異母兄
いつもお読みいただきありがとうございます!
1日おき更新の予定です。
「魅了にかかった令息たち三名は、令嬢たちに各々考えた方法で懺悔するのです。そして180日後に令嬢たちは婚約をどうするかを決めてください。180日間無視するのも良し、おざなりに聞くのも良し、向き合うのも良し」
同じ王族席に座る異母兄を横目でちらっと見つつ、周囲を見渡してマグノリアは続ける。
「しかしこの提案を呑む場合、180日間は婚約続行となります。180日後に令嬢たちが決定した答えを王家は支持しますが、その場合の慰謝料などの額も王家が決定します。一般的な金額で相場程度だと思っておいてください。あとは相手を殺すことは禁じます。あくまで自分がされたことをやり返すくらいにしてください」
令嬢たちの家は半年間拘束される上に、慰謝料はふっかけられない。令息側も魅了だからと被害者スタンスに甘んじられず、懺悔をしなければいけない。
大いに不満が出そうな内容ではあるが、マグノリアが帰国前に手紙を各家に出して事前に面会して調整するという涙ぐましい根回しの結果、令嬢側からの令息側からも表立った不満は見えなかった。
異母兄がどうかは知らない。王妃の目があるので異母兄には接触できなかった。
でも、王妃はマグノリアが仕切るのを苦々しく思っていてもこの提案を呑むだろう。だって、婚約者の公爵令嬢は許すと言っているのだ。彼女は幼い頃からずっと異母兄に一途だったから、半年程度で心変わりもしない。懺悔が終わればこの件も終わりだと王妃は思うはずだ。ただでさえ、異母兄たちを魅了の被害者だと見なす動きもあるのだから。
それに、「公爵家が寛大にも王太子を許して支えた」と美談にされるよりも、「王家主導で謝罪しお互いに許し合って婚姻継続」とした方が王家の面子も保てる。こんな事件で公爵家に主導権を握られるわけにはいかない。
さてもう異母兄は放っておくとして、重要なのは他の二組だ。
この二組の婚約は王命ではないものの、いがみ合う二つの派閥をまとめるために組まれたものだ。
マグノリアは十三歳から帝国に留学していたので、母国の貴族のことは帰ってくるまでに徹底的に頭に叩き込み直した。
騎士団長子息であるベリエ侯爵家のクライヴと、大きな商会を営むキャラハン伯爵家のロレッタの婚約。ベリエ侯爵家にロレッタが嫁ぐのである。
キャラハン伯爵家は商人らしく「婚約なんてどっちでもいいが、まずは誠意を見せろ」と言っている。騎士団長子息のやらかしによって自分の方が優位に立とうとしている。つまり、金やいい条件を引き出そうとしているのだ。
やりすぎると世間から批判されるとなだめて、マグノリアは懺悔の条件を呑ませた。
クライヴは自分が魅了にかかってしまったことを悔いて、自殺未遂を起こしかけたのだ。これ以上は危ない。クライヴが自殺までしたらキャラハン伯爵家も無事では済まない。
そして、宰相子息であるレンフィールド公爵家のルーフォスと、ウェリントン辺境伯家のイライザ。
イライザは跡取りではないが彼女は騎士であり、国境を守るために騎士団を一つまとめあげている。ルーフォスは婿入りして辺境伯の補佐をする予定だ。
仲が悪く会議でいつも揉める両家だが、ルーフォスとイライザの仲は意外にも良好だった。
辺境には魅了を持つ魔物も出没する。それに抗うのは難しい。
そのため、イライザはルーフォスを一度は許そうとしたが、やはり無視されてないがしろにされた現実を受け入れるのは厳しかったようで婿入りを拒絶している。
マグノリアは「やられたことはきちんとやり返さないと禍根を残しますよ」とイライザをなんとかなだめた。イライザが最もルーフォスを殺しそうなので、殺すなと条件にわざわざ付け加えた。
ルーフォスにもマグノリアは事前に面会していたが、彼は大いに反省していた。彼の父である宰相の方が「魅了だから仕方がないのに。むしろ息子のおかげで被害が広まらなかったから感謝していただかないと」などと開き直っていた。
特に反対もなくマグノリアの提案を受け入れられ、広間で解散となった。
さぁ、種は撒いた。半年後にどうなるだろうか。
魅了なんて絡まず、可愛い令嬢と浮気したのであればここまでこじれずに済んだ。婚約は有無を言わさず解消か破棄だったのに。
王妃が広間から真っ先にドレスを翻して出て行くのが見えた。
令息や令嬢たち、その家族も出て行くのを待ってからマグノリアはやっと立ち上がる。
ふわふわした赤い絨毯の上を歩きながら、少し息を吸った。
心持ちのせいなのか、帝国のカラリとした空気とは違う、母国の湿気を含んだ空気が鼻と喉から入り込んできて不快になった。
五年ぶりの母国だというのに大して恋しくもなく自室に戻ろうとすると、異母兄が廊下の先で壁にもたれているのが見えた。
マグノリアは黙って彼の前を通り過ぎようとする。
「懺悔、か。うまいこと考えたものだ」
異母兄であるギデオンがポツリと囁く。
マグノリアは無視しようかと一瞬考えたが、結局足を止めた。
五年ぶりに会う異母兄の顔をまじまじと眺める。彼は以前よりも驚くほど王妃に外見が似てきていた。
「うまいこと考えたのは、王太子殿下ではないですか」
マグノリアは異母兄のことを、過去には「王子殿下」、今は「王太子殿下」と呼ぶ。
お兄様なんて気軽に呼べる関係性ではない。母を殺した女の子供であり、小さい頃からずっと比べられてきた相手でもある。それに、いつ王太子から陥落するかも分からないのでこう呼ぶのは嫌味でもあった。
異母兄は壁に気だるそうにもたれたまま、マグノリアの嫌味にも反応せずにこちらをぼんやりと眺めていた。広間では震えていたように見えたが、今はいっそふてぶてしい。
「俺は懺悔なんてしない。何も悔い改めることなどないのだから」
言い放った内容のわりに傲慢さは感じない、どちらかと言えば無気力さを感じさせる雰囲気にマグノリアはただ頷く。
「それは王太子殿下の自由です。クリスティナ様に何もしないことも、ある意味では懺悔ですから」
クリスティナというのは、異母兄の婚約者である公爵令嬢の名前だ。
クリスティナ・リヴィングストンは、王妃たっての願いで異母兄の婚約者になった令嬢である。仲がいいというか、クリスティナの方が異母兄に惚れている。
「そういう意味じゃない。クリスティナよりもルナの方が可愛げがあって好みだったからな。王太子じゃなかったらルナと結婚したかった」
失笑を漏らしそうになるが、すぐさま感情を読ませない微笑に変換した。
帝国では気も抜いて肩の力も抜いていられた。でも、母国ではそうではない。
「あぁ、そうですか。私も王太子殿下のためにわざわざ帝国から帰国したくはなかったので、いっそ魅了でも何でも使ったルナという男爵令嬢と新たに婚約されれば良かったのに」
魅了を使える人材は珍しいので、ルナという男爵令嬢は今でこそ牢の中にいるだろうがいずれ国のために働かされるはずだ。性格や人格が破綻しておらず言うことを聞くなら、マグノリアでも手駒に欲しい。
「アイザックには会ったか?」
「私の話を、聞いていましたか?」
急に変わった話題に思わず眉をひそめた。
「アイザックがお前に会いたがっていた」
これは罠に違いない。
「どこのアイザックか知りませんが、私に会って帝国のことを聞きたいなら謁見の申請でもしてくるでしょう」
「俺の側近の一人だったアイザック・ウェルズだ」
「あら? 側近はあの二人だけだったのでは? 魅了の後遺症でも酷いのでしょうか。三組だと聞いていましたのにまた人数が増えるのですか……」
「あいつは魅了にかからなかった。それに、あいつに婚約者はいない」
「それは被害者が増えなかったということなので、いいことです。彼は魅了にかからなかったのに、王太子殿下はかかったのですね。これは、なんとも、不思議なことです」
一言ずつ皮肉を込めて切って言葉にした。
「それでは、王太子殿下。後遺症などないように祈っております」
背筋を伸ばして今度こそ異母兄の前を通り過ぎる。
今度こそ異母兄はもう何も言わなかった。




