ルーフォス1
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「ははっ、ルーフォス。お前があの男女に婿入りとはな!」
「……おとこおんな?」
「男みたいな女ってことだよ、イライザ・ウェリントンだろ? 剣を振り回す女だぞ?」
「……? ウェリントン領は魔物が出るんだから、令嬢でも剣を振り回すのは当たり前では?」
「当たり前じゃないから男女って言われてるんだよ! お前も可哀想にな。夫婦喧嘩なんてしてもお前に勝ち目はないから一生あの男女の尻に敷かれるんだな」
婚約が決まった時、兄に散々からかわれた。
ルーフォスは兄と比較されてずっと劣っていると言われ続けていたので、兄のからかいの奥に潜む自身をバカにする響きはきちんと感じ取っていた。
兄は学園の成績も何もかも優秀だが、性格は傲慢だ。あれでは婚約者のご令嬢も嫌だろう。いくら出来が良くても兄みたいにはならないようにしよう。
令嬢だから剣を振り回してはいけない決まりはないから、男みたいな女なんて呼び方は失礼だ。もちろん、王都では剣を扱う令嬢はちょっと……いやかなり珍しいけれども。
それを言おうものなら、兄から余計に嫌味を言われるから言えなかった。
そうして、ウェリントン辺境伯令嬢と顔合わせの日を迎えた。
宰相である父は一目見てそうと分かるほど不機嫌だった。
「なんであんな粗野なのと親戚にならないといけないのか……チェスで負けたからといって……」
なんてブツブツ言っている。
父がチェスで負けるなんて大変珍しいが、それよりもチェスで負けてこの婚約が成立したのだろうか。多分、これは周囲の貴族にそそのかされたのだろう。
父とウェリントン辺境伯は犬猿の仲なんだそうだ。大きな会議があって辺境伯が出席するたびに、父は彼と衝突して毎回こんな難しい顔で帰宅する。
ただ、父は本当に嫌いな相手なら無視するか適当にあしらうはずだ。チェスだって嫌いな相手とは絶対にしない。
本気で辺境伯とやり合っているなら、嫌いと言いながら実はけっこう関心があるのではないか。父も兄と一緒でいろいろと傲慢だ。いや、兄が父に似ているのか。
兄は家を継ぐからいいが、ルーフォスは婿入りなのだから気を付けなければならない。傲慢になった瞬間、兄や父と同じになる。
最初にイライザ・ウェリントンを見た時、なんて凛々しくてカッコいい子なんだろうと思った。
実は散々兄に大きなクマのような女に違いないなんて脅されていたから、少し怖かったのだ。でも、彼女はクマではなく身のこなしがとても軽いシカみたいな子だった。
「シカ? シカはバカだから好かん。罠を仕掛けていたらかかるのはほとんどシカなんだそうだぞ。イノシシの方がうまく逃げる」
顔をしかめたイライザにそう言われたが、婚約した令嬢相手にイノシシなんて言わない。
「お前、宰相の息子だからって私をバカにしてるのか?」
「え⁉ してないよ! ただ、あの、カッコいいなって意味で言ったんだ。シカがそんな簡単に罠に引っかかるって知らなくて……」
「ふぅーん、カッコいいならいいが」
イライザは満更でもなさそうな表情だった。
良かった、危うく親と同じようにケンカになるところだった。
イライザはハキハキ喋るしあまり裏表がないので、兄の嫌味に慣れているルーフォスにはとても新鮮だった。
彼女は令嬢らしい趣味もなく、交流として庭で茶を飲むよりも王都の街をいろいろ歩きたがった。
入る店も令嬢の好きそうな流行りのカフェではなく、鍛冶屋や庶民向けの店だった。
一応、次男で継がないとはいえ公爵家の令息であるルーフォスは、見たこともない場所に目を白黒させながらイライザの後にくっついて歩いたものだ。
完全に親鳥についていく雛だった。
でも、令嬢にしてはとても短いイライザの水色の髪を必死に追っていたあの頃が一番楽しかったかもしれない。
イライザは正義感が強く、一緒にいて引ったくりやスリでも目撃しようものならすぐに追いかけて捕まえていた。
引ったくりやスリに遭った人を慰めたり落ち着かせたり、怪我の手当てをしたりするのはルーフォスの役割で、イライザは犯人をボコボコにして騎士団に引き渡すのが常だった。
二人で出かける時、イライザはいつも動きやすいパンツスタイルなのだ。
ルーフォスにとってイライザは、いつでもカッコいい人だった。
その風向きが変わってきたのは、学園に入学してからだ。
ルーフォスとしてはイライザとの関係はこれで問題ないと思っていたのに、周囲はそうではなかったらしい。「ヘラヘラと後ろにくっついて子分か腰巾着のようだ」「レンフィールドの方が女みたいだ」とよく言われた。
兄の嫌味のように大して気にしていないつもりだったが、複数人から言われた言葉は思っているよりも心に刺さっていたようだ。レンフィールド公爵家を悪く言いたい人々だから気にしなければいいのに、言われるたびに体の奥に嫌な黒いものを流し込まれるようだった。
イライザには気に入られていると思う。彼女は好き嫌いがはっきりしているから、嫌だったら出かけてくれないだろう。
でも、釣り合っていないと周囲に言われているようなのが虚しかった。
そうして、学園の休みの日にイライザと出かけた時だった。
その時は引ったくりでもスリでもなく、酔っぱらったごろつきに絡まれた。
「なぁ、あんたらお貴族様だろ? 金寄越せよ」
「ぎゃはは! 金貨とか持ってんだろ?」
酒臭い息に、鋭い視線とかなりの人相の悪さ。
護衛がいるというのに、ルーフォスは初めての恐怖ですくみ上ってしまった。貴族の浴びせてくる悪意とは全然違う。
結局、護衛の手を借りずにイライザがごろつき五人を気絶させるまで、ルーフォスは何もできずに震えていただけだった。
「ルーフォス、大丈夫か?」
「あ、うん……」
「王都は治安が悪いな。酒臭い……デートが台無しだな」
震えるだけでただただ、情けなかった。
ルーフォス自身ではなく、他人が助けられている間はイライザをひたすらカッコいいと思えたのに。
でも、実際にこうやってイライザに手を差し伸べられるとただただ男として恥ずかしい。
これでは陰口で言われていたように、どちらが令嬢か分からない。
そこから自分が恥ずかしくて情けなくて、デートに誘うのもためらってしまい、イライザとの関係がぎくしゃくし始めた。
騎士団長子息で同じく王太子の側近であるクライヴに頼んで体を鍛えてみようとしてたが、これまで大したことをしていないのですぐにへばってしまう。
こんな情けない自分と一緒にいるのは、イライザは本当は嫌なんじゃないか。
自分の情けなさにそうやってウジウジしていると、いつの間にか魅了を使う令嬢に引っかかっていた。
魅了にかかっている間、何度もイライザに泣きそうな顔で叱責された覚えがある。
でも、常に頭に霞がかかったような状態でよく状況が分からなかった。
ふわふわして、それでいて魅了の中でルーフォスの見ていたイライザはカッコ良くはなかったが、優しかったし甘えてくれた。「婚約者がルーフォスで良かった」と言ってくれた。
だから、魅了が見せる妄想に溺れてしまったのだ。
父はルーフォスに大して期待していないせいか、ため息を吐いただけだった。
兄は傲慢さで令嬢側に嫌がられて婚約解消になったせいか、散々面白がった上に「まぁ、あの魅了を使う令嬢の方が可愛いもんな」なんて理解者のような振りをしてきた。母には泣かれて失望された。
意外だったのは辺境伯側の反応だ。
「魅了を使う魔物に訓練を積んだ騎士でさえ対抗するのは難しい。今回のことは不運な事故だった」
辺境伯とイライザの兄は痛ましそうなものを見る様な目でルーフォスを見た。
間違いなく同情に溢れている。
でも、イライザは許してはくれなかった。
当然だ。魅了だったからで許せるわけがない。
ルーフォスが最初にカッコいいと思った女の子は、何度謝罪に赴いても目に涙をためて「許さない」と言った。初めて、イライザを傷つけた。
「イライザはおかしなところで意固地なのよ。あなたは素直になるだけでいいと思うけれど。多分、これは私のせいもあると思うから責任を感じてしまうわね」
イライザから婚約解消されそうなところに懺悔の提案をしてくれたマグノリア王女は、何かを懐かしむように笑った。
この王女のことはよく分からない。イライザとは全くタイプが違う様なのに、イライザは彼女のことをかなり気にかけていた。
王太子であるギデオンとも似ていない、この得体の知れなさ。無知っぽくも見えるのに達観しているようにも見え、王座を狙っていないように見えるのに、王太子の尻拭いのようなことには積極的に首を突っ込んでいる。
親からの命令で王太子ギデオンの側にいたが、ルーフォスはギデオンが苦手だった。
ギデオンは兄たちのように傲慢なわけではなかったが、妙に諦めている風なところがあった。「王太子として」と言いながら、どこかにいつも若者らしくない諦めが滲んでいて不思議な人だ。
クライヴと一緒の時はよく笑うが、婚約者のクリスティナ様が来ると大して笑わない。それは魅了の前からだった。
王太子はクリスティナ様を気に入っていないなんて噂もあったが、クリスティナ様の方がギデオンにベタぼれだったのは傍から見てもよく分かった。
「お兄様と宰相閣下のようにはなりたくないでしょう? あなたは素直に自分の気持ちをイライザに言いなさい」
「ずっと『許さない』『裏切る男は不要』と言われていて……。最近は無視されてしまいます」
「イライザが本気になればあなたはこの世にいないはずよ。そうでしょう?」
帝国から急遽戻って来た王女はイライザを思い出しているのか、ころころ笑う。
「イライザから聞いていましたが……恐れながら……王女殿下にとってイライザは友人なのですか?」
「友人ではないわね」
その言葉にショックを受けてしまい、なんと返したらいいか分からなかった。イライザはあれだけ気にかけていたのに。友人でないから黙って帝国に行って手紙も寄越さなかったのか。
そんなルーフォスを王女は面白そうに眺めて、なぜか頷く。
「イライザのタイプがよく分かったし、あなたがイライザを好きなこともよく分かったわ」
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