食
薄暗いホールに十二人の少年少女達がなだれ込み、六人の日本人召喚者をとり囲む。彼等は皆、美男美女であり、六人より少し幼い。
「なんだこれは!」
ようこそ、と歓迎の言葉と共に少女に抱き着かれた高木が、頬を赤らめ堪らず叫ぶ。
「皆様のお世話をする召使いです。まずは彼等が、ここの施設を案内致します」
少年少女達に袖を引かれ、もみくちゃにされる六人を、ボイルドは微笑みつつ見守る。やがて、少年少女は六人の手を引き、言葉巧みに魔法陣の部屋から連れ出してしまった。
「露骨だが、異世界でハーレムパーティを作ろうなんて輩には、効果的な餌付けだろうよ」
召喚者達が立ち去ったホールで、ボイルドが満足気な笑みを浮かべる。
「ふふふ、なんて間抜けな人達なんでしょう」
サーシャも腹を抱え、身をよじっている。
「先にこの世界に来た者がいたなら、その人物から自分達の事が割れている……。この程度の推理は、当然してくると思いましたのに」
ボイルドもグラウムも、彼の弟子達もまた、サーシャ同様に口元が緩みっぱなしだ。
「無理もあるまい、あれは元の世界で底辺を這っていた連中だ。だからこそ、自分達の世界を呪い、自らの意思で召喚に応じたのだよ。
しかし奴等が『身勝手な国家』とレッテルを貼ったのは傑作だったな。プロパガンダの基本は、情報閉鎖と偏った知識の刷り込みだ。双方の主張を冷静に分析されては厳しいのだが、よもや早々に自らの片耳を塞ぐとはな」
石畳のホールにボイルドの高笑いが響いた。
※ ※ ※
森をかき分けクランSSSR拠点へ帰る道すがら、俺は『NPC』や『FF』や『破壊判定』やら、先ほど理解できなかった言葉の意味をべべ王達四人に訪ねてみたのだが、どうもハッキリした事はわからなかった。
こちらから話しかけるまで何もせず、話しかけたとしても決められた事をパターン通りにこなすだけの人間がいるなどと、どうして理解できようか。味方には一切攻撃が当たらず剣も魔法も素通りするなどと、どう考えても道理が通らない。森の木を切る事すらできない世界があるというのなら、その世界ではどうやって森を開拓するというのだ?
が、これらの疑問に対する彼等の答えは『そういう仕様だから』一辺倒である。一体この四人は、どれだけおかしな世界からやってきたというのだろう?
傾いた日差しで朱に染まる森の向こうに、クラン拠点が見えてくると同時に、放置された大猿の首なし死体も目に入った。今の内に、大猿退治の証拠を取っておくとしよう。
「ちょっと用事を済ませてきますから、先に行っててください」
半身を血の海に沈めた大猿に近づき、その指を一本だけ切断する。本当は鼻とか耳が討伐の証としては確実なのだが、頭はイザネが潰してしまったのだから仕方がない。
「お前なに気持ち悪い事してんだ?」
ふと気づくと、そのイザネが俺の手元を覗き込んでいた。彼女の頬を斜に照らす赤い日差しは、もう弱々しくて儚さすら感じさせる。
「大猿退治の証を取ってるんですよ。証拠もなしに『大猿を退治しました』って言ったって、よほど高ランクの冒険者でもなければ、そうそう信じてくれる訳ないからね」
大猿の指を袋に詰め、上から腐らぬ様に塩を注ぐ。すぐ村に戻れるかも今は分らぬのだ。
「今まで何百何千とクエストをクリアしてきだが、証拠なんて求められなかったぜ。この世界の冒険者は、よっぽど信用がないんだな」
むしろ彼女等の世界の冒険者が、ありえないほど人々に信頼されていると言うべきだ。
冒険者とは金で雇われ、冒険によってトラブルを解決する者の事だ。よって、金より命が惜しければ依頼をほっぽり出して逃げ出すし、危険な依頼であればあるほど、依頼者を騙して金だけ貰おうという連中が出て来る。
だからこそ冒険者ギルドが信頼のおける冒険者をランク付けして保証し、間違いが起こらないようにしているのだ。モンスターの体の一部を持ち帰り依頼者の信用を得るのも、そういった事情を鑑みれば当然の事だ。
(この大猿の死体も、腐り始める前に片づけないといけないな。けど、解体しても得られる物はなさそうだ。大きな毛皮は取れるけど、、ごわごわで上質とは言えないし、臭いがきつくて肉も不味そうだ。そもそも加工するため、村に運ぶだけでも大仕事だしな)
俺が思案を巡らせていると、またイザネが話しかけてきた。
「なぁ、こいつはドロップアイテムに変わらないのか?」
「その、ドロップアイテムってなんです?」
「え? 普通モンスターを倒したら素材アイテムを落とすだろ。ドロップアイテムがないなら、どうやって素材を貰うんだよ?」
「素材? まぁ、例えば毛皮が必要なら……」
手に持ったナイフを走らせ、木の葉混ざる大猿の背の皮を、少しだけ剥ぎ取ってみせる。
「うげぇぇ……。こんな事するくらいなら、俺もうモンスターの素材いらないかも」
「…………プッ……アハハハハハッ」
俺は思わず吹き出していた。
「なに笑ってんだよ……」
「だってイザネさんが、急にお嬢様みたいな事を言うから……ククククッ」
(そこいらの町娘だって、肉屋が軒先で動物の皮を剥ぐところくらい見慣れてるじゃないか。それを『うげぇぇ』だなんて、態度も顔も男勝りなのに、箱入り娘じゃあるまいし)
そう考えると、更に笑いがこみ上げてきた。ウププププ。
「なんだよ、感じの悪い奴だなぁ……」
ふて腐れてクラン拠点に入っていくイザネの後を、俺は笑いをこらえながらついていく。
クラン拠点の戸は、先ほどとは違いあっさり開いた。もうすでに俺もクランの一員になった、ということなのだろう。
俺の立つ門から奥の屋敷との間には広い庭があり、庭の中心の大きな池と、その脇の方にちょこんと井戸があるのが見える。左手にある広そうな小屋は納屋だろうか? 正面の大きな屋敷の壁には、帯状に塗られた水色の下地に金の船のマークが描かれていた。あれがクランのシンボルなのだろう。
「結構立派だろ」
俺を待っていたイザネが、さも自慢気に、そして少し可愛らしく笑う。もう奥の屋敷に入ってしまったのか、他の三人の姿はない。
「なんですかここは? こんな立派な屋敷、貴族の別荘と言われたって信用しますよ」
俺は庭の池で手を洗い、大猿の血を落としてから井戸へと向かった。喉が渇いていたし、大猿を追って森をさ迷ってる間に、水筒も空にしてしまっていた。
ガラガラと井戸の鶴瓶を引き上げ、澄み渡る水を掌にすくう。
(問題ない。飲めそうだな)
俺は空の水筒を井戸水で満たし、喉を潤わせる。昨日デニムに買ってもらったばかりの新しい水筒は、トクトクとリズムを刻むように軽快な音を鳴らしている。
(この水、美味しいな……)
冷たい井戸水が、俺の身体の隅々まで行きわたり、生気が蘇る感覚にしばし酔う。
「今度はなにやってんだ?」
またまた小柄なイザネが、俺のことを珍しそうに見ていた。
「水を飲んでるんですけど?」
「状態異常を回復するには、食べ物を食べればいいんじゃなかったのかよ?」
イザネが眉をひそめる。
なるほど、食べる習慣がないのなら、飲む習慣もなくて当然かもしれない。説明するのも面倒で、俺はイザネに水筒を差し出した。
「飲んでみればわかりますよ」
イザネは戸惑いがちに水筒を受け取ったが、一口飲むや目を見開き、一気に水を喉に流し込んだ。ゴクゴクと勢いよく喉を鳴らす音が聞こえてくる。やがて満足したのかイザネは水筒からプハッっと口を離し、乱れた息を整えようと、白いシャツが上下に揺れた。
「ね、水も必要でしょ」
「ああ、水ってすげーんだな」
そう言うなりイザネは俺の水筒を持ったまま、夕日に染まる屋敷の方に走り出していた。
「みんなにも教えてくるぜ!」
(あいつらひょっとして、脱水症状も起こしていたんじゃないか?)
俺は水で濡れた口元を拭うと、イザネに続いて屋敷の戸を開ける。屋敷の中は三階まで吹き抜けのホールになっており、何十人も座れるような長テーブルが左右に一つずつ据えられていた。外見だけでなく、中も贅沢な作りではあるのだが、お屋敷というより騎士の集会場と考えた方がしっくりくる間取りだ。
イザネはべべ王の向かいの席に着き、べべ王はイザネから受け取ったであろう俺の水筒をラッパ飲みしている。東風は形のいい骨付き肉を何皿もテーブルに運び、段は手袋を付けたまま料理に手を伸ばそうとしているが……いや、ちょっと待てや!
「食う時は手袋くらい取れよ、バカッ!」
四人が動きを止めて一斉にこっちを見る。なんとか間に合った。段は料理に触れる直前で手を止めている。
「今、俺様の事を馬鹿つったか?」
目元は帽子の広いつばが邪魔で確認できないが、不機嫌そうに、段の口がへの字に曲がったのは俺にも見えた。
(あっ、まずい。言い過ぎたか……)
思わず勢いで口を滑らせてしまった事を後悔する。
(ぶ……ぶん殴られる!?)
意識すまいとしても俺の目は、白い厚手のシャツとズボンの上からでも分る、段の太い手足に吸い寄せられてしまう。
「ば、バカというのはその……わ、訳があって。え、えっと、ですからね……」
(……いや、これはみっともないな。だいたい、こいつ等に教えなきゃならない事が、これからまだまだあるだろうに、イチイチ相手の顔色を見てビクビクするつもりなのかよ、俺は!
ならば、もういっそのこと)
「……バカなことしてるからバカって言ったんですよ!」
俺は、自分でも呆れるほど開き直っていた。
「なんで手袋つけたままなんです? 食事をする時に汚いとか思わないんですか? 普通手くらい洗いますよね? 綺麗な水ならそこの庭にいくらでもあるじゃないですか!
だいたい食事する時は、帽子くらい脱ぐのがマナーってもんでしょうが!」
「そうなのか? マナー違反はまずいな」
驚くほど素直な段に、俺は拍子抜けしてしまった。認めたくないが、臆病風に吹かれて俺はとんだ独り相撲を繰り広げていたらしい。
段は何事もなかったように目深に被ったでかい帽子を脱いで庭へ向かい、俺はしなくてもよかった取り越し苦労を嫌悪しながらそれを見送る。
(ハゲ? いや違うな眉まで剃ってる。僧でもないのに剃髪でもしているのか?)
段の帽子の中から現れたのは、色黒で意外に端整な顔であった。歳は三十過ぎであろうか。頭髪から眉まできれいに剃り上げている。
「段の言う通りじゃな。『人に嫌われるようなマナー違反は、SNSで晒される』と、マスターから聞いた事もある。わしらも炎上せぬように、この世界のマナーをきちんと学んでおくとしよう」
べべ王の一言で、他の三人も段に続いて庭へ出ていった。
「お前は手を洗わなくていいのか?」
一足先に手を洗って戻って来た段が、俺の前の席に戻ってくる。
「俺はさっきそこの池で洗いましたから」
「俺様は井戸の水を使ったんだが、池の方がいいのか?」
段が手袋を机に置くと、コトンと何か硬い物の音がした。何か中に入ってるのだろうか?
「どっちでもいいんですよ、清潔な水なら。要は手の汚れを落とせればいいんです」
俺は段の前に手を開いてみせ、汚れがない事をアピールした。
「そういうものなのか。ルルタニアでは気にした事もなかったぜ。食い物もポーションと同じように、もっぱら戦闘中によく使うアイテムだったからな」
(戦闘の真っ最中に食事をしていたのか? 一体どうやって? それにまた俺の知らない単語が出てきてるじゃないか)
「『ルルタニア』というのは、なんですか?」
彼等の世界の食事は、もう理解不能と判断した俺は、ひとまず話題を変えてみた。
「一言で言えば、故郷だよ。俺達はそこで、マスター達によって作られた冒険者なんだぜ」
(作られた? なぜ? どうやって?)
俺には段の言う事が理解できなかったが、それ以上尋ねるのは止めた。聞けば聞くほど、どんどん疑問が増えるのだから、理解がいつ追いつくのか分からないし、本気で腹が減ってきたのだ。もういいやって気分にもなる。
(それより、今のうちに言っておこう)
「あの、ところで段さん。さっきバカって言ってすいません。言い過ぎでした」
「ん? ああ、さっきのアレか。別に構わないぜ。けどよーー、俺達相手にそんな細かい事をイチイチ気にしてんなら……」
段はニヤリと笑ってみせた。
「……お前の方がバカだぜ」
「では、はじめてくれ」
全員が席に戻ると、べべ王が食事のマナーのレクチャーを求めてきた。
「まず最初に神に対して祈りを捧げ、食事への感謝をします。ですが急いでいる時は省略するのが常ですし、今回は……」
グギュルルルルゥゥ~~ッ!
東風の出っ張った腹が、ひときわ大きな唸りを上げる。
「……省略します。
通常、料理を食べる場合はフォークなどの食器を使用するのですが、ここには置いてないようですし、幸いこの肉でしたら、骨の部分を掴めばきれいに食べる事ができますので、今回は手づかみです。では……」
皿に手を伸ばし、肉から飛び出た骨を掴むと、四人も俺の真似して同時に骨を掴む。俺はゆっくりと肉を口元に運んだ。形状から察するに、これは鳥のもも肉だろう。肉に振りかけられた香辛料の匂いが、俺の鼻孔をくすぐり、よだれが口内を満たしていた。
<ネットゲーム用語解説>
「料理」……食事システムの無いRPGにも、食糧や料理はアイテムとして登場する事がままある。大抵の場合、それはポーションの代替品となる回復アイテムだ。
回復アイテムはポーションだけで事足りるのに、なぜ料理が同時に存在するのかといえば、やはり、生活感をプレイヤーに与えるための演出の意味が大きいのだろう。
ここからは余談となるが、空き瓶に薬を詰めるか、聖水を詰めるか、というように瓶の用途を選べるゲームに出会った覚えはあるが、どの料理をどの皿に盛り付けるか、というように食器を管理するゲームには出会った事は流石にない。僕が知らないだけで、そんなシステムのゲームがあるのだろうか? 最近ではグルメをテーマにしたゲームもあるのは知っているのだが。




