ロレッタ7
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「クライヴ・ベリエはここにいる」
イライザに案内されたのは医務室だった。
クライヴは大丈夫だと聞いているが、それでも部屋から独特な薬品臭が漂ってきて不安になる。
「ロレッタ嬢が来ることはあいつに知らせていない」
「あ、私も手紙をもらって飛び出してきてしまって……知らせていません」
「じゃあ、サプライズだな。毒にやられて、ロレッタ嬢が来て、あいつがどんな反応をするのかさぞ見ものだ。騎士というのはな、怪我をしたらそれはそれは不安なものなんだ。他の騎士なら同情して勇気づけるんだが、私があいつを鼓舞することはない。原因がなんであれ、裏切る男は好かん」
ロレッタはすぐに医務室に入る勇気がなかったのだが、イライザが企んだように笑って中にずかずか入っていくので、背の高い彼女に隠れるように続いた。
イライザは先ほど可愛い発言をしていたように聞こえたはずなのだが……この人もこじらせているのかもしれない。
ベッドごとに白い清潔なカーテンで仕切られているので、視線を集めずに済んだ。
イライザは部屋の隅に一直線に進み、仕切られたカーテンの前で立ち止まる。そしてロレッタに静かにするようにジェスチャーをした。
見ものだと言っていたから、サプライズを仕掛けるつもりなのだろう。
彼女のことは苦手だったが、意外とノリが良い性格をしている。学園では盛大に猫を被っていたのだろう。
カーテンの向こうから誰かの声がした。
「まだ本調子じゃないんですから、手紙は無理ですよ」
「いや、でも、毎日送るって約束したんだ」
「失礼ですけど、痺れがまだ完全に取れていないのでなんて書いてあるかよく分かりません。そんな手紙は怪文書と間違って処理されますよ。私がまた代筆しましょう」
「いやいや、そんなことないだろ。ほら、見てくれよ。ちゃんと読めるだろ」
「うわ、今日の朝食に何を食べたかを書いてどうするつもりですか。婚約者に送るなら、もっとこう、色っぽいことが書けないんですか?」
クライヴは誰と喋っているのだろう。相手は声の感じから男性のようだ。
そしてどうやら、ロレッタへの手紙を頑張って書こうとしてくれているらしい。中身は朝食の報告書になっているようだが……。
クライヴの気持ちが嬉しくて、でもその感情をまだ表に出せないのでドレスの裾をぎゅっと握った。
ん? 私がまた代筆って言った?
え? この声、男性よね? アデルって女性じゃないの?
「そんな恥ずかしいこと書けるわけないだろ。まぁ、そういうことは、その……魔石を見せて直接言いたいし……あ、なぁ、魔石の加工ってどこでできるんだ? 宝石店に持って行ってもできないよな?」
「……うわ、いきなり乙女にならないでくださいよ、気持ち悪いな。魔石の加工については辺境伯様に聞いてください。紹介してくれるでしょうから。それにしても、魅了を操る人間なんて王都では厄介なものが出ましたね。こっちでも魅了を持つ魔物が出ますけど、あれって本当に厄介なんですよ」
「俺はまだその魔物には遭遇してないんだけど、そんなになのか?」
「そうですよ、騎士たち全員がポーッとなっちゃって幻覚見せられてるんですから。クライヴ様だってそうだったでしょう?」
「あぁ……思い出したくもないんだがな……」
「イライザ様だってそれを分かっているんだから、さっさと許してあげればいいのに。あの魅了に逆らうのは誰であれ難しいですよ。イライザ様だって遭遇したら絶対にかかってしまうはずなのに……」
急に話題がイライザのことに変わったので、ロレッタの体は少し震えてしまった。
恐る恐る隣に立つイライザを見上げると、彼女は笑みを張り付けているが目は全く笑っていない。
知らなかった。魅了がそんなものだなんて。だって、クライヴはずっとロレッタを無視していたのだ。
「おい、アデル。やめろ。そんな風に言うな」
「なぜですか? 騎士たちに聞いてもその意見が多数派ですよ。クライヴ様だってそう思ったんじゃないですか? イライザ様が婚約者様を許してあげないのは心が狭いって。レンフィールド様、かなり頑張っておられるんですよ。なのに、イライザ様は無視で」
「多数派の意見も何も、今は関係ないだろ。俺の周りに一人、魅了にかからなかった奴がいた。でも、俺たちはかかってしまった。それが俺たちは情けないんだ。それに、魅了にかかっただけなんだから許してくれって、少しでも傷つけた相手に言っていいことじゃない」
カーテンの向こうからクライヴの鋭い声が上がる
あぁ、やっぱりアデルって男性の名前だったんだ。王都では女性の名前としてよく使われているから誤解してしまっていた。
そして、男性と一緒になってイライザの悪口を言わないクライヴが誇らしかった。
ロレッタは自宅と商会にしかいなかったからこんな意見を直接耳にしたことはなかったが、イライザは実家にいるのにかなり苦労しているんだろう。
ここで「魅了ごときで」と一緒になって言われたら、ロレッタは回れ右で帰りたくなったはず。
ロレッタが密かに感動していると、イライザはさっと手を伸ばしてカーテンを開けた。
「おい、入るぞ」
カーテンをすでに開けた状態で、イライザは今更な挨拶をしている。
「あ、イライザ嬢……って、え?」
アデルと呼ばれた人は医務官のようだ。
私たちとは反対側に立っていて、ベッドで半身を起こしたクライヴの腕を触って状態を確認していたようだった。イライザの声でクライヴは勢いよく振り返り、ロレッタと目が合う。
「えっ……? ロレッタがなんで、ここに……夢か?」
「サプライズだな。先ほどロレッタ嬢が到着したぞ。さて、アデル。お前はよほど私に言いたいことがあるようだな? 多数派の意見まで取りまとめてくれたのか? 一体、誰と誰と誰と誰なんだ?」
イライザは後ろにいたロレッタの背に手を当ててずいと前に差し出しながら、アデルという医務官の男性にすごんでいる。
「イライザ様……そ、それは……その……」
「なんだ? 先ほどまであんなに自信満々に意見を述べていたのに、なぜそんなに言いづらそうなんだ。言ってみろ、私の前で。私が婚約者を許していないのが不思議でおかしいのだろう? 多数派と言ったな。お前と同じ意見の奴らもここに連れてこないと一人では言えないことなのか? 正しいことなのにか?」
イライザがすごむ中でも、クライヴの視線はロレッタに釘付けだ。
しかもクライヴはまだ夢と疑っているのか、自身の頬を引っ張り続けている。
彼の前にはベッドに付けられる細長いテーブルがあり、便箋が広げられていた。その便箋の上には青い小さな魔石がころんとある。
あぁ、クライヴが生きている。生きて、動いている。
良かった。またこうやって会えて。
彼が生きてくれていたら、他はどうでも良かったのに。
バカげたエゴに囚われて、ロレッタはものすごくバカなことをする寸前だった。
胸がいっぱいになり、瞬時に膨れ上がった涙で視界が霞む中、ロレッタはベッドに乗り上げてクライヴに思い切り抱き着いた。
「ロ、ロレッタ? どうしてここに……?」
クライヴの困惑しきった声が頭上で聞こえるが、ロレッタは彼の逞しい体に必死で手を回して体温を感じていた。




