クリスティナ2
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「魅了? 何を言って……」
この王女は何を言っているのか。
魅了を使っていたのはあの毛色の違う男爵令嬢で、かかっていたのは側近たちで──。
「体調はどうかしら。頭が痛いとか、何かないかしら。なにせあなたは五年間魅了にかかっていたのだから」
「……何を……五年?」
五年って……ギデオンの婚約者になった辺りからじゃないの。
「混乱するのも無理はないわ。今日も王太子殿下は来ないの、今までと同様にね。もうお茶会はやめてゆっくり休んだらどうかしら」
ゆっくり休む?
それもいいかもしれない。ギデオンがこのお茶会に来てくれたのは最初の数年だけ。
学園に入ってからは全くだった。
どうして私はこんなに健気に尽くしていたんだろう。何も返ってこないのに。
「そう、ですね……。ずっとギデオンは来たくなったんですよね……それなのに、私はひたすら待ってバカみたい」
そう呟いた瞬間、後ろで息を呑む音が聞こえた。
振り返ると、母が立っている。
「あ、お母さま」
「クリスティナ……あぁ、王女殿下。ありがとうございます!」
母は目を潤ませて王女に礼を言っている。クリスティナには意味が分からない。
「彼女が混乱しているから、後日私から説明するわね。今日は何も考えずにゆっくり休んでちょうだい」
「はい、ありがとうございます」
母が涙ぐむほど感謝している意味がよく分からなかった。
でも、頭はいつにないほどはっきりしていた。
王女が帰った後、母にも父にも泣かれた。
どうにも、ギデオンに対する態度がかなりおかしかったらしい。
婚約者になった辺りからは本当に王太子のことが好きなんだと微笑ましく見ていられたが、学園での魅了騒動のあたりでは両親にはクリスティナの態度がかなり異様に映ったようだ。
ウェルズ公爵令息に言われるまで、クリスティナは親にあの令嬢のことを報告さえしていなかった。
報告した時は、嫉妬もせず、取り乱すことも物憂げにすることもせず、淡々と「私はギデオンを愛していますから」「必ずギデオンは私のところに戻ってきますから大丈夫です」と言う。
まるで、愛人が何人もいる夫に対して諦めている結婚十年目の夫人のようだったらしい。
「私がなぜ半年の懺悔期間を設けたと思う?」
後日、王女は本当にやって来た。
何年もギデオンを待ち続けていた庭のテーブルに、王女と対面して座る。
おかしな気分だ。
「王家がきちんと対処したと示すため、そして令嬢たちが無視された期間と等しくしたというお話ではなかったですか?」
「一番はあなたにかかった魅了を解くためだったの。五年もかけられていたら、解くのは一瞬とはいかないから」
「以前までの私は確かにおかしかったかもしれませんが、そんなにでしょうか? ただ、盲目的にギデオンに恋してただけじゃ……」
魅了にかかっていたと言われても素直にそうですかとは思えない。
「私は帝国に留学していたから、あなたの状態を直接見てはいなかったの。でも、ある人があなたに魅了がかかっているのではないかと気づいた。それで、私に頼んできたの。帝国の方が魅了の研究は進んでいるから」
「……まさか、ウェルズ公爵令息ですか?」
クリスティナの問いになぜか王女は笑っただけだった。
「誰があなたに魅了をかけたと思う?」
「……ギデオンでは、ないですね……」
そうだったら良かったのに。
針を指先に刺してしまったかのように、胸がほんの少し痛んだ。
ギデオンが独占したいからと魅了をかけてくれていたなら良かったのに。でも、ギデオンのこれまでの態度を見れば、クリスティナを独占したいなんて態度は一切見えず、それはあり得なかった。
「私が、ギデオンの婚約者でいてほしい人物といえば……王妃殿下でしょうか。あの方に『ずっとギデオンを愛してね』という主旨のことを言われたことがあります」
「えぇ、あなたに魅了をかけたのは王妃殿下よ。彼女は今頃大変だと思うわ」
「どうして……あ、いえ、リヴィングストン公爵家の後ろ盾目当てに決まっていますね……」
「えぇ、そうね。王太子殿下と年齢が同じくらいで爵位が高いのはあなただけ。あとはウェリントン辺境伯令嬢もいるけれど、彼女は特殊な立ち位置だし。王妃からすると伯爵令嬢は嫌だったのでしょう」
なんだ、私こそが選ばれたと思っていたのに。
ただの実家の力を見られていただけで、ギデオンには大して好かれてもいない。
ギデオンを一目見た時から好きだった。
彼が王太子じゃなくても好きになっていた。そうして選ばれたと思っていたのに。
でも、ギデオンのことを好きだというこの気持ちも魅了で作られたのだろうか。
「あなたは王太子殿下が何をしても、どんな風に扱われても、彼のことを好きであり続けるようにされていたの。だから王太子殿下が男爵令嬢の方に行っても、王妃殿下は何も言わなかった。だって、あなたの心が離れないと分かっていたから」
もう、乾いた笑いしか出ない。
一番大切で尊い、人生を賭けてきた気持ちだと思っていたものが、他人に作られたものかもしれないだなんて。
「王妃殿下はちゃんと罰するから安心してね。隠ぺいなんてしないわ。まぁ、今の王妃殿下はご実家の横領が暴かれて大変だけれど」
王女は楽しそうに、歌うように喋る。
あぁ、この人はこのために嬉々として帰って来たんだろう。
そういえば、王妃の実家である伯爵家が横領が暴かれていろいろ大変なことになっていたんだった。新たに開発した耕作地の面積を何年もわざと申告しないでいたのよね。
「あなたが魅了にかかっていると私に言ってきたのは、王太子殿下よ」
意外な答えに、紅茶のカップを持っていた手が滑りそうになる。
なんとか落とさなかったが、ガチャンとソーサーにぶつけてしまった。
「酷いのよ。カッコ良くあなたを助ければいいのに、全部私にやらせるの。俺は何もしないって」
「……王女殿下とギデオンは……失礼ながら仲が悪いのだとばかり……」
「仲は良くないわ。ただ、今回は目的が一致しただけ」




