ギデオン3
いつもお読みいただきありがとうございます!
その男爵令嬢を見た瞬間にギデオンは気味が悪いと思ったが、ルーフォスやクライヴはそうではなかったらしい。
令嬢はよく迷子になっており、彼女がある日クライヴにぶつかってしまってから二人が世話を焼き始めた。そんなことは各個人の自由なのだが、ギデオンは何かがおかしいと思っていた。
アイザックは記憶が戻らないせいか自信がなさそうで、毒を盛られた影響なのか病弱なところがあり、側近にはしたもののそれほどべったり一緒にいるわけではなかった。
口数が少なく、一緒にいてもそれほど発言しない。
ギデオンとしては、また母が化け物じみたおかしなことをしでかさないように監視の名目でアイザックを側に置いていただけなのでそれで何の問題もなかった。
「なぁ、あの二人の様子は何だかおかしくないか? どうしてあんなあざとい令嬢に構うんだろうな?」
注意したのにあの二人は聞いていないようだ。
二階からルーフォスやクライヴが婚約者を放って令嬢に構っているのを眺めながら、アイザックに意見を求めた。彼は学園を休んでおり、やっと今日登校してきたのだ。
しかし、返事がない。
アイザックは口数こそ少ないが、無視はしないはずだ。
「おい! どうした⁉」
隣にいるアイザックを見遣ると、頭を押さえて蹲っている。
「アイザック! 大丈夫か!」
慌てて医務室に連れて行こうとしたが、アイザックが拒否したため手近な椅子に座らせる。
しばらくすると、彼の白かった顔色は元に戻ってきた。
ウェルズ公爵から「息子は体が弱いので側近など務まらない」とは聞いていたが、これほどだったとは。よく熱を出す程度だと思っていたのに。
「あの方は今、どちらですか?」
「は? あの方? あの令嬢のことか?」
「いえ、マグノリア王女殿下のことです」
「帝国に留学しているぞ? 知ってるだろ」
「そうでしたね……今、王女殿下はおいくつでしたでしょうか」
「俺たちと同い年だろう。十八歳だ」
「あぁ……なるほど……」
アイザックはそれきり黙り込んだ。
なぜ今マグノリアの話をする? あの令嬢は異母妹と似ても似つかないぞ? 似ていると言ったらどちらに失礼になるかまでは言わないが。
「まさか……記憶が戻ったのか」
アイザックの青い目と視線が絡む。
彼の目にはいつも諦めがあったはずなのに、今はこちらを探るような視線を向けてきた。
「殿下はあれが何に見えますか?」
「あれ? あざとい令嬢だろう? ピンクの髪の」
「……同じ質問を彼らにもしてみてください。きっと、私も彼らも殿下とは違うものが見えています」
「アイザックには何が見えるんだ?」
「……言いたくありません」
アイザックは顔を背けて立ち上がる。
ふらつくなどはしていないようだが、あの令嬢を見てアイザックには何か衝撃があったはずだ。そして、態度がこれまでと変わっている。
アイザックに毒を盛ったのは本人も言った通り母だが、関与を示す証拠は出なかった。ギデオンも探してはいるが、関与した使用人たちはことごとく亡くなるか行方不明で有力な証拠がない。
そんな母に逆らう者は、ギデオンも含めていない。
「アイザック、何かを思い出したんだろ」
「いいえ、何のことですか?」
「母を断罪できるようなことを思い出したなら、教えてくれないか。俺の言葉は信用できないだろうが取引をしよう」
「は、い?」
怪訝そうな目でアイザックはこちらを見てくるが、ギデオン自身も自分の言葉に戸惑っていた。
こんなことを提案してもいいのだろうか。
でも、クライヴもルーフォスも母の息がかかっていそうで本心を言えない。
今このチャンスを逃したらもうないかもしれない。
マグノリアの名前を聞くたびに、ギデオンの心は重く沈みこんだ。
それは母のせいでマグノリアの人生を滅茶苦茶にしてしまったということでもあるし、何もできない自分の無力さを突きつけられているせいでもある。
でも、最もギデオンの心を重く沈めたのはマグノリアの方が優秀だったという事実だ。
自分は王太子にふさわしくないんじゃないか。
マグノリアと一緒に授業を受けていた時からひしひしとそう感じていた。口に出してしまって万が一、母の耳に入りでもしたらまずいから言えなかった。
最近、母は大人しい。ギデオンに敵がいないからだろう。クリスティナという盤石の後ろ盾もある。
このまま、母が引退までのらりくらりと躱していた方がいいんじゃないか。
母は何をしでかすか分からない化け物のようなものだ。そんなものの尾を踏むようなことをしてはいけない。
だが、記憶を取り戻したアイザックは何かするかもしれない。
母のせいで人生がおかしくなってしまったアイザックに、そんなことをさせていいんだろうか。それに、アイザックが真っ先に気にしたのがマグノリアだった。
ギデオンは同じ状況で真っ先にクリスティナのことが頭に浮かぶだろうか。
いつも完璧な貴族らしい微笑みを浮かべる婚約者を脳裏に無理矢理描く。無理に描く時点で違うのだ。
「俺は自分が王太子にふさわしくないと、ずっと思ってた。あいつの方がずっと出来もいいのに」
自分は王太子になるものだとばかり思っていたが、母が磨いたその座はとても重かった。クリスティナは微笑んでひたすら褒めて持ち上げてくるが、心のどこかで強烈に否定する自分がいた。
「殿下が何をおっしゃっているのかよく分かりませんが……そんな王太子の座を投げ出したいようなことをおっしゃっては……婚約者であるクリスティナ様のことは何か考えておられるんですか。婚約して五年も経っているのに」
「あいつは公爵令嬢だし、俺と婚約解消しても困らないだろう。俺に尽くしていて俺が約束をすっぽかしていたのは周知の事実だ。王家が新しく婚約を用意してもいい」
「クリスティナ様は傍目から見ればおかしいほど殿下に尽くしています。そこを調べた方がいいんじゃないですか」
そうなのか?
クリスティナは最初に会った時からずっとあの調子だから当たり前なのかと思っていた。
「そ、そうなのか……」
「クリスティナ様は殿下に関してだけおかしいです。他では完璧な才女ですが……そんな方が五年もずっと同じ態度ということがあり得るんでしょうか」
「クリスティナは五年ずっと態度が変わらないな。こんな俺と婚約してくれて努力してくれて、ありがたがるべきなんだろうが……俺はそれが恐ろしい。恐ろしくてたまらなくて、愛想を尽かしてほしいとさえ思う。でも、どんなに約束を破ってもクリスティナは変わらない。リヴィングストン公爵家なら何とかできるはずなのに、苦言の一つも言わない。変わらないクリスティナほど怖いものはない」
ずっと探るようにこちらを眺めていたアイザックは、ため息のようなものを吐くと階下に再び視線を向けた。
「……私にはあの階下にいる令嬢が、十三歳のマグノリア王女殿下に見えました……それはあり得ないことです」




