ロレッタ6
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馬車に揺られてどのくらい日数が経っただろう。
国境に近づくにつれて気温は下がり、吐く息が白くなる。
クライヴが浮気していたらどうする?
ううん、その前に。飛び出してきてしまったけれどクライヴは生きているだろうか。
馬車に乗っているだけなのに、頭の中で二つの考えが交互に襲ってきて忙しくて疲れてしまう。ロレッタは不安に支配されたまま、ウェリントン辺境伯の治める領に到着した。
父は寛大にも許してくれた。
ちょうど国境に向かう商会の馬車があったので、それに同乗させてもらったのだ。
近くの街にある商会の支部にも顔を出してこいと言われたが、どう考えてもそれはロレッタのためにわざわざ用事を作って気に病まないようにしてくれたようだった。
結局、ロレッタは父や兄の守ってくれる世界で大人しくしているようで我儘に振舞っていただけだ。
自分の気持ちを言えるようになるだけじゃ、まだまだ小さな一歩を踏み出しただけ。
「よく来たな、ロレッタ嬢」
知らせは出してあったものの、扉の外で手を差し出してきたのはまさかの女性だった。
「イラ……いえ、ウェリントン様」
「なんだ、学園で一緒だったのに他人行儀な呼び方だな。ここにウェリントンはたくさんいるぞ?」
「いえ、まさかイライザ様がいらっしゃるとは思っておらず……ここは学園ではありませんから……ありがとうございます」
ロレッタよりも高い、男性の平均身長くらいある背丈の女性の手におずおずとロレッタは自身の手を乗せる。
ロレッタをわざわざ城門まで迎えに出てきてくれたのは、騎士服にマント姿のイライザ・ウェリントンだった。
イライザは魅了事件の後から学園には行かずに辺境伯領に戻っていたのだ。
「急な訪問でご迷惑をおかけして大変申し訳ございません」
「いやいや、キャラハン伯爵の商会には我々も世話になっているからロレッタ嬢を迎えるのは当たり前のことだ。王都のようにはいかないがゆっくりしていってくれ。我々は同じ事件の関係者なのだし」
ロレッタはイライザのことがやや……少し……いや、かなり苦手だった。
遠目に見る分には辺境伯領で騎士団を率いるイライザの立ち姿はとてもカッコいいのだが、このように接するとイライザは普通の令嬢とはまるで違う。ロレッタ自身とあまりに違うので、どう接していいか分からないのだ。
まず、王都で大抵の令嬢が腰まで伸ばしている髪だが、イライザの髪は非常に短い。肩までもない水色の髪だ。
そして身長。ピンと伸びてきびきび歩く姿も相まってより大きく威圧感があるように見える。
「それで、ここまで来たということは、ロレッタ嬢はクライヴ・ベリエのことは許すのか?」
極めつけは何でも直球で聞いてくるこの話し方。王都の令嬢たちはまずこんなことはしない。
「あの……クライヴ様は生きていますか?」
「あぁ、そこからか。生きているとも。ただまぁ、毒のある魔物に襲われてな」
思わず息を呑むロレッタを、イライザはなぜかじぃっと見つめてくる。
「実はわが軍の騎士たちが襲われていたのを、クライヴ・ベリエが助けたんだ。別に彼がアホをやって襲われたわけじゃない」
「あ、あの……クライヴ様に会うことはできますか?」
「あぁ、もちろん。毒による痺れでうまく動けなかったがそろそろ中和される頃合いだ」
イライザに案内され、堅牢な城の中に入る。
彼女は脚が長く歩幅も大きいので、ロレッタは小走りでついていくことになった。
「あぁ、すまない。もう少しゆっくり歩こう」
「いえ、早く会いたいので大丈夫です」
「へぇ」
息が上がりながらもそう答えると、面白がる声が降ってくる。
顔を上げると、イライザはニヤニヤという表現がぴったりな表情で笑っていた。
「……何か、おかしかったでしょうか?」
「いや、ロレッタ嬢は素直で可愛いなと思っただけだ」
「……も、もしや、私、く、口説かれていますか?」
「ぶふっ」
可愛いなんて家族とクライヴにしか言われたことがない。その他は、ロレッタが身につけた商会の商品を「可愛い」と言われたことはあるが、ロレッタ自身にはない。
だから口説かれているのかと思ったが、イライザは大きく体を折り曲げて歩きながら笑う。こういう動作も貴族令嬢らしくはない。
でも、今のロレッタにはイライザくらいの接し方をされる方が楽だった。ずっと腫物か面白い見世物扱いだったから。
「クライヴ・ベリエのことが好きでたまらないと態度に出ているのがおかしくてな」
イライザはひとしきり笑い、笑い過ぎて痛くなったのだろう腹をさすりながらそう言った。
「ただ……彼に生きていてほしいって思ったんです」
最初はクライヴがロレッタのことだけ考えて死んでいってくれるのもいいと思った。そうしたら、クライヴはロレッタだけのものだから。
でも、クライヴから手紙が届かなくて不安になった。彼が死んでいたらどうしよう。
ロレッタのために魔石を採りに行っているので、ロレッタの最初の願望は成就しているはずなのに。
そうすれば、毎日手紙をくれたクライヴを誰にも侵入されない思い出にしまって取っておける。
クライヴが亡くなってしまったら、もう彼は浮気もできないし、誰かに盗られる心配もないから。
でも、ロレッタは全然自分の心が分かっていなかった。
クライヴに生きていてほしい。魔石なんてどうでもいい。手紙だってもうどうでもいいから。
「あの、イライザ様は、レンフィールド様のことはどうされるのですか?」
「ルーフォスならここにいるぞ。ここで騎士団に入って訓練することが彼なりの懺悔なんだと。今の時間なら走ってるんじゃないか?」
「え? レンフィールド様は剣も握ったことのないような方でしたが……」
ルーフォス・レンフィールドのことを詳しくは知らないが、クライヴとは全然体格の違う細身の令息だったはずだ。宰相子息なので、武闘派というよりは頭脳派である。学園の成績だっていつも良かった。
そんな彼が訓練?
「あぁ、嗜み程度だな」
「だ、大丈夫なんですか?」
「知らん。最初の頃は倒れていたようだがな。朝も見たから死んではないだろ」
「ひぇぇ……」
情けない声がロレッタの口から漏れてしまう。
学園に通っていた時から感じていたが、イライザの怒りは相当なものだ。諦めて縮こまっていたロレッタとは違い、彼女は婚約者であるルーフォスにひたすら苦言を呈していたくらいだ。
これはルーフォスが懺悔しても意味がないのではないか。
「なぁ、個人的に気になるんだが。魅了にかかったといえど裏切るような男を、ロレッタ嬢はこの先信用できるのか?」
あぁ、この人はそこを気にしているのか。
今度はロレッタが微笑みそうになる。でも、ここで微笑んではイライザに失礼だ。
いつも堂々と風を切って歩く彼女の水色の瞳は不安げに揺れているのだから。
「私、先のことなんて全然分からないんです」
でも、好きじゃないならこの人はこんなに不安そうにしていないはず。
そして、この性格なら悩みもせずに切り捨てるだろう。
この人はきっと──。
やっぱり、ロレッタは微笑んでしまった。
苦手だったイライザも自分と同じだと分かってしまったから。




