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ゲームが終わった後の冒険譚 ~夢の世界の終焉と、リアルな生の体験記~  作者: 蝉の弟子
【第一部:ゆりかごの村】一章:恋人連れて冒険(イチかバチか)だなんて、正気の沙汰じゃねぇ

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決断(ダイブ)

「カイルはどうする? 彼等のクランに入るのかい?」

 不意にデニムが問いかけてきたが、そんな事は言うまでもない。べべ王の誘いなど断るに決まってるじゃないか。俺はこれからもデニム達とパーティを組むんだから、デニムが断るなら、俺も入らないに決まっている。

「俺とルルはもう冒険者を引退するつもりだから、俺達の事を気にする必要はないよ」

「なにを言ってるんだよ、デニム!?」

 けれど、デニムがなぜ急に冒険者引退を決意したのか、俺はすぐにその理由を理解できた。さっきからルルがデニムの腕にしがみついたまま、その手を離そうとしないのだ。

「ごめんね、せめて村への報告が終わるまでは、我慢しようと思ってたんだけど……」

 デニムを掴むルルの手が震えている。

 瀕死の重傷を負って倒れる恋人の姿を目の当たりにしたルルは、すでにかつてのルルではなくなっていた。彼女にとって、もうこの森が、いや恐らくは冒険をする事自体がトラウマになってしまったのだろう。怯える今のルルは、まるで幼い子供のようにすら見える。

「俺も大猿と戦って、自分の身の程を思い知らされたよ。今の実力で冒険者を続けたら、ルルにもっと心配をかけそうでさ……」

「仕方……ないですよ」

 俺は肩を落とし、静かに首をふった。今、デニム達を引き留めるのは、余りにも酷だ。

「残念じゃが仕方ないのぉ。

 で、カイル君は、わしらのクランに入る気があるのかな? もし不安なら仮入団という扱いにして、いつでも退団できるようしてもいいのじゃが」

 べべ王に問われ、俺はさっきまでデニムに丸投げするつもりだった決断を迫られた。

 もしゴータルートのギルドに一人で戻ったら、俺はその後どうなるどうなるだろう?

 きっとチコが、また俺に絡んで来るに違いない。奴と強引にパーティを組まされて、威張り散らされ、そして報酬をかすめ取られる。そんな冒険者生活が、俺を待っているのか?

 ならばべべ王達のクランに入ったら、その先には何が待っている?

 王様かぶれの扮装をしたべべ王をチラリと一目見るだけで、俺の心は暗くなる。この召喚者達は、力はあるが常識が皆無で何をしでかすかわからない。何より言ってる事が意味不明で、まともな会話すら無理だ。

 そう、チコと組んだ場合は、どんなに最悪を想定したって冒険者は続けられるし、魔法の使える俺を使い捨てにするとも考え辛い。だが、べべ王達はそれすら定かでないのだ。

(冒険者になるため、俺がどれだけ苦労をしてきた事か、どれだけの努力をした事か、どれだけ妥協をしたか……その全てをふいにするなど、とても堪えられない。今回もまたいつものように、積み上げた物が足元から崩れていくなんて、それだけは絶対に嫌だ!)

 チコに頭を下げる羽目になるのは癪だが、背に腹は代えられない……。

『おまえに、どんな冒険ができるというのだ!?』

 ふと俺の頭の中に、親父の言葉が浮かんだ。

『まともに喧嘩すらした事のない奴が、ちょっとばかり魔法の才能があったからといって冒険者になれるとでも思っているのか!?

 だいたいおまえにどんな冒険ができるというのだ!? なにかあればすぐに楽な道に逃れようとするお前が、これまでどんな挑戦をしてきた!?

 俺の跡を継ぎたくないならそれでいい。俺のやってきた事が気に食わないならそれでも構わん。だが、おまえに冒険者だけは無理だ!』

 俺の頭の中で、嘲笑う商人に仕事欲しさで頭を下げひたすら愛想を振りまく親父の姿と、その隣でチコに頭を下げひたすら愛想を振りまく俺の姿がリアルにイメージされていく。

(黙れ! 黙れ、黙れぇ! クソ親父! 俺だって、俺だって冒険者になれる! 俺はお前とは違う! 絶対にそれを証明してやる!)

 己が尊厳を売った男と、同じ道はごめんだ。

「俺はクランSSSRに入りますよ。仮入団ではなく、正式な入団でお願いします!」

 べべ王達からどっと歓声があがり、段の黒い法衣の下から伸びた腕が、俺の首に絡んだ。

「お前は、見どころがあると思ってたぜ!」

 白いシャツに覆われた太い腕が、グイグイと俺を締め上げる。段は力を加減してるつもりなのかもしれないが、痛い。かなり痛い。

「やっぱり、カイルは冒険者に向いてるな」

 デニムから、いつもの笑みが漏れた。

「村には俺から伝えておくから、カイルは大猿を倒した証を持って帰るといい。報酬は、ゴブリン退治の分も含め、全て君達に譲るよ」

 デニムはルルを支え、壊れた鎧を引きずりながら村の方へ引き上げて行った。

 あえて冒険者の責務を問うのなら、俺に任せず、間違いのないようデニム自身が大猿の死を確認し、依頼者に報告すべきだろう。しかし、今のデニムにそれを求めても仕方ない。デニム達は、もうとっくに冒険者として終わっていたのだ。恋人を連れて命がけの冒険をするなどと、心が堪えられやしないのだから。

「俺達の周りにも、マスターの女絡みの問題で引退した奴とか、リアル事情とやらで辞めた奴とかいろいろいたけどよ、引退する冒険者を見送るのは、異世界でも寂しいもんだな」

 俺の首を絞めていた段の腕が緩んだ。

「しかし、あいつらちょっと大袈裟だな。怪我なんて宿に泊まれば、一瞬で治るだろうが」

(……今なんて?)

 思わず俺は、段の顔を見上げる。さっきの決断を、俺は早くも後悔し始めていた。

「ところで皆さん、先ほどからちょっとおかしくないですか? なんか、妙なダルさを感じるんですよ。いつの間にか、軽い状態異常にでもかかったんでしょうか?」

 デニムを手を振って見送っていた東風が、大きな腹を押さえている。もしかして、その辺に生えた変なキノコでも食ったのだろうか?

「そういえば、俺もそんな感じがする。知らないうちにデバフでも受けたかな?」

 続けてイザネも不安げな声を上げた。

「けどこれよー、いつものデバフとちょっと違う感じがしないか?

 ジジイとカイルは大丈夫かよ?」

「そうじゃのう、この感覚はルルタニアで味わった事がない。いったいなんじゃろう?」

 段とべべ王も同様らしい。

「俺はなんともないですよ。いったい四人共どうしたんで……」

 グウゥゥゥ~

 その時、東風のお腹から大きな音が響き渡り、召喚者達は一斉に彼の腹を見つめた。

「……腹が減ってるなら、飯を食えばいいじゃないですか」

(そういえば、そろそろ俺も腹が空いてきた)

 そんな事を呑気に考えながら、俺はなにげなくそれを口にしたのだが……。

「なぜダメージを受けたわけでもないのに、食べ物を使う必要があるんじゃ?」

「この状態異常は『腹が減る』っていうのか? マジで食べ物なんかで治るのか?」

「状態異常を治せる食い物なんか、俺様は知らねーぞ? この世界では、食い物にそういう特殊効果があるのが普通なのかよ!?」

「あの、お腹から変な音がしてるんですが、大丈夫でしょうか?」

 途端に騒ぎ出す召喚者達。まさかここまで常識がないとは……。

「食べないと餓死するんですよ、お爺ちゃん。

 単なる生理現象です。本当に食べれば治まるから安心して下さいイザネさん。

 薬膳ならともかく、特別な治療効果のある食材なんて、滅多にないですよ段さん。

 腹が減るのも、腹が減った時にお腹が鳴るのも普通だから、安心してください東風さん」

 俺は一気にまくし立てたが、四人は聞いた事をまだ理解しきれないらしく、皆一様にキョトンとした顔のまま黙りこくり、東風の腹の音だけが辺りに響く。さっきは俺が話について行けず、一人で右往左往していたが、立場が逆になったという訳だ。ざまぁみろ。

「クラン倉庫に食べ物が余ってたよな。東風の腹もうるさいし、食えば治るものなら、とっとと治そうぜ」

「どうもすいません」

 イザネの一言で、俺達はクラン拠点に引き返す。さっきから腹の音が収まらぬ東風は、その大きな身体を小さく畳むようにして、申し訳なさそうに、のそのそと後ろの方を歩いている。彼の暗い緑の服は、周囲の森に溶け込んで、茂みが動くかの様な錯覚を覚えた。

         ※      ※      ※

 マジックトーチの明かりさす石畳の部屋で、魔法陣の中心に白い光が集まり、そして若い六人の男女が姿を現した。服装はバラバラ、年齢は十七~二十といったところだろう。

 白いスーツ姿のボイルドは、彼等の前に膝まづき頭を垂れた。彼の首元には、大きな宝石をあしらった目立つブローチが光っている。

「ようこそお越しくださいました、勇者様。私はこの世界の貴族、ボイルド・ロッドヒーラー二世と申します。どうか、我々にお力をお貸しください」

 ボイルドの後ろには、老召喚士グラウムと、その弟子達が皆かしこまり頭を垂れ、彼等もまた首元に宝石を下げていた。異彩を放つのは、白いドレスの若い女性が、一人そこに混ざっていた事だ。歳は二十過ぎだろう。

「えっ、どういう事? どういう事なのよ?」「すっげー、アニメみたいじゃん」

「ちょっとあんた、本当にこの状況を理解しているの!?」

「いきなり勇者なんて言われても、私……」「なぁ、チートみたいな能力って、本当にあるもんなの? 無いなら帰るよ!」

 ひとしきり、六人が言いたい事を吐き出したタイミングを見計らい、ボイルドはグラウムに目くばせし、老魔導士が顔を上げる。

「ここからは、あなた方を召喚した、このグラウムめが説明いたします。まずは我々、秘密結社フレイガーデンの事から……」

「おい、ちょっと待てよ!」

 口を挟んだのは黒髪の、あえて特徴を言うのなら、平凡に過ぎる学生服の少年であった。

「秘密結社って、なんだよ?」

 マジックトーチの明光が照らし出す、彼のへの字に曲げた口元からは、不信の念が見て取れる。彼の発言を聞いた白いドレスの女性は、なぜだか悲しそうに顔を伏せてしまった。

「ははは、秘密結社というと、どうも悪だくみをする集団というイメージを持つ方が多いようですな、異界では。しかし、正義を成すため秘密を守らねばならぬ場合もあるのですよ」

 一方グラウムは、眉一つ動かしてはいない。

「まずは、この世界の……いやこの世界の人類の現状からお話致しましょう。この世界には、あなた方の世界にいないモンスターが多数存在し、人類の生存圏はまだまだ狭いのです。あなた方を異世界からお連れした理由の一つは、このモンスターを退治して人類の版図を拡大する事。そしてもう一つは、私利私欲に駆られて人類同士で戦争を起こす者共を止めて頂くためです。我等が秘密裏に活動するのも、人類全体の益を考えずに領土拡大を狙う王達に、弾圧されるのを恐れての事です」

「待てよ、ってことは、やっぱ俺等にはチート能力が備わってるって事か?」

 六人の中で最も大柄な若者が、明るすぎて昼か夜かも分らぬ広間で、目を輝かせながら尋ねる。彼は歯が少し黄色く、少しぶかぶかで独特なダメージジーンズを履いていた。だらしない、あるいはやや不潔な印象を受ける。

「それは、彼女達の髪を見れば一目瞭然です」

 グラウムの指さす先を見ると、少し太った短髪の少女と、細身の頬の少しこけた長髪の少女の髪の色に変化が訪れていた。前者の髪は燃えるように赤く、後者の髪は済んだ水の様に青く変色し始めていたのだ。

「ちょっと、どうしたの菜々美」

「小島さんこそ、その髪はなに?」

 目を丸くして顔を見合わせる私服姿の二人は、どうやら顔見知りだったらしい。

「恐らく御二方は、それぞれ炎と水の特殊スキルを授かったのでしょう。魔法のない世界から来た者が、この世界に漂うマナ……つまり魔法の根源を吸収すると、様々な恩恵が得られるのです」

「まぁ、チートスキルが貰えるのならモンスター退治は望むところだし、身勝手な国家は俺達の世界にもあったから、事情は分るよ」

 長髪……というより、ボサボサで眼鏡の部屋着の少年が呟くように言い、それを聞いたボイルドは何故か愉快そうにほくそ笑んだ。

「でも、いくら特殊な力を貰ったとしても、あたし達なんかが一国を止めるだなんて……」

 前髪で目元を隠したジャージ姿の少女が、うつむいたまま呟くように小さな声を発した。

「そんな悲しい事をおっしゃらないで!」

 白いドレスの女性が、金髪を翻し突然叫ぶ。

「あなた方のような勇者様がいなければ、私はラーブから逃れられませんでした。多くの罪のない民を逃す事だって……」

 ボイルドが、女性を庇うように肩を抱く。

「この方はラーブの王女で、平和裏に紛争解決すべく尽力なさっていたサーシャ様です。

 彼女の叔父が王位を簒奪し、強引な民族合併策を進めるようになったため、難民を引き連れ我々に助けを求めて来たのです」

「え? 召喚したのは、私達だけじゃないの」

 すっかり髪を炎色に染めた少女の問いを受け、今度はグラウムが重々しくうなずいてみせた。

「はい、我々が召喚したのは、あなた方だけではありません。日本という国からは、すでに多くの方がこの世界に来ています。

 それに、さし当ってあなた方に頼みたいのは、召喚事故で行方不明になった者達への使いです。見知らぬ土地に放り出され、きっと四人共途方に暮れている事でしょうから」

「俺達以外にも召喚者が沢山いるって事は、実質ヒーロー派遣会社みたいなものかな? だいたいの事情は呑み込めたよ」

 平凡な少年の言葉に、他の五人も頷く。

「そろそろ、お名前を教えて頂けませんか」

 ポーカーフェイスで、ボイルドが尋ねた。

「沢田浩二」と平凡な少年。「新山高志だ」とボサボサ眼鏡。「小島絵里よ」と赤い髪のふとましい少女。「三矢菜々美」とガリガリの青髪少女。「高木俊」とだらしない若者。「さ、桜井祥子です」とうつむいた少女。

「では、お待ちかねの特殊スキルの計測といきたいのですが、その前に……」

 六人の品定めを終えたボイルドが指を鳴らすと、ホールに十二人の少し幼い少年少女達がなだれ込み、六人に駆け寄ってとり囲んだ。

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