クリスティナ1
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「クリスティナ様、あの……よろしいのですか?」
学園で一人でいると、おずおずと令嬢たちが塊になって近づいてくる。
「えぇ」
「あの、本当に、ですか? 王太子殿下があの男爵令嬢に……」
「えぇ、王太子殿下からは庶民の暮らしを教えてもらっていると聞いていますから」
「で、でも、あの距離は少し……」
「ふふ、殿下が毛色の珍しい小動物を好んでいるだけじゃない。何をそんなに慌てているの?」
質問するとその令嬢は黙り込む。
文章を途中で切って最後まで言わないのは、こちらに察しろと言っているのか、あるいは嫌味だろうか。
本当に心配してくれているのか、心配に見せかけてこちらを下に見ているのか。
彼が他の女にいっても問題ない。あんなのは一時的なものだ。
側近二人が何やら毛色の違う珍獣に夢中になっていて、それを止めるためにギデオンは一緒にいるだけ。ギデオンは優しいから、側近をなんとか止めようとしているし、側近たちだけを悪く言われないようにしているのだ。
それに、ギデオンのことを一番愛しているのは私なのだから。
私が愛しているのだから何の問題もない。
『クリスティナはギデオンのことを愛してくれているんでしょう?』
『はい。愛しています』
『良かったわ。ギデオンは王太子として背負うものが多くて大変なの。だから、あなたはずっとギデオンのことを愛してあげてね。たとえどんなことがあっても。あの子は少し分かりづらいところがあるけれど、あなたのことが好きなのよ』
王妃殿下にそう言われたのはいつだっただろう。婚約者になる前だっただろうか。
たくさんの候補者の中から選ばれて、有頂天になった覚えがある。
だから、忠実にそれを守ってきた。
学園に入って中身のない令嬢にギデオンや側近たちが群れていても、特に何も思わなかった。
私が愛しているのだから問題ない。彼はもうすぐ私の元に戻って来る。
「王太子殿下たちがあのままでは学園の風紀が乱れます。私から進言しますので、リヴィングストン様からもお願いできないでしょうか」
アイザック・ウェルズにそう言われても最初は断った。彼はギデオンたちを頑張って諭す側だった。
「少し毛色の違う方が珍しいだけよ」
「いえ、なんだか様子がおかしいのです。クライヴもルーフォスも婚約者を無視していますし、それに倣って婚約者に杜撰な扱いをする者も増えてきています」
「それは、その人たちが悪いんじゃない? ギデオンは私のところにいずれ戻ってくるわ。あんな頭の足りないマナーのない令嬢では、妾にさえなれないもの」
「庶民の生活が知りたいのなら、もっと他の方法があります。貧民街でも見れば庶民どころかそちらの生活も分かるでしょうに。本当はリヴィングストン様も分かっておられるのでは? ただ何も言わず待つのは愛ではないのではと」
「私はギデオンを信じているだけよ」
そう言うと、ウェルズ公爵令息は悲し気に目を伏せた。
「大変失礼しました。婚約者もいない私にはなかなかリヴィングストン様の高尚な愛が理解できず……そのような境地にいけるほどの愛を皆が持っているとも限りませんので、どうか現状をリヴィングストン公爵に伝えていただけないでしょうか。『王太子殿下とその側近二名は男爵令嬢の側に侍っているが、もう少ししたら目を覚ますはず』と。他の貴族たちの間で噂が広まって公爵の耳に入るよりはいいのではないでしょうか」
「あぁ、現状を伝えるだけならいいわよ。そうね、確かに私たちの間にある愛を何も説明せずに他人に理解しろというのは酷な話だったわね。なるほどね、皆に心配をかけてしまっているのね」
「はい、リヴィングストン様を慕う令嬢たちが特に心配しています」
ウェルズ公爵令息の言葉に従って報告すると、何やら大事になった。
留学していた王女まで戻ってくるのだ。
ギデオンは王太子として頑張っているのにこんなことで煩わせるなんて。
「あなたのせいで大事になったじゃない」
「そんなことはございません。王太子殿下はすぐに目を覚まされるんでしょう?」
「それはそうだけど、ギデオンが落ち込んでしまうじゃない」
「なぜですか? 王太子殿下が間違ったことをしていないなら何の問題もないはずです。現に王太子の地位は剥奪されていません。庶民の生活を勉強していただけなのでしょう? 側近たちの婚約者様のご家族がお怒りなのでそのための対処ですよ。けじめは必要ですから」
「ギデオンは大した処罰はされないわよね? だって、私はそんなこと望んでいないんだもの」
「リヴィングストン様はこれまで通りお過ごしになられたらいいではないですか。王太子殿下を信じて愛しておられたら。懺悔期間といっても何も変わりません。学園を休んでゆっくりされたらどうですか。殿下もこの期間に勉強や公務をすると聞いています」
「あぁ、そうなの? 学園にもうギデオンは通わなくなるの?」
「はい、けじめの期間ですからね。公務に勤しめます」
「じゃあ、私も学園に通う必要はないわね」
何も間違っていない。
ギデオンは私のところに戻ってくる。
半年間の懺悔なんて第一王女が言い出したが、私はきちんと伝えておいたのだ。ギデオンが何をしても許すし、怒ってもいないと。
王女は笑っていた。
懺悔期間にギデオンにはいつも通り手紙を書いた。
返事は返ってこない。これもいつものことだから関係ない。ギデオンは王太子で忙しいのだ。公爵邸での交流のお茶会の場にも来なかった。
でも、問題ない。ギデオンのことを愛しているんだから。
懺悔期間があと数週間で終わろうとする頃。
ギデオンとのお茶会の日だったので、一応公爵邸の庭で待っていた。
いつも来ないけれど、私は彼の気が変わっていつ来てもいいように庭でお茶を飲みながら待っていた。
パリンと何かが割れる音がした。
下を見ても何も落ちていないし、割れていない。
何の音だったんだろう。
ふと視線を上げて、目の前に王女マグノリアがいることに気づいた。
「え? どうして王女殿下が……?」
なぜ彼女がここに? 迎えた記憶がない。
どういうこと?
これはギデオンのためのお茶会だ。いつも来てくれないけど。
あら? 私はどうして来ないギデオンを律儀に待っているの? ずっとずっと。
「やっと魅了が解けたようね」




