがかけたのだから、解いたことで恩を着せる意図もない。本当に俺のせいで人生を無駄にさせて申し訳なかった。希望は今すぐ思いつかないだろうから、考えて教えてほしい」
ギデオンは言うだけ言って立ち上がる。
「すまない、母がやらかしたことの後処理がある。それをある程度済ませてからでないと皆に顔向けできないんだ」
クリスティナは、立ち上がったギデオンをぼんやり見上げることしかできなかった。
こんなに近くにいるのに、遠いのだ。
そしてヒシヒシと感じる。この人は一人でさらに遠くへ行こうとしている。
五年も婚約していたクリスティナに何も言わずに。彼は見ないでいいように逃げることもしたが、同時に何も言わないで一人で背負うこともできる人だ。
そこが大嫌いだった。
まるで、クリスティナのことなんて必要としていないようだから。
「クリスティナ嬢。本当に申し訳なかった。俺に言われたくないかもしれないが、君の幸せをずっと願っている。俺なんかと婚約してくれてありがとう」
魅了にかかっていても、クリスティナは五年間ギデオンを見てきた。
今日の彼の言葉の中で、これだけが彼の本心だ。
ギデオンはとても綺麗に笑って頭を下げ、クリスティナの横を通り過ぎようとする。
「クリスティナ?」
気づいたら、身を乗り出してギデオンの袖を掴んでいた。
なんとなく、今日こうしないともう二度と会えない気がした。
いつもなら、こんな風にみっともなく縋りつくような真似はしない。
「そんなに、私が邪魔だったのですか。魅了にかかった振りをするほどに」
「先ほども言ったが、そんなことはしていない」
「直系の王族に魅了は効かないと、王女殿下が」
「妹の言っていることが嘘か、あるいは俺が国王の子ではないんだろうな」
ギデオンは嘲るように一瞬笑う。
「……王女殿下の発言だけではありません。私は、魅了にかかっていた時のあなたを見ていました。ずっと、ずっと見ていました。あなたは……魅了にかかっていません」
魅了にかかった瞬間は正確には覚えていない。でも、クリスティナは間違いなく最初に出会った茶会でギデオンのことが好きだった。
好きな人のことをずっと見てきたのだ。
ギデオンは我儘な子供に言い聞かせる様な声を出す。
「クリスティナ。直系の王族に魅了が効かないなんて、そんなおとぎ話のようなことはない」
「なんで、いつも何も言ってくれないのですか。私が魅了にかかるような女だからですか。勝手に私を避けて、王女殿下に連絡して私に何も言わずに魅了を解いて、勝手に謝って勝手に幸せを祈って」
どうしよう。
はしたないのに、止まらない。ずっと彼に対して我慢していたことが吹き出ている。
「クリスティナ。君は魅了が解けて俺に会ってしまって混乱してるんだ。すまない、妹に言われたからと会いに来るのではなかった」
ギデオンはクリスティナの指を外そうとしながら、使用人を呼ぼうとした。
「私は……魅了が解けても、あなたのことが好きなのに!」
ギデオンの動きが止まる。
青い目がクリスティナだけを見ていた。
「あなたが一人で背負い込んでどこかに行こうとしているのくらい分かります! 五年も婚約していたし、ずっと好きだったんだから!」




